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外様郷  作者: かろうじて
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2.記憶

 

目を覚ますと知らない部屋で布団に寝かされていた。


「うぅ」

頭が痛い。体も痛い。最悪な気分だ。薄明りが今時珍しい純和風の部屋を照らしている。

何でこんな知らない所で寝てんだ、俺。


ええっと、確か……。最後の記憶を探す。あー…。


そうだ。誕生日前に年甲斐もなく浮かれて路地裏探索なんて始めて。たまたま、通りが静かになっただけで怖がりの子供のように怯えて。


ここまでならまだ良い。


恐らく、小さな店の『入り口はこちら』的な矢印の張り紙でドツボにはまって、矢印がいっぱいあるような錯覚にでも陥ったのだろう。

そして何をトチ狂ったか、逃げなきゃとか思い込んで路地裏から山にある神社まで一人追いかけっこ状態で爆走をしてから、神社で電池が切れたように倒れて爆睡をした、のではあるまいか。


危ない人である。


さらには今、布団に寝てるってことは、誰かに運んでもらったってことで。普通、人が倒れていたら先ず声を掛けるだろうから、俺は声を掛けられても、運んでもらっても、起きなかったという事になる。

純和室の部屋だから、病院ではなく、個人の家だろうか。もしかして、俺が爆睡した神社の神主さんの家だろうか。


これ、夢だったりしないかな。もう一回寝たら、起きないかな。……。しないよなぁ。


恥ずかしい。

どう考えても歩きながら寝ていたとしか思えない。…だよな?変な頭の病気とかじゃないよな?

変なことを叫んだりしてなかったろうか。急に走り出して、もし誰かにぶつかっていたりしたらどうしよう。

少なくともこの家の住人には間違いなく迷惑をかけている。


自己嫌悪に浸ってみたものの、やってしまったものは仕方がない、謝ろう。救急車や警察を呼ばれなかったのはラッキーだった。

大学受験はまだ先と言えど、もし推薦を狙うようなことがあるなら内申に余計なことは書かれたくない。


とりあえず、少しでも現状把握をしたくて部屋の中を見渡してみる。壁にかけてあるハンガーに自分の制服がかかっているのを見て慌てて布団をめくった。


誰かのジャージを上下、着ていた。


まさかの。運ばれた上に着替えまでされて目が覚めないとは。爆睡にも程がある。この家の人のジャージ、だよなぁ。しっかり謝ってお礼言わないと。


もそもそと制服に着替える。途中でパンツがそのままだったことをこっそりと確認した。確認せずにはいられなかった、ともいう。鞄も部屋の隅に置いてある。ああ良かった。


布団を畳み、ジャージも畳んで布団の上に乗せる。障子からまだ薄暗い朝の光と、廊下で点けられたであろうストーブの光が入ってくる。


朝。なら一晩お世話になったということか。昨日が十一月三十日だったから今日は十二月一日。

知らない家で知らない人のジャージを着て迎えたまさかの誕生日。いや、何事も経験だ。そう誰かが言っていた。こんな誕生日はきっと人生で今日だけだ。


廊下のストーブから暖かい空気が障子越しに伝わる。朝の冷え込みは厳しいものになっているから、ストーブをつけて貰っているとすると、気を遣わせているのは間違いない。

赤の他人が家の中をうろつくのはNGだろうと、起きてますよアピールで障子を少しだけ開けたてみる。


後は誰かが来てくれるのを待てばいい。今の内に家に連絡を入れとこう、きっと心配させている。

鞄を引き寄せてスマホを探す。いつものポケットにきちんと入っているのを取ってスライドさせた。

動かない。もう一度やり直す。動かない。

「あー…」

よりにもよって今充電切れとか、ないわ。充電を怠った自分に殺意が湧く。スマホは必要最低限しかいじらないから、普段から充電器は持ち歩かない。

早く連絡を入れないと、ややこしくなるのに。


スマホを鞄のポケットにリリースして、財布を取る。流石に電話代くらいは入っているはず。入ってるよな?

恐る恐る中を確認すると何枚かの紙幣と硬貨がある。良かった、これでこの家の人に電話を貸してもらえないか、聞いてみよう。


「おはようございます。具合はどうですか」


一瞬、体が強張った。慌てて振り返る。財布の中に気を取られている間に、廊下に人が立っていた。


俺と同じくらいの年の青年。穏やかそうな雰囲気でいじっていない黒髪はサラサラだ。

俺は慌てて正座して頭を下げた。


「おはようございます。助けていただいて有難うございます。ご迷惑をおかけしたようで申し訳ないです」


自分と同じくらいの青年に対して、言葉遣いに迷ったが、迷惑をかけた身、なるべく丁寧な言葉が良いはず。この家の息子だろうか。


「いいえ。丁寧にありがとう。言葉は崩してくれて構わない。いきなり知らない部屋で寝かされいて驚いたろう。

先ずは顔を洗ってくるといい。それから朝食を食べて、落ち着いてからゆっくりと話そう」


差し出されたタオルを条件反射で受け取る。


「あ…、あのっ、すみませんっ。家に連絡入れたくて。でもスマホの充電が切れてしまっていて、電話を貸してくれませんか」


慌てて千円札を出してお願いする。五百円でも十分だろうが、見知らぬ人に電話を借りる上、迷惑を掛けている後ろめたさから漱石さんだ。


「ここは山での遭難者の一時預かりの施設だから、公衆電話があるよ。それを使えば良い。今から案内する水場の横の受付にある。

あ、荷物は全部持ってきて。この部屋にはもう戻らないから」


良かった。鞄を持って忘れ物がないかもう一度部屋を確認して廊下に出た。

それにしても、遭難者の一時預かり施設?遭難者が頻繁に出るような標高の高い山なんて、俺の街には無かった筈だし、俺が駆け上がった山も外国で言えば丘と表現できるような、小さい山だった気がするのだけど。そう、中腹まで数分で駆け上がれるような。


疑問符を量産しながらも、朝食まで振る舞ってもらえるとの至れり尽くせりな対応の青年からは慣れが伺える。遭難者を落ち着かせるため、なのか?ならやっぱり、高い山があったのだろうか。

ストーブを消し終え、歩き始めた青年にとりあえず付いていく。


「朝食はここで食べるから、ここに戻ってきてね。分かりやすいように戸は開けておくから」

道中、声をかけられながら進む。


「ここが洗面所。と言っても兼脱衣所で、あっちが風呂場。無いと思うけど誰かお風呂を利用する人がいるときは戸の開け閉めに気を付けてあげて。使い終わったタオルはそっちのかごの中に入れといて」


「この廊下の右側が受付。公衆電話もそこだね。電話のマークの標識が見える?そうそう、その変なマークだよ。

じゃあ僕は朝食の準備をしておくから、用事が終わったらさっきの案内した部屋に来て。あっと。アレルギーある?」

有りませんと答えた俺に、「ん、朝食は和食だよ」と教えてくれて青年は来た廊下を戻っていく。

とりあえず、洗顔してから電話をしようと俺は洗面所に入った。






数分後、公衆電話の周りには、俺がばら撒いた鞄の中身が広がっていた。

その中に、座り込んで、纏まらない思考で考える。


なんで


最初は公衆電話を前にいざ自宅に連絡をいれようとして電話番号が思い出せなかっただけだった。

普段は登録されてあるものを呼び出すだけだから、ど忘れしたのだろう。市外局番すら思い出せないなんて寝ぼけているのかな。

うすうす分かってはいたものの、家族の電話番号も見事に思い出せず、友達のは最初から覚えていない。


財布の中にあるポイントカード類にでも電話番号は書いてないかなと見てみるも、名前すら書いてない。


俺はこんなにルーズだったかな。


仕方なしに生徒手帳を探す。

生徒証は写真と住所だけだで、電話番号は書いてない気もする。見つけた生徒手帳を開き、生徒証を見る。


そこには写真も住所も何もない。無記名の紙があるだけだった。


有り得ない。俺の行っている高校はかなり厳しい校風だ。だから、入学初日に書かされたはずだ。写真だって事前に準備して貼った。

これがないと遅刻や早退、各種申請等の用紙を提出するときに本人確認が取れないからだ。


動揺して他に何か、何かないかと考える。そうだ、学校。学校に連絡してみよう。学校から家に連絡してもらえば良い。

もう内申とか言ってられない。そう思って生徒手帳の奥付を見る。学校名と連絡先が見えない消しゴムで消されていくかのようにスウッと消えていった。


は?何?


さっきまで、学校名の記載のあったページは白紙になっている。もしかして、いつの間にか、ページを捲ってしまっていたかな、と思い直し、奥付をもう一度探すも、今度は校則を書いていただろうページすら全て真っ白になっていた。


何度見ても、白紙だった。何だこれ。


スマホ。スマホだ。図々しいが、スマホの充電をどこかでさせて貰えば良いだけだ。スマホさえ繋がれば。…スマホが繋がれば帰れる?本当に?


さっき、青年にお礼を言ったとき、本当は名乗ろうとしたんだ。でも。寝ぼけていて、頭がうまく回らなかった。

だって、まさか自分の名前が分からないなんて、無いだろ?


なら、今は?

言える?


鞄をひっつかみ、中身をばらまく。教科書・ノート・電子辞書。何でもいい。何か名前を書いてあるものはないか、手あたり次第探す。


何もない。学校指定の鞄には学校名が入っているはずなのにそれすらない。だんだんと、自分が今着ている制服が本当に自分の物か自信が無くなってきた。

今、目の前に散らばる勉強道具は本当に俺の物?


スマホの充電さえさせて貰えば、電話番号もわかるし何とかなるという考えも、もうできなかった。

だって、生徒手帳は存在を否定するように目の前で記載が消えていった。制服の胸にあったはずの校章を見る。胸にあった、はず。ブレザーにはどこにも校章はない。


どこにも、何もない。


叫び出したい衝動に駆られる。でも叫ぶ言葉すら分からなくて。何とかして、分けのわからない感情を吐き出したくて。


「あ、う、ぅああああああぁぁあぁああ、ぁー…」


絞り出すように出てきたのは、意味すら持たないただの母音だけだった。



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