領主さまのうさぎ
短編です。
かるーく読んでいただけそうなお話にしてみました。
「ララ、そんなに急いだら転んでしまうよ」
「でもご主人様!早くしないと!きゃあ!」
言ってるそばから転んでしまいました。
「まったく、そんなに急いでも雪は逃げないよ」
「…はあい」
抱き上げられたララは、しぶしぶ頷きました。
ウェストラル領はただいま、雪の季節です。
そのため、うさぎは大はしゃぎです。
「ご主人様、見て!まっしろー!」
ララはきゃーきゃー言いながら駆けていきます。
こんな寒い日によくもまあ。
本人が楽しそうだから良いのだけれど。
それより、また転んだりしないだろうか。
案の定、ララは転んで雪の中に消えてしまいました。
ですが、すぐに起き上がり、また駆けています。
もうそろそろ家に入りたい。
寒がりの領主さまは早くもそう思っていました。
ララをうちへ迎え入れたのはちょうど2年前、街の路地で出会ったのがはじめだ。
「お兄さん、ララを買って?」
雪が降っているにもかかわらず、薄く汚れた服を着た小さな女の子が話しかけてきた。
「ララ、お金がいるの。お金をもって帰らないとおこられちゃうのよ」
だから、お願い。
女の子は涙を浮かべた目で俺を見た。
こんなに小さな子に何をさせるんだ。
怒りを覚えた。
「おうちにパパかママはいる?」
優しく問いかけた。
「?いるよ」
「お話してもいいかな?」
「うん!」
俺は着ていたコートを女の子に着せ、女の子の案内で家に行った。
見た感じ、普通の家だ。
「待ってて!パパ呼んでくるね!」
にこにこしながら家に入っていった。
何と言ってやろう。
感情に任せてここまで案内してもらったが、果たして俺が話して何とかなる話なのか。
いや、仮にも俺は領主なのだから、話くらいは聞けるか。
そう考えていると、ドアが開いた。
「誰だ、話があるって言ってるのは。」
出てきたのは、大柄な男。
明らかに酒に酔っている。
手に持っているのは酒瓶と、女の子の小さな腕。
「いたい、パパあ!いたいぃ!」
女の子は強すぎる力で腕を引かれ、痛みのあまり泣いていた。
「まずはその子の腕をはなせ。」
「はあ?俺の子供なんだからお前に関係ねーだろ!ちっ、お前もうっせーんだよ!」
男は女の子を投げるようにはなした。
「いたぃぃ、いたいよぉ、、」
「おいで」
声をあげたままその場を動かない女の子を抱き上げ、俺は男に告げる。
「これは虐待だろう。いつもこんなことしているのか」
「関係ねーだろ。お前誰だよ!」
この言葉から虐待は日常的に行われているのだろう。
ここにいさせては駄目だ。
「この子を引き取らせてもらうが構わないな?」
「ああ!?」
俺はこの子をうちに迎え入れることを決めた。
こんな場面を見ておいて彼女をまたこの家に入れるなんて、俺にはできない。
「俺の使者をここに遣わせる。その日まで待て」
そうだ。
「この子は最初、自分を買ってと俺に声をかけてきた。約束どおり払ってやる」
俺は身に着けていた腕時計を男に放った。
「これを質屋に持って行け。お前にとって結構な額になるだろう」
そう言い残し、女の子を抱いたまま歩き出す。
男はただ呆然と投げ渡された時計を眺めていた。
「大丈夫かい?」
「、、ぐすっ、いたい……」
かわいそうに。
「すぐお医者様に診てもらおうね」
女の子の頭を優しく撫で、家へと急いだ。
「おかえりなさいませ。」
「ただいま」
出迎えてくれたのはうちの執事、ダンウェル。
「本日も、お一人で外出されましたね」
「すまない。ダンウェル、急いで医者を呼んでくれ。」
「そちらに抱えていらっしゃる方ですか?」
「ああ。父親から酷い扱いを受けていたんだ。今日からここに住むから」
「は?」
突然すぎる話に、一瞬固まるダンウェル。
「急いで。あと侍女も」
「…はい、かしこまりました」
いまいち状況が読み込めていないダンウェルを急かして、俺はリビングに行き、ソファに腰を下ろした。
女の子は泣きすぎて目が赤く腫れてしまっている。
蒸らしたタオルも持ってこさせよう。
女の子の小さな体を抱きしめる。
どこにどんな傷があるかまだわからないので、優しくそっと。
「失礼いたします」
侍女がやってきた。
「待ってたよ。さっそくだけどタオル持ってきてくれるかな?」
「はい。こちらに」
既に彼女の手には蒸らしたタオル。
それに、水をはった桶とタオルの用意されていた。
…さすが、優秀だねミネア。
「ありがとう」
タオルを受け取り、女の子の目に優しく当てる
「君の名前はララ?」
「……うん」
「俺はウェストラル領の領主だよ」
「……ララを買ってくれたの?」
「結果的にそうなっちゃったけどね。でも俺は、君の事を使役するために引き取ったんじゃないよ。あんな環境にこれ以上いさせたくなかったから引き取ったんだ」
「……ララはここに住むの?」
「うん、そうだよ。ララは今日からここのおうちの子だよ」
「うん…」
ララはそれ以上、何も話さなかった。
「領主様、お医者様がお見えです」
「ありがとう、通してくれる?」
「はい」
ダンウェルの後ろに続いて、医者が入ってくる。
小柄な女性だ。
「失礼いたします、領主様」
「来てくれてありがとう、サリナ。ちょっとこの子のことを診てほしいんだ」
「はい」
ララは診察のときもおとなしくしていた。
痛みを耐えるかのように、口をきつく結んでいた。
「ララ、がんばったね」
そう言って頭を撫でてやると、少し力が抜けたようだ。
「お嬢様の腕の骨にはひびが入っておりました。あと、体中にもあざが。引き取られて正解ですね」
サリナはララを見つめながらそう告げた。
「…そうだね」
なぜもっとはやくララを見つけられなかったのか。
後悔が胸を突く。
「ダンウェル」
「はい」
「公兵に書類を届けてほしいんだ」
「かしこまりました」
「今用意するから」
俺はララを抱いたまま、執務室へ向かおうとした。
「お待ちください」
ミネアにとめられた。
「なに?」
「お嬢様は今治療が終わって疲れておいでです。執務室ではなく寝室へ」
そうか、そうだね。
いろんなことがありすぎて、ララは疲れてるよね。
「わかったよ、ありがとう」
寝室へララを運ぶ。
まだ彼女のベッドはないから、俺のベッドを使う。
「ララ、ちょっとお仕事してくるね。寝てていいよ」
「……うん」
「いい子」
俺はララの額にキスを残し、寝室を出た。
「じゃあこの書類、お願いね」
「はい、かしこまりました」
ダンウェルが一礼して部屋を出る。
俺が今彼に渡した書類は、ララの父親に関する告発文。
これを自警団に持っていけば、彼らは虐待の事実を確認するために俺とララの父親を訪ねるだろう。
ララには少し怖い思いをさせてしまうかもしれないが、これはララが乗り越えるべき壁だ。
俺はそばでララを支えるだけ。
ただそれだけ。
後日、自警団の仲介のもと、ララの父親と面会した。
その日も、男は酒に酔っていた。
「おい!そいつは俺の子供だぞ!誘拐か!」
「静かにしてろ!」
男が暴れ、自警団員が鎮める。
それが何度か繰り返され、これ以上こいつとの話し合いは不要だと感じた。
男が声を荒げるたびに、腕の中にいるララが怯える。
いい加減にしてほしい。
イライラしてると、ララが声を発した。
「……ママ」
母親。
そういえば、俺はララの父親としか会ったことがない。
「ララ、ママはどこにいるの?」
「ママ?ママはね、お空に行ったの」
「そうか……」
「でもね、おうちの中にいるんだよ」
「ん?」
「ママの壷があるの」
母親の遺骨か。
「でもね、ぜんぜんお花あげられてないの。ママ、どっか行っちゃったかなあ」
涙目で俺を見つめるララ。
「大丈夫だよ、あとでお迎えに行こうか」
「……ううん、行かない。ママがいなくなっちゃったらパパかわいそうだもん。」
この子は、自分にあんな仕打ちをした父親を許すどころか心配さえしている。
二人が大好きだったんだろうなあ。
ララを抱きしめる。
ララは不思議そうに俺を振り返り、ふわりと微笑んだ。
そのまま、話し合いは進んでいった。
結果、ララの父親は逮捕された。
俺が出したララの診断書が決め手となったそうだ。
ウェストラル領では、虐待は殺人と同じくらい重い罪だ。
一生牢から出てくることはないかもしれない。
このことは、ララに伝えるつもりはない。
ずっと知らずに、幸せに暮らしてほしいから。
ララの母親の遺骨もうちで預かることになった。
ララはどうしてかと不思議がっていたが、父親が遠くに行くから、その間預かるとだけ教えた。
少し混乱していたようだが、壷を見ると喜んでいた。
最初は元気のない様子だったが、ここ最近ずっとにこにこしている。
それでいい。そうやってずっと笑っていて。
「ご主人様ー!これあげるー!」
うさぎはそういって、領主さまに小さなゆきうさぎを作ってあげました。
形は少しいびつですが、領主さまにとってはとてもうれしいプレゼントです。
「かわいいね。ララ、ありがとう」
さて、これをどうしようか。
領主さまはゆきうさぎの保管方法を考えていました。
「冷凍庫に入れたら大丈夫かなあ」
それだ。
「ララ、これ以上外にいたら風邪を引いてしまうよ。もうおうちに入ろう」
領主さまの限界がきたようです。
「もう?」
まだ遊びたい、そんなまなざしを送ってくるうさぎに、領主さまは負けそうになりました。
しかし、
「また明日遊べばいいよ」
「…むー」
ふてくされるうさぎを抱き上げます。
「今日はミネアがおやつにケーキを焼いてくれるよ」
「え!食べる!」
「これも冷凍庫に入れようね」
「うん!」
うさぎは今日も幸せに暮らしました。
どうか明日も幸せであることを。
「…こんなところにゆきうさぎ入れたの誰」
……ひとり、怒っている人がいたようです。
読んでくださってありがとうございました。
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