押しボタンから始まる
うとうとしていた意識が車内アナウンスで覚醒する。
危ない、次で降りなきゃ。
バス停の乗り降りを眺め、定期券の場所を確認して次のアナウンスを待つ。
走り出したバスの車内にアナウンスが流れる。
停車ボタンに指を伸ばすと、後ろから伸びた指とぶつかった。
「「あっ、すみません」」
お互いに謝って手を引っ込める。
体を捻って後ろを見ると、同じくらいの年頃のサラリーマンらしい男がばつが悪そうに苦笑いを浮かべていた。
「「どうぞ」」
遠慮して譲り合い、どちらもボタンに手を伸ばさない。
『・・通過します』
「「降ります!」」
降りる予定のバス停を通り過ぎようとして二人して声を上げる。
運転手に怒られ冷や汗をかきつつバスを降りる。
心臓がバクバク音を立てているのは怒られたからに違いない。
「すみませんでした」
いつの間にか並んでいた男が頭を下げる。
「いえ、こちらこそ」
頭を下げるた後、無言で歩く。
「明日は押してもらっていいですか?」
「じゃあ、明後日は貴方が」
相手の提案にこちらも提案を返す。
頷いてもらい、再び無言で会社に向かう。
「それじゃあ、私はここで」
会社の前を指差し会釈する。
「では、明日のバスで」
向こうも会釈を返すのを横目に会社に入った。
社内を進むうちに胸の鼓動は落ち着いてきたが、入る前に見た笑顔を思い出すと不意に胸が騒ぐ。
明日まともに見れるかな。
顔に集まる熱を下げる様にかぶりを振って仕事に意識を向け直した。