第三話 Sクラス
期間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
口が裂けてもゲームしてたとは言えない………あっ。
「これが、寮、なのか?」
学院を無事抜け出し、学生寮に到達すると、思わず口を突いてその言葉が飛び出た。
学院と比べると見劣りするが、単品としての質は上等だ。最早、学院の別館と言われても違和感が無い程度には豪華に整備されている。大理石のみで作られた白い壁は、汚れ一つなく、表面を鏡のように写しており、ややモダンな建築様式なのか、見覚えの無い形態をしている。
「…みたい。凄い、大きい。宿とは大違い」
「宿舎と比べんなよ……」
今まで質素な旅館を転々としてきたのだ、リーザの比較対象の貧困さも頷ける。
偉そうぶったクロードではあったが、彼自身も、これと比較するに値する建築物の記憶は無い。
あるとすれば、真横で異質な存在感を放つ学院本館くらいのものだ。
「えーっと……409号室、か」
「408号室」
「…まぁ、順当に考えて四階だろうな」
「急ぐ」
荘厳な構えを見せる学生寮の玄関を抜けて、館内へと入り込む。
玄関フロアが圧倒的に広い。エントランスホールと直結しているのだろうが、それにしても広い。巨大なフロアのど真ん中には円形に組まれたソファが存在し、観葉植物がチラホラと見える。玄関の直線上に、螺旋階段が在り、上階への移動手段はあれしか無いのだろう。
エントランスホールの中央まで来ると、東西の端際に小さな噴水があるのを見つけた。
本当に学生寮なのだろうか……二人の中で不安は募っていく。
━━だが、フロントを受け持っている教員が驚かなかった事からして、此処は学生寮なのだろう。
学院から此処へ来るまでの間、好奇の視線に晒され無かった時間は無い。教職員であろうが、生徒であろうが、クロードの存在を認知するとあっという間に人波がさーっと割れていく。まるで御曹司か何かになった気分で、少々気分が悪い。眩暈を引き起こしかけたまである。
事前に伝えられていた━━サプライズ第一主義的なアルマにしては、珍しい事だ。
だからこそ、ここが学生寮である、という不動の信頼が生まれる。
「四階を目指そうか」
「うん」
不恰好もそのままに、二人は上階━━お目当ての四階を目指す。
◆ ◆ ◆
「準備は良い?」
あれから数十分。無事制服を着用後、学院長室へ再度二人は舞い戻ってきた。
リーザの制服は、ルーミアのそれとほぼ同様のものだ。ただ、少しばかりルーミアと比べてボリュームの少ないリーザは、一回り小さなサイズを着用している。何処が、とは決して明言しないが。
「ロー、失礼」
ぎゅ、と胸元を両手で覆い隠す動作をするリーザ。
口に出してもいないのに失礼とは……。クロードは自身の権利の一部が剥奪された気がした。
かく言うクロードの服装は、一言で言えばリーザの制服を男性版にしただけのものだ。配色が少しだけ違っており、襟元や手首、足首などにアクセントを取り入れ、制服を留めるボタンは純銀製だ。
今まで正装など数える程しかしなかったクロードだ。恐ろしく似合っていない。
服の全体像を見た時点でややアンニュイになっていたクロードは、最早やる気が感じられない。
「…クロード、アンタ恐ろしく似合ってないわね」
「事実を再認識させんじゃねーよ!」
「いや、え、っと、その……取り敢えず、ごめん?」
「謝られると余計惨めだわ!!」
本気のトーンで申し訳無さげに呟かれると、結構傷つく。
クロードは優しさも考えものだな、と意識を改革する事とした。
「あくまでアタシは転入報告に付いていくだけだから。担任はクロノ先生よ、覚えておきなさい」
「了解っと…」
「出来るだけ丁寧に挨拶して頂戴ね。第一印象は重要よ」
「…それ、お前の保身が九割占めてんだろ」
「………そ、そんな事ないわよ」
「せめて隠そうとしろ、アホが!」
引き攣った笑みで言葉を詰まらせた姿は、わざとやっているようにしか見えない。
相変わらずスタンスが異常なまでに変化していない。
自分の為なら味方さえ切り捨てる━━冷酷非道な指揮官もいたものだ。
「そろそろです、マスター」
メイド服に身を包んだ≪ランスロッド≫がそう告げた。
よし、と意気込んで、アルマが先陣を切って押し進む。
二人もそれに倣って、少し大股で絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。
今では学校・学院なるシステムは一般にも普及しており、識字率や計算・読解能力は軒並み上がっている。それに伴い、失業者率も削減、生活水準の底上げにも繋がっているのだ。
とは言え、それはあくまで最近━━ここ数年のお話である。
アルマは勿論、クロード・リーザ、両名共に学歴なんてものは一切無い。
辛うじて此処に通う教職員は、元より貴族の娘であったりするので、最低限のマナーとして座学の勉強にも励んでいた。結果、人に教える立場に立つ事が出来ている。そういう意味では、アルマは教職者としての実績も実力も無い。もしこれが、ただのお勉強であれば、の話だが。
ここは普通の学校・学院ではない。≪竜装兵姫≫の育成機関だ。
その上、≪人族≫の大陸━━≪ミズガルド≫でも有数の、超実力派。
上に立って然るべき人間も限定されてくるのだろう。
そこで、アルマに白羽の矢が立った……と言った所だ。
その割には、中々それらしく働いてるな。クロードは少しばかり意外であった。
何度も念を押すように書き連ねたが、アルマ・シェフィールドは子供をそのまま大人にしたような人間だ。好奇心に身を任せて悪戯を敢行したり、時折無邪気な発言で人の人生を狂わせてみたり、面白そうだからという身勝手な理由で戦場を駆け巡ったり━━元々童顔な彼女の顔は、数年振りに会った二人でも分かるほどに、変化が無い。時が止まったかのような錯覚に、陥るほどに。
そんな彼女が手に職を持ったのだから、驚きを隠せないのが本音である。
「…ちょっと、ぼーっとしてる暇なんてないわよ」
「あ、あぁ、すまん」
「さ、着いたわよ」
れ作業で足を進めてきたクロードは、到着した『Sクラス』を見て、本日何度目かも知れない驚愕に目を見開いた。厳密には、その出で立ち、というか、存在感というべきものに、だ。
まるで巨人が出入りするかのような巨大な扉。扉と扉の間隔は軽く40から50mはある。教室内部の広さが外側からでも見て取るように分かる。
「んじゃ、付いてきて」
呆気に取られたクロードの頭をぽんぽん、と叩くと、アルマが教室のドアを開けた。
きぃ、と可愛らしく音を上げて、ドアが開く。
アルマに順ずる形で、ぞろぞろとクロードとリーザも後を付ける。
教室の一同に、どよめきが走った。
滅多に教室には顔を出さないアルマが来訪した事。何よりも、その後ろに見知らぬ男と、可愛らしい少女を携えてやってきた事。その二つが化学反応的に混ざり合い、混沌を生み出す。
「男……?」
「というか、学院長先生が何故…?」
「あの子、とても可愛い…」
「全く以て状況が理解できませんわ」
あらゆる感想、意見、批判、中傷が飛び交う。
一部は冷静に状況を達観しており、中にはルーミアの姿も見て取れた。
そんな折、アルマは一言だけ端的に呟いた。
「静かに」
たったそれだけで、騒然としていたクラスのどよめきがしん、と静まる。
アルマの持つ、抗いがたい命令性。それは≪始源の竜装兵姫≫の頃から変わらない。
一癖も二癖もあるような連中を総括していたのだから、当然と言えば当然か。
「本日付けで転入する事となった、転入生の紹介よ。まずはこちらから」
右手で指名されたのは、リーザだった。
ちょこちょこ、と教壇の中央に移動すると、元より小さい体躯を尚収縮させて、精一杯の声を張る。
「り、リーザ、れ、ギオン……。よろ…しく」
良く出来たな、と今すぐ褒めてあげたい衝動を押さえ込みながら、クロードはリーザを見つめる。
小動物的な彼女の姿は、お嬢様方の母性本能を擽ったのだろう。
意外や意外、想いの外大盛況のご様子で、黄色い悲鳴が響く。野次として「可愛い」が連呼された。
━━俺の時は静まり返るのが目に見えて分かるな。
先程からやる気が削がれてばかりだが、一応重要な場面だ。
一瞬の一斉喚起を終えたクラスの面々は、固唾を呑んでこちらを射抜くように見つめる。
アルマの指示を仰いで、教壇の中央へ移動。
「…クロード・レギオンだ。よろしく頼む」
しん、と深い静寂が舞い降りる。
あまりの沈黙に耳鳴りを引き起こしそうになるが、クロードはそれに耐えて元の場所へ戻ろうとした。
その時だった。
「よろしくね、クロードくん!」
快活に、元気良く、溌剌と。その声が響いた時、クロードは何とも言えない感情に襲われた。
ホッとした、とも、恥ずかしい、とも付かない、こそばゆい感情。
それが何なのか、理解出来ないクロードは、「ああ」と短くそう返した。
「ルーミア、良い子」
「空気は読めてねえけどな」
コソコソ、と耳打ちをしあう。
んん、と咳払いをしてアルマは晴れやかな笑顔を生徒に向ける。
「リーザさん、クロードくん、両名共に素晴らしい実力を誇っています。クロード君に関しては、極秘に我々が管理していた代物なので、まぁ、一応学院以外の場所での口外は禁止します。人を見抜く眼も、私は養ってきたつもりですが……それ以上に、積極的なコミュニケーションスキルの強化にも取り組んできました。貴方達にとっては、今現在異物状態の彼らだけれど、一週間・一ヶ月もすれば慣れて来る頃でしょう。決して拒絶せず、二人の人格や性格を含めて、仲良くしてあげて欲しい、と私は思います」
やや饒舌に語ったアルマ。
自分は貴方達に期待している━━隠語的にその意思を匂わせ、尚且つ、二人が完璧超人である事をやんわりと否定、人格や性格に多少の問題点がある事をひっそりと示唆。その上、彼女らにとって、アルマはカリスマだ。懇願、もしくは希望的観測をのたまわれては、二つ返事で従うしかない。
「……さて、教科担当の先生がいらっしゃるので、私は失礼します。Sクラスの皆さん、これからの頑張りに期待していますよ?」
感涙咽び泣く勢いで、クラスがしっとりとした感動の雰囲気に包まれる。
当時の悪逆非道、狡猾、虚偽、欺瞞、猜疑、の精神を知る二人は、思わず呆れた。
━━教育者の理想として、これほどまでに遠くかけ離れた人間も居まい、と。
「……最早洗脳だな」
「全く以て同意」
「酷い言い草ね……。別に生徒に優しく、時に厳しく接するのは教職者の理念でしょ」
堂々とボリューミーな胸を張りながら、そう宣言する。
完全に感動ムードのクラス全体と、冷め切った二人の温度差には隔絶が生じていた。
「それじゃ、頑張ってね♪」
ぱちん、と強烈なウィンクを残して、彼女は去っていった。
━━かくして、波乱と不安に満ち溢れた学院入学は、謎の感動ムードに台無しにされたのであった。