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loss

作者: 八束水臣

主人公は園児たちなので児童書風味で書いてみました

あくまで『風味』ですが

3人はいつも一緒でした。

真面目な信吾くん。

おませな五月ちゃん。

そして、少しひねくれ者の貴史くん。

家が近いので家族ぐるみの仲でした。

お出かけするのも一緒、通う幼稚園も一緒。

その日も3人は仲良く遊んでいました。


「よ~い、どん」


五月ちゃんのかけ声と同時に貴史くんと信吾くんは砂場で砂をかき集めて山を作り始めます。

最近3人の間で流行っている「どっちがいい砂山を作れるかゲーム」でした。

判定は五月ちゃん。

2人は一所懸命、山を作り叩いて固めていきます。

貴史くんが山にスコップを刺してトンネルを掘り始めました。信吾くんも負けじと山のてっぺんからぐるぐる回った道路を作り思い思いの細工をしていきます。


「ストップ」


五月ちゃんの終了の合図です。

手を止めた2人はドキドキしながら判定を待ちました。

五月ちゃんは2つの砂山をぐるりと巡ります。


「しんごちゃんの勝ち~」


五月ちゃんが信吾くんの手を取り掲げました。


「え~、なんで~?」


貴史くんが不満気に声をもらします。


「たっちゃんあたしの好きな食べものは?」


「ソフトクリームでしょ」


信吾くんが得意そうに口を挟みました。


「うん、ほら。しんごちゃんのお山ね、道がソフトクリームみたい」


にっこり笑った五月ちゃんが砂山の道路を指でなぞっていきます。


「だからしんごちゃんの勝ち」


そう言うと五月ちゃんは信吾くんのほっぺたにキスしました。


「む~、だってぼくソフトクリーム嫌いだもん」


むくれて唇をとがらせる貴史くん。


「もう一回、する?」


気にした信吾くんが首を傾げます。


「いいよ、別に」


けれど貴史くんはそっぽを向いて断りました。


「たっちゃん、そんな言い方……」


「みんな~、お部屋に戻る時間ですよ~」


注意しようとした五月ちゃんの声を保育士の先生の呼びかけが遮ります。


はーいッ!


元気よく返事した園児達がわらわらと先生目掛けて走り出します。貴史くんも五月ちゃんの声が聞こえないふりをしてそれに加わりました。


「も~」


口をへの字に曲げて腰に手をあてる五月ちゃん。


「はは」


少し困ったように笑う信吾くん。

そんな2人も皆の後を追いかけて部屋に戻りました。

いつも通りの毎日です。

ずっと続くと信じていました。

いいえ、続かないと疑うことすらなかったのでしょう。



ある日の夜。

貴史くんはいつものようにお母さんとお風呂に入っていました。


「でね、でね。ぼくがばーんてやるとしんごちゃんもばーんてやってね、すごいの。さっちゃんも笑ってたの」


お湯の中で手を大きくバタつかせて貴史くんはその日のできごとを伝えます。


「そう、良かったわね」


やわらかく笑ってお母さんがうなずきました。


「でもね、しんごちゃんがね。ソフトクリームきらいなんてね、変だって言うんだ」


不安そうな顔でうつむく貴史くん。


「甘い物が苦手なんて誰に似たのかしらね」


お母さんが頬に手を当ててもらしました。けれど「でもね」とつけ加えて。


「好みなんて人それぞれなのよ。たかしはそのまんまでいいの」


優しい顔でお母さんは貴史くんの頭をなでます。

貴史くんはお母さんが笑顔だったので釣られて一緒に笑いました。


あくる日、幼稚園で貴史くんは砂遊びをしていました。けれど、五月ちゃんも信吾くんも加わりません。少しおかしいなと思った貴史くんですが独りで遊んでいました。

次の日も、その次の日も独りです。

ひねくれ者の貴史くんは今まで自分から声をかけたことがなかったのでもやもやしながらずっと砂山を作っていました。

ある朝、自分から踏み出す勇気を教えられた貴史くんは思い切って話しかけます。


「さっちゃん、しんごちゃん。……一緒に遊ぶ?」


それが貴史くんの精いっぱいでした。


「え~、でもたっちゃんソフトクリームきらいなんでしょ?」


「……うん」


信吾くんの質問に貴史くんは聞き取れないくらい小さな声で答えました。


「あたしねソフトクリーム大好きなの。ショートケーキもシュークリームも大好きなの」


それらを想像して五月ちゃんは目をきらきら輝かせています。

好きな食べ物が違うから。

貴史くんはどうしようもない理由で仲間外れにされていたことに怒るより悲しい気持ちでいっぱいになりました。

そして……。


「ぼくだってソフトクリーム好きだし。甘いの大好きになったし」


貴史くんはウソをつきました。

お母さんの言葉は心の奥底に閉じ込められたまま出て来ることはなかったのです。


「そうなんだ。じゃあいっしょに遊ぼ」


五月ちゃんは貴史くんと手をつなぎ満開の笑顔を咲かせました。釣られて笑った貴史くんは引かれるまま走り出します。

信吾くんは少し疑るような視線を向けてからそれを追いかけて行きました。



それから少したった日曜日。

貴史くんたちはお母さんに連れられて市民公園に来ていました。

噴水や広い芝生のある大きな公園です。

3人が元気にかけ回る姿をお母さんたちは笑顔で見守りおしゃべりに花を咲かせていました。


「あー、ママ。あれーッ」


五月ちゃんが指さす先にはあざやかなピンク色の移動販売車が停まっています。

かんばんには美味しそうなソフトクリームやクレープの絵がかかれていました。


「ね~買って~、ソフトクリーム欲しい~」


お母さんの足にしがみついた五月ちゃんはおねだりします。


「今皆で遊んでるんでしょ?五月ちゃんだけ食べるのなんておかしいじゃない」


「えぇ~、食べたい食べたい~」


お母さんが優しく注意しますが五月ちゃんはおかまいなし。


「ぼくも食べたいな」


それを見ていた信吾くんが一緒になっておねだりをはじめました。


「あらあら、しんくんも?……もう、しようがないですかね?」


頬に手を当てた信吾くんのお母さんは相づちを求めて五月ちゃんのお母さんを見ます。

少し困ったようにうなずく五月ちゃんのお母さん。

皆で移動販売車の前まで行きメニューを見てあれやこれやとお話ししている中、信吾くんが振り返りました。


「あれ?たっちゃんいらないの?」


その先には輪から少し外れた貴史くんと貴史くんのお母さん。


「ごめんなさいね。この子……」


「ぼくも欲しい」


お母さんの言葉を遮り貴史くんが強い声で答えます。

2人に甘い物が好きだとウソをついたから、仲間外れにされたくないから。

貴史くんは本心をかくしたのです。


「え?大丈夫なの?」


おどろくお母さんに貴史くんはうなずいて返しました。


「そう、わかったわ」


そんな貴史くんを知ってか知らずか貴史くんのお母さんは笑顔で答えます。

お母さんと連れ立って輪に加わった貴史くん。


「はい、ありがとうございます」


貴史くんはお店の女の人から五月ちゃんたちと同じようにソフトクリームを受け取りました。

コーンカップに乗せられた真っ白なうずまき。見ているだけでも甘さと冷たさが伝わってきます。


「五月ちゃん、行くわよ」


目をきらきらさせる五月ちゃんと信吾くんを見たお母さんたちはおしゃべりしながらベンチに向かいました。

少しかたい顔をした貴史くんが気になった貴史くんのお母さんですがおしゃべりに加わり歩いて行きます。


「おいしいね」


口の回りをソフトクリームでベタベタにした笑顔の五月ちゃん。


「うん。……あれ、たっちゃん食べないの?」


同じように笑顔を浮かべていた信吾くんはかたまったままの貴史くんを見ました。


「うん。……食べるよ」


大きくつばを飲み込んで目をつぶった貴史くんはソフトクリームにかぶりつきます。

キンと頭を刺す冷たさ、そして口の中にぬるりと広がり舌にまとわりつく甘味。


「うう……べッ」


こらえきれず貴史くんはソフトクリームを吐き出してしまいました。


「ええ?たっちゃんどうしたの?」


貴史くんは五月ちゃんの問いに答えられず、ただ地面にできた白いシミがじわじわ広がっていくのを見ているだけです。


「ソフトクリーム好きってウソなんじゃない……しんごちゃん、行こ」


残念そうにつぶやいた五月ちゃんは信吾くんの手を引いて歩いていきました。


「ぼく大丈夫?」


お店の女の人が心配そうにのぞきこみますが貴史くんの耳には届きません。

取り残された貴史くんが顔を上げれずに涙を浮かべていると……。


へへ、へへへ……。


後ろから笑い声が聞こえてきました。

いやらしい、からかうような音です。

貴史くんがふり向いた先には男の人が立っていました。

長い髪の毛と無精ひげの見るからにあやしい人です。


「なんだ?ソフトクリーム嫌いなのか?こんなに美味いのに」


手にしたソフトクリームをなめながら男の人は貴史くんを見下ろします。

貴史くんはうなずきました。


「じゃあなんで食べてんだよ」


質問しながら男の人はソフトクリームをなめ続けます。


「ソフトクリーム好きなさっちゃんといっしょにいたいから、……しんごちゃんにどんてされたくないから」


しゃべりながら悲しくなってきた貴史くんはポロポロ涙をこぼし始めてしまいました。


「ふ~ん。……でもよ、それソフトクリーム好きじゃなくても仲良くできんじゃね?」


「え?」


男の人がぽつりとこぼしてしゃがみこんで貴史くんと目線を合わせます。


「要するにさっちゃんの周りにソフトクリーム好きなヤツがいなきゃいいんだよ。そうなりゃさっちゃんはソフトクリーム嫌いなヤツとでも仲良くするさ。ほら、お前は嫌いなもん食わなくて済むってワケだ」


優しく、優しく。

男の人が語りかけます。


「ちょっとラモンさん」


移動販売車の中から身を乗り出した女の人が男の人、ラモンさんを注意しました。


「まあまあ、人生にはそういう見方もあるって話ですよ」


けれども、ラモンさんは受け流しました。


「お前が本当に仲良くしたいのは誰だ?」


貴史くんの頭の中で信吾くんのほっぺたにキスする五月ちゃんが浮かび上がりました。


「……さっちゃん」


「よし、じゃあ。どうすればさっちゃんと仲良くなれる?しんごちゃんは必要か?」


ゆったりと貴史くんに染み込ませるようラモンさんは問いかけました。


「ラモンさん、ストップッ」


「へへ、冗談冗談へへへ……」


女の人が怒るとラモンさんはヘラヘラ笑いながら去っていきました。



うつむいていた貴史くんはぐいと涙を拭います。


「たかしー。何してるのー?」


ベンチからお母さんが呼んでいます。

けれども、貴史くんは地面にできた白いシミに集まるアリたちを見つづけていました。


loss 喪失

貴史くんは何を失ったのか

その辺りは読み手の皆様に委ねます

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