プロローグ 召還
気に入ってもらえたら、ブクマ登録や評価等お願い致します。
「……あの野郎…! 此処は一体何処だ…」
朝日を木々が遮り、幻想的な木陰を生み出す神秘の森。
静謐にして荘厳な佇まいを保つ森の中、一人、クロード・レギオンは怒りを抑えきれずに居た。
「数年も音沙汰無しだったくせに、いきなり呼びつけやがって…」
「仕方ない、昔からあんな感じ」
こめかみをピクピクさせていると、傍らから包み込むような柔らかい声が聞こえた。
リーザ・レギオン。戸籍上はクロードの妹、という事になっている。
しかし、性格から身形、容姿に至るまで、そこには断絶にも近い明確な区分がある。
クロードを平均か、ややそれを下回る程度と考えるならば、リーザは神が丹精込めて作り上げた造形美の一端を担うかのような、圧倒的な美貌だ。各パーツの大きさ、配置、角度、その全てが絵に描いたような黄金比で整えられている。一見すれば、従者と姫のような関係にも見えるだろう。
事実、クロードの服装は粗野なものだ。着崩した革製のメイル、安物のプロテクター。冒険者か、それに準ずる何か━━つまりは、大した仕事についてない証拠となる程度の装備品の数々。
相対するリーザは、純白に黒のレース地でラインを施したシルクのドレスを身に纏っている。手首には純銀製のブレスレット、靴は漆黒で染め上げたようなハイヒール。優雅にたなびかせるブロンドのロングヘアを見上げれば、頭頂部には可愛らしいカチューシャも見受けられる。
圧倒的に正反対な二人の姿は、何故か統一感を醸し出している。
それが当然と言えば当然なのだが━━━。
「…前々から思ってたんだけどさ、それ歩き辛くねえの?」
「平気。そもそも、この靴はクロードが買ってくれた。大切」
リーザの喋り方は片言、というよりは、端的に事実を単語で語るような感じだ。
そもそも多弁な方ではないし、何よりクロードとは十年来の付き合いになる。
クロードもそれを知ってか、リーザの思いの丈を相応に感じ取る能力には長けていた。
「そうかい。ならいいんだけどな」
その後は暫くの沈黙を挟んで、両者はズンズンと草木を掻き分けて歩んでいく。
しかし、一向に出口及び抜け道に到達する気がしない。
それもそのはずである。
この森林の敷地面積は約500キロ。入るのは易いが、出るのは難しい。
その上半径がその長さである、つまり端から端を横断するとなれば、1000キロもあるのだ。
クロードが森を彷徨い始めて早数十分、踏破距離にして約数キロ。
当然ながら出口へと着くはずもなく、路頭を迷う若者よろしく、ぐだぐだと歩いていく。
「……疲れた」
「飛ぶ?」
「……そーするか」
徐々に疲労が蓄積していく感覚は、クロードが最も嫌うタイプの疲れ方だ。
それを見兼ねたリーザは言った。飛ぶか? と。
しかし、一見して人間の少女であるリーザが、空を飛ぶ技術など持ち合わせては居ない。
それでも、クロードは躊躇無くその誘いを了承した。
結論から言うと、リーザは人ではない。
人型を保つ、≪竜族≫なのだ。
眩い白銀の閃光が周囲を照らし、容姿端麗な美少女だったリーザは変貌を遂げる。
水晶で出来ているかのような、透明感のある白銀の鱗。天を衝く勢いで広げられる二対の羽翼。赤みを帯びた鋭い眼光に、今にも人を噛み殺さんばかりの切れ長の牙。先程のふわっとした少女とは全く別物の存在へと昇華した彼女は、まさに≪竜族≫そのものである。
「飛ぶよ」
「頼んだ」
巨大な怪物と化したリーザだが、声色に変化はない。
背中に跨ったクロードは退屈そうに欠伸を一つ漏らし、一言そう告げた。
瞬間、周囲の木々が、リーザを中心に、リーザと真逆の方向へと盛大に撓る。
それは爆風で吹き飛ばされるのを耐える人間のそれに近く、ギシギシと不快な音を奏でた。
一瞬の出来事だった。次の瞬間には、木々は元通りになっており、そこにリーザは居ない。
遥か上空を優雅にリーザは浮遊しており、まるで何事も無かったかのようにさえ感じる。
しかし。
バキリ━━ドスン…!
平然としていた木々が、ドミノの要領で倒れた先からどんどん倒れていく。
リーザはただ、飛び立っただけだ。そのワンアクションで、堅牢な木々がわけも無く薙ぎ倒されたのだ。
「見えた」
「急ごう。取り敢えずあの馬鹿を殴らないと気が済まない」
「了解」
ふわふわと、宙を舞う風船の如きスピードだったリーザが、すぐさま視界から消えた。
前方に目標を確認して、約一秒、体感的には何コンマのレベルで、数百キロ先の目標へと近づく。
最早後数百mの近さにまで到達し、改めてリーザの化け物染みた飛力にうんざりとする。
「よっと」
リーザの背中からいとも簡単にクロードが飛び降りる。
未だに上空から地上まで、数十mの距離はあるが、難なくクロードは飛び降り、無事着地した。
白銀の閃光を一瞬だけ放ち、重力に抗うように、ゆっくりとした速度でリーザが降下する。
ふわり、と着地の寸前に膝丈のドレスが艶やかに舞う。
「行くか」
「うん」
こうして、目の前に目標を見据えた二人は歩んでいく。
━━━言い忘れていた事がある。
この莫大な敷地面積を誇る巨大な森林、通称|≪エルス・フォレスト≫は、たった一つの巨大な組織によって保有されている。全長1000キロにも及ぶ、巨大な森林を、だ。
それこそが彼ら━━クロードとリーザが目指す目標。
≪エリシュオン竜姫学院≫
≪竜族≫と契約を交わし、≪竜装兵姫≫の資格を得た者だけが通える特殊機関。
此処には、この大陸で随一とされる超名門のお嬢様が幅広く集う。時折、実力で入学資格を得る者も居るのだが、百人居たならば一人、つまりは全体の一%にも満たない数値だ。つまり、全体の約九割が超が頭に付くお嬢様なのである。右も左もそんなのばっかなのだ。
しかし、≪竜装兵姫≫には一つ条件がある。
それは━━━清廉潔白にして、純真無垢な乙女である事。
≪エリシュオン竜姫学院≫には、御曹司は居ない。居るのは御嬢様だけだ。
本来女性しか成れない━━それも、聖性を保った穢れ無き肉体を持つ乙女のみに許される特権階級。
クロード・レギオンは、唯一にして無二の、≪男の竜装兵姫≫なのである。