人生を周回プレイできたなら
短編「人生周回プレイ」
作・猫舌巧
僕は普通のサラリーマンだ。
頭には「1」という数字がついている。
「これだから1週目の奴は使えないのだ。社会常識ってものがなっちゃいない」
僕の上司である課長はすでに人生を53周しているベテランだ。
そう言っている上司の周りにいる僕の先輩たちは人生周回が2ケタを超えている人たちばかりだ。僕の周りにいた周回が少ない人たちは全員退職……どころか次の周回へと行ってしまった。
今日、僕は職務の内容でわからない部分があったため、質問をしてみたのだが、質問する相手が悪く、なぜか頭の足りない僕は人生周回が53週もしている大ベテランの人に質問してしまい、こうして理不尽なことを言われている。
僕の上司は53週目、年齢は50を超えている。
対して僕は人生1週目の20歳の超若手新人。
大きな差があった。
「一度、人生をやり直してから出直せ。クソが」
そう言って、僕の上司は書類を僕の顔にぶつけて、ジェスチャーで僕を追い払う。
僕は書類を拾い上げて、頭を下げ、その場を逃げるように去る。
野次馬根性が旺盛だった人生周回20週目ぐらいの先輩たちが、僕を影から笑っていた。
屋上のベンチ、僕は遠くを見て考えていた。
高校を卒業して1年。
僕の人生は順調に最悪な方へ最悪な方へと進み行っていた。
僕の履歴書には1週目と書かれているだけで社会勉強が不足しているとして、僕を指導していた人生周回200回を超える先生は僕は良い会社に就けないと告げていた。
それでもなんとかしようと努力し、大学に行く金もなく、人生周回が10回しかない両親は周回を20回もした弟の方を可愛がっており、頼りには出来ない。
その中で僕は何とか中級企業である現在の職場に滑り込んだのだが……正直言ってブラックなのかもしれないと思っている。
残業は当たり前。
給料は明細書に書いてあった数字よりも大分少ない。最低限死なない程度のアルバイトよりは少し多いぐらいのギリギリの金だけで生計を立てて、毎日飯を食べて、寝て、仕事の繰り返し。
心の底から、嫌だ、という言葉を思い浮かべるレベルの会社だった。
このままここから落ちて2週目に向けてやり直した方がよいのだろうか?
まだ20歳だ。今から死ぬのはあまりにも早すぎないか?
僕の周りの1ケタの周回者はもうやり直し始めたのに?
恋人も、恋も、愛も、家族ですらも何もわかっていないままにこのまま死ぬのか?
一人、僕は考えていた。
――ひたっ……。
「わっ! つめたっ!?」
「よっ! 後輩、何を思いつめた顔をしているんだ?」
不意に頬に冷たさを感じて振り返ると、そこには僕の先輩がアイスコーヒーの缶を持って立っていた。
人生周回数は「3回」の先輩は僕にいろいろと教えてくれる。
仕事の楽しみ方や休日の過ごし方、うまい金銭の管理の仕方、とにかくなんでも教えてくれるのだ。
先輩は僕の顔色を見ながら、微笑み、僕の手にコーヒーを握らせる。
「おら、これ飲んで元気出せよ」
「いえ、でもこれ、先輩が飲むために買ったんじゃ?」
「ばーか。こういう時は素直にありがとうって礼を言うのが普通なんだよ。どうせ、あのいけ好かない自称ベテラン課長が勝手にカンカンになったんだろ?」
「……ははっ、質問をする人を間違えちゃってですね」
「俺にもあったな。そうゆうのってさ……そうゆうことなら俺に何でも言えって」
「すみません……仕事を頼まれたのがあの人だったので……つい」
「ま、そうゆうこともあるさ。ドンマイドンマイ」
先輩は僕の肩を叩きながら励ましてくれる。
「女でも作れば色々と楽になることだってあるかもしれないだろう? お前は顔はいいんだから、すぐそういった相手もできるさ、ほら合コンとかで女の子紹介してやるって」
「そうゆうものですかね?」
「そうゆうもんだろ? 俺だって彼女がいたときは結構がんばれたぜ? って言っても前世の高校生の頃の話なんだけどさ」
「……先輩の前世ってどんな感じだったんですか?」
僕はふと、先輩の過去について気になった。何せ自分よりも2回人生を経験している人である、気にならないわけがなかった。
先輩は首を掻いて、思い出すように語った。
「んー? 結構普通だったなぁ。1週目はガキの頃に交通事故で死んじまってさぁ。2週目は高校生の時に彼女と別れて自暴自棄になっちまってさ。何気に3週目になってやっとこさ社会人まで来れたって感じ?」
「そうなんですね」
先輩は僕の2倍は不幸を経験して生きていた。正直に僕が社会人になること自体がとても幸運なことなのかもしれない。
「お前の高校生の頃って全然思いつかねえんだかど、どんな感じだった?」
「わからないですね……気づいたら高校生が終わっていました」
「枯れてるなぁ……。じゃあ、俺もお前も社会人一週目生ってことで、仲間としてがんばっていこうぜ!」
平気な顔してそういったくすぐったいことを言えるのは先輩のすごいところだ。
僕は幸せ者だなって、感じられる。
「はい。これからもよろしくお願いします」
「ははっ、固いっての」
尊敬。その言葉が真に沁みる。
人生の先輩からの屈託のない真心。
その言葉だけで、僕はがんばろうと前向きになれた。
その半年後、先輩は死んだ。
死因は高所からの飛び降り自殺。
頭からまっすぐに落ち、即死した。
僕の頭は真っ白だった。
しばらくは手に何もつかなくなり、やがて僕は職を失った。
のちに聞いた話だったのだが、先輩が死んだ原因は僕を叱責していた上司による加虐だったそうだ。経験の少ない僕を早く切り捨てるように命令し、先輩はそれに背き、会社から孤立し、窓際へと追いやられた。
心配になった僕の声にも、先輩は「大丈夫だ」と、笑顔で強がっていた。
僕にはなにも残されてはいなかった。
もちろんやり直すためにもがんばった。再就職のためにすべてのことを行った。親を悲しませないためにも必死に勉強も努力もした。
だが書類に書くことになる、職歴、人生周回数、経歴が、すべてを邪魔をする。
そして、残された僕は……。
二週目。
僕は新しい両親のもとに生まれた。仲がよさそうな周回数5回の普通の夫婦。
慎ましやかだが幸せな両親のもとに生まれて、前世の記憶からの僕のトラウマや人間恐怖症は徐々に薄れていき、1男1女の4人家族。僕の人生は幸せだ。
今度こそ、2回目の人生、今度こそ最高の人生を送れると、そう思った。
高校生活は一日千秋のように感じるほど、充実していた。
二周目となると、かなり余裕を持った行動や、前世で前もって得ている勉強の知識はとても役に立った。
何度でも、何度でもこの学生で居たかった。
だが、楽しいだけの時間は絶対に過ぎていく。
しばらくして僕は就職した。
人生2週目である僕は前の人生よりはわりとすんなり、優良な企業に内定をもらった。
両親は僕の就職をお祝いして親戚交えてパーティまでしてくれた。
姉は僕の就職するにあたってメモ帳をくれた。そこには「がんばれ」と一言シンプルにメッセージが書いてあり、僕を暖かな気持ちにさせてくれた。
姉のメッセージに、先輩のことを思い出す。
少しだけ、うれしさとは別の、暖かな涙が出た。
そしてパーティの後、家族総出で僕の上京を見送ってくれることになった。
空港まで向かう高速バスの前、僕の前で母、父、姉が目を腫らしていた。
「一人暮らし、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって母さん。僕も2週目なんだよ? 一人暮らしの仕方ぐらいわかるよ」
「そうね。体には気を付けてね。いつでもあなたを想っているわ」
「うん。ありがとう母さん。愛してるよ」
「ははっ、そんなことを言ったって母さんはやらないぞ?」
「そうゆうつもりじゃねえよ。お父さん、僕のことを今までありがとう、愛してるよ」
「お、おう……なんだ、その、困ったら何でも言えよ?」
「うん。頼りにしてるよ」
「お姉ちゃんにも頼ってよね。愛する弟君のためならお金以外のことだったら何でも頼まれてあげるからさ」
「うん、わかった。じゃああっちで買った僕の服をそっちに送るだろうから、そのうち片づけ頼むね?」
「それは帰省してから自分でやりなさい」
「ははは、姉ちゃんは嘘つきだなぁ」
「喧嘩売ってるなら買うわよ?」
姉が鉄拳に息を吹きかける。
「ちょ、ちょっと! 暴力は反対だよ!」
「ふふっ、まだまだお姉ちゃん離れはできなさそうね」
「そうかもね。じゃあ、そろそろ時間だし、行ってくるよ」
冗談を交えながら高速バスに乗り込む。
姉が拳を僕の方に向けてくる。がんばれという意思表示だ。
「行って来い」
「うん」
僕を乗せた高速バスは、マフラーからエンジン音を挙げて、走り出した。
僕の次の就職先はどんなところだろうか。
一応前回とは違う業種の会社に希望を出したから不安はある。
先輩とはうまくやっていけるだろうか。
恋人とかも、今まで考えたこともなかったけれど、作ることはできるだろうか。
楽しみだ。
そうしていたら、なんだか眠気がやってきた。
受験勉強の反動だからか疲れているのだろう。
少しだけ、少しだけ仮眠を取ろう。
大丈夫、終点は空港だから、起きた時には空港だ。
大丈夫。大丈夫。
三週目。
目覚めると、僕は5歳だった。
気が付いた時には、見知らぬ両親とみられる男女が部屋掃除をしており、僕はソファに寝転がっていた。
意味が分からなかった。
僕は先ほどまで何をしていた?
次の就職先は?
親は? 姉さんは?
あの幸せだった二周目は?
「……っ!」
気が付くと僕は泣いていた。
なぜかというと、その理由がわかっていたからだった。
僕の二周目の死因は事故死。
あの見送りの後、僕は高速バスに乗り、空港まで高速道路で走っていた。
だが、あの時寝ていたのは僕だけではなかったのだ。
運転手の居眠り運転。
それが僕の命を奪ったのだ。
「大丈夫か?」
放心していた僕に父親と思われる男性が声をかけてくる。深く響く、それでいてどこか優しい口調の父親だった。
僕は「なんでもない」と言って、うつむく。
「前世で、何かあったのか?」
その言葉に、僕はハッと父親の頭上を見る。
そこには「40」と空中に数字が浮かんでいた。
「……お前はこれまで2度、誰かの息子として生まれた。俺のことが簡単に父親だと思えないのはわかるつもりだ。母さんのこともな」
僕の眼を見て父親は……父さんは話す。母親を、母さんを見る……不安そうな顔をしていた。母さんの頭上には「6」という文字が浮かんでいた。
「だが、今回お前は俺たち夫婦の元に生まれた。俺の妻が腹を痛めて生んだ息子なんだ。簡単に受け入れてくれとは言わない。だが悲しいことがあったのなら、話を聞くぞ」
父さんの言葉は強く、そして優しい。
これまで何度人生をやりなおして、そのたびいろいろなことを学んで、経験してきたのだろう。40回も誰かの息子として生まれてきた、その人の言葉は、確かな安心感を僕に与えてくれる。
わかる。
僕が思い出したとしても、5年という今までに比べると3時間ぐらいにしか感じないぐらいのわずかな時間の中でも、僕は、この人たちを体で、心で、両親だと感じていた。
僕は泣いた。
泣いて泣いて、泣いた。
そして、泣き疲れたら、これまでの人生を、親に話した。
すべて話し終えた後、父親は僕の頭に手を置いて、こう言った。
「そうか。がんばったな」
もう一度、好きなだけ泣いた。
そして僕は前の人生と同じように生きた。できるだけ安全に、何も事故が起こらないように……だからだろうか、高校生になった僕は、警察になりたいと志したのは。
最初はこんな仕事を手に付けようとは考えてはいなかった。だが新しい父親は刑事であり、ベテランの警察官だった。繰り返した人生のその経験が発揮できるその仕事はまさに天職であった。
僕は、そんな父の背中にあこがれた。
僕にはいつの間にか夢が芽生えていた。
時は過ぎ、僕は高校生になった。
前の人生の時に姉にお世話になった経緯から、人と接しづらいという僕の欠点はなりを潜めて、僕は周りのクラスメイトとも話し合うことができていた。
人生周回で初の部活動にも取り組むことにも挑戦してみた。
前の人生の時に姉がハマっていたバレー。
ルールも理解が出来ているので、挑戦してみることにした。
最初はトスを上げることも、レシーブを上げることですらぎこちなかったが、一つ一つの動きを繰り返し練習することでうまくなるのは、なんだか周回プレイと同じ感覚がして楽しかった。
部活を通して友人を作ることだってできた。
特にクラスメイトで隣の席だった男子とは、唯一無二の親友と呼べる人物だ。
「よぉ、昼飯どうするよ? 学食行くか? 購買行くか?」
親友は僕に気さくに話しかけてくれる。
頭の上には「4」の文字が浮かんでいた。
そんな親友の人懐っこい笑顔に、僕は首肯して答える。
「うん、学食に行こうよ」
「いいぜ。今日何食べるかなぁ~」
「あ、あの……!」
そんな僕たちの前に一人の女の子がやってくる。
かわいらしい顔立ちと、右眼の下にある泣きぼくろが特徴的な、クラスの男子の中では人気のある女の子だ。頭の上には『2』と浮かび上がっていた。
女の子は僕に向かって瞳を向ける。日本人特有のブラウン色の瞳を。
「放課後、時間……ありますか!?」
「え……?」
僕はぽかんと、頭を殴られたかのように思考がフリーズし、友人は「ほぉ?」と声を上げた。
その日、僕に人生周回上はじめての彼女が出来た。
彼女は照れ屋ではあるが、一途で、何事においても真摯で真面目な女の子だった。
初デートは近場のショッピングモールに行ってショッピングを楽しんだ。
些細なことで笑いあったり、泣いたり、怒って喧嘩したり。
彼女は僕にいろいろなことを教えてくれた。
彼女と過ごす高校生活は、予想を上回るほど早く感じた。
前回に比べると圧倒的なほどまで早い高校生活の中で、僕は初めて恋の、愛の大切さを覚えた。
そして卒業式は終わり……僕に3度目の就職が訪れた。
当然のように僕の両親は警察に就職することをよく思ってくれ、彼女も地元で就職した。
遠くに出ることもなかった僕に、事故など起こるはずもなかった。
仕事については順調に昇進した。今までの経験や、今回は彼女もいることで、気合も意気込みも全然違っていた。
先輩や同期は親切に何でも答えてくれて、相談しづらいことや、悩みは、同じ職に就いている父親に相談したりもした。
そうして僕の就職は、もっとも最高の形を維持し続けた。
やがて僕は彼女と結婚した。
人生周回上で、僕も、彼女も初めての結婚。
胸が熱かった。幸せで涙が出そうだった。
「ねぇ、私ね。今が最高に幸せなんだ」
「俺もだ。今までの俺の人生の中でも、今が最高の人生だ」
僕が運転する車のなかで、彼女は籍を入れた余韻に浸っている。
「……私ね。前回の人生が好きじゃなかったの」
「どうしてだ?」
不安げな顔だった。
「私の前回の両親は不仲で、いつも喧嘩ばっかりだった。私は勉強するのを理由に、両親の呵責からは逃げられていたんだけど……離婚しちゃって……」
「そうか……」
僕はそういった経験はない。
自分がどれだけ幸せな家庭に生まれたか。
前回、志半ばで死んでから、どれだけ今の両親に支えられたか。
おかげで、こうして僕は幸せなんだ。
「だからね。私、今度こそ幸せになりたい」
それは、彼女も同じなんだ。
そして僕らの結婚生活は、案外何事もなく過ぎていく。
彼女との間にも2人の子供が出来た。
どちらも人生周回数は2回目。運命を感じた。
仕事がつらくなっても、二人の子供と、妻のことを考えたら、自然とやる気が出た。
どんな理不尽なことを言われても反骨心が芽生えた。
ふと、僕は1週目の先輩の言葉を思い出した。
先輩の言うとおりだった。
今は、どうやって生きているのか、少しだけ、思い老けた。
そうして、僕の3度目の人生は、本当に幸せな形で進んでいった。
僕は、難病を抱えてしまった。
摘出も難しく、そして、深刻なほど病状は進行していた。
家族のことを考えて、ひたすらに闘病生活を送った。
ここから人生をやり直したくなどなかった。
だから頑張った。
二人の子供の応援が、すごく遠く感じる。
愛する女性の手が、とても冷たく感じる。
あぁ、死にたくないなぁ。
4週目。
努力もむなしく、僕は死んでしまった。
新しく生まれたのはパチンコにはまってしまっている両親の下。
お金などなく、僕を世話する甲斐性もなく、ただひたすらに浪費する日々。
学校にもいけず、空腹を満たすことも出来ず、僕は育児放棄という周回で初めての絶望を味わった。
空腹と頭の痛みと、腹痛、めまい、それらすべてを受け止めた。
なにもできない。なにも行動を起こすことができない。夢を目指すことすら許されない。
そんな日々の中で、僕はただ、前の人生を思い返すばかりだった。
会いたい。
愛する彼女に会いたい。
二人の息子に会いたい。
彼女は今ごろ泣いてはいないだろうか。苦労してはいないだろうか。
兄のほうは、ちゃんとお兄ちゃんとしてしっかりしているだろうか。
弟のほうはちゃんと二人のいうことを聞いて、夢を追いかけているだろうか。
おじいちゃんやおばあちゃんに迷惑をかけてはいないだろうか。
彼女は大丈夫だろうか。
涙があふれる。
死にたくなかった。
やり直したくなんてなかった。
もっと幸せな夢が見ていたかった。
声が、出ていた。
言葉にもなっていなかった。
涙が出ていた。
悲しくて悲しくて、誰もいない4畳半の真ん中。
僕は、ただ声を上げた。
飢餓で、すでに動かない体で、ただ、この汚いがらがらの声で。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、この人生での僕は、みじめに死んだ。
5週目は、小学生の時に事故で死んだ。次。
6週目は会社でいじめを受けた。先輩の気持ちがよくわかった。自殺した。次。
7週目は一人で死んだ。どうしても彼女のことが忘れられなかった。次。
8周目は夢に生きようとした。夢など見つからなかった。次。
9週目は就職して、まだ自分よりも周回数の少ない人間に八つ当たりばかりした。1週目の先輩や上司を思い出した。あの人たちと同じじゃないか。寒気がした。自殺。次。
10週目は、生まれずに、母親の母体の中で死んだ。次。
11週目は、戦争のど真ん中で逃げ惑ったらしい。難民として移動していたところを、軍隊に追われて、銃撃されて、母親もろとも死亡。次。
12週目は、生まれてから、物心つく前に、震災に遭った。僕はビルのがれきに埋もれて死亡した。次。
13週。彼女のことがだんだん薄れていく。ためしに女性と付き合ってみた。甲斐性なしと言われて、トラブルを起こして刺されて死んだ。次。
14週。前世のトラウマが嫌でもこびりつく。人の顔を見るのが怖い。中学生でリストカットした。やりすぎて失血して死んだ。次。
15週。3週目の人生を思い出す。自然と元気が出た。次。
16週。就職に失敗した。次。
17週。ニートになった。親の顔が冷たい。次。
18週。理想になれなかった。次。
19週。来世から本気出すよ。次。
20週。親に殺された。次。
21週。思い出したくない。次。
22週。次。
21週。次。
23週。次。
次。
次。
次。
次。次。次。次。次。次。次。
次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。
次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。
130週目。
財力ある家に生まれた。束縛が激しい。
そうこうしているうちに過労で死んだ。
死に際に両親の顔を見た。
必死だった。
僕は何を思い出したのだろう。
131週目。
僕は幸せな家庭の下に生まれた。
慎ましやかで明るい両親の下に。
不意に2週目の家族のことを思い出した。
あの暖かさが今では忘れられなかった。
ほどなくして妹が生まれた。
僕がお兄さんだ。しっかりとしなくちゃだめだ。
不意に、2週目での姉さんのことを思い出した。
ダメだろ泣いたら。
気が付いたら、いつもどおりの高校への通学路、バスに跳ね飛ばされて死んだ。
親に申し訳なかった。
132週目。
やっと思い出せたのだ。
すばらしい人生だったと思う。
結局、前の人生での妻の顔が忘れられないし、子供が出来たのなんて、3ケタも超える周回をしているのに、ただの2回きりになってしまった。
今、隣にいる妻は、前の人生の時のあの人に良く似ている。
照れ屋ではあるが、一途で、何事においても真摯で真面目な女の子。
ちょっぴり天然で、目が離せない、世話焼かせな彼女。
髪を指でなでる。
僕は、幸せになりたい。
瞳の奥を覗く。
夢を追いかけていたい。
目を閉じて呼吸を感じる。
この人生は、一度きりしかない。
彼女の鼓動の音を感じる。
だから、僕はもう簡単には死んでやらない。
この人生は、一度きりしかないのだから。
この物語を読んでいる人は、きっと夢を追いかけてる人もいるだろう。
あきらめないでほしい。
僕がもう諦めた人であるからだ。
もう一度言う。
あきらめるな。
その人生は、一度きりしかないのだから。
きっと僕は負けた人間だ。
テレビで活躍している人たちはきっと負けなかった人間だ。
たった一人の女性を幸せにするためだけに夢を諦めた人間だ。
それはきっと、負けて勝ったというべきなのだろう。
それをわかって、託したのだろう。