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友情とか同情とか、まあそういったモノで彼を救おう(3)

窓の外からパーティの様子を見つめていたらしきエルレーン。

彼女も七種に招待されたのではないか、なのにどうして中に入らない?

「どうしてこそこそしてるの?中に入ろうよ」

率直にさんぽが聞くものの、彼女はうつむいてもじもじするばかり…

そんな少女を見やり、星杜が少しさびしげに微笑む。

「…入れない、もんね」

「…。」

こくり、と。

一回だけ、うなずく。

二人はわかっている。けれども、一人はわからない。

「?」

「あ、…え、えっと、その…ラグナはね、えっと…私のことが、きらいなんだ…」

首を傾げるさんぽに、エルレーンは…言いよどみながら、ぽつ、ぽつ、と告げる。

…あの神聖騎士は、彼女を不倶戴天の敵としていることを。

「…だから、私を見たら…きっと、怒っちゃう。せっかくのぱーてーが、だめになっちゃうから…」

それだけ言って、彼女は口をつぐんだ。

だから、詳しいいきさつはわからないけれども、さんぽも理解した。

「…そっか」

ふと、星杜がつぶやく。

「俺も同じ、だ…」

「え?」

「…。」

今はエルレーン同様、彼の怒りの対象。

敵意を突き付けられながらも、だが、自分自身はそんな仲違いを望んではいない。

彼女もそれは全く同じなのだ。

「私は、ラグナがだいすきだけど…たぶん、ラグナは私をゆるしてはくれないんだ」

「…。」

「でも、いいの!」

と。

陰鬱な空気を振り払うように、エルレーンはにこっ、と笑う。

無理矢理にはりあげた声が、わずかに震える。

「ラグナが私のことをきらいでも、私をころそうとしても!

私はずっと、ラグナのためにがんばるの!」

「エルレーンちゃん…」

賢明に明るく言うその言葉が、真摯であれば真摯であるほど、むしろそのギャップが痛々しくて。

思わず二人は、目をそらす。

「あーあ…はやくいっしょの学年になりたいな、そうしたらもっといろんなことがおてつだいできるのに」

だが。

彼女のモノローグが、このあたりから少しおかしくなった。

「今回はうまくいったけど…来年もがんばらないと!

そうしたら、えへへ…私とラグナ、やっとおんなじ学年になれるんだよ★」

うれしそうに笑う彼女を前に、さんぽと星杜の目が点になる。

「今回はうまくいった」「来年もがんばらないと」「はやくいっしょの学年になりたい」

…彼女はいったい、「何を」がんばったのか?

「え、ちょっと待って…ど、どういうこと?がんばった、って…何を?」

「…まさか、」

二人の困惑でいっぱいになった視線を浴びながらも、エルレーンは軽やかに微笑した。

「…うふふ」



「でも、どうしてラグナ君は留年したんだろうな?」

唐揚げをおいしくいただきながら、心底不思議そうに君田がつぶやく。

「だいたい出席が危ないって奴でも、俺のまわりじゃあ追試受けたらほとんど通ったんだけど…」

「ぐ…ぐぬぬ」

ラグナの悔しげなうなり声。

君田(2回MVP取得)の悪びれないストレートな(というより、「逆に何をどうやったら落ちたんだ」という感想そのもの)指摘に、顔を真っ赤にしながら。

彼が吐き出した言葉は、思いもかけないものだった。

「つ…追試は受けられていないんだ」

「えー?ラグにゃん、寝坊でもしたわけー?」


とうとうラグナが喉の奥から絞り出したセリフは、驚くべきものだった。

「というより…し、試験をすべて受けられていない」


『えーッ?!』

何色もの声が、同時に部屋中いっぱいになる。

「さすがに無茶じゃねえか、それで受かったら確かにおかしいわ」

「ラグナさん…なんでまた」

「違う、違うんだ!私のせいじゃない!」

呆れたと言わんばかりのアランや若杉に、懸命にラグナは抗弁する。

瞬時、彼の紅い瞳の中に、激怒の赤が入り混じる。


「それはッ!『あいつ』だ…全て『あいつ』のせいなんだ!!」


思わずあげた叫び声には、憤懣やるかたない彼の憎悪がこもっていた。



「…。」

「…。」

星杜とさんぽの表情が、微妙な笑顔のまま固まってひきつっている。

それにも感づくことなく、少女は楽しげにうふうふと笑いながらしゃべり続ける。

試験一日目は試験勉強をするラグナのところにえっちな本を投げ込み、勉強どころか試験も受けられないようにし。

そして試験二日目は彼の部屋の冷蔵庫に睡眠薬入りのミネラルウォーターを置き、丸一日ぐっすり眠らせて。

「…でぇ、ついしの日はねー?ラグナに射綱落とししてスタンさせてぇ、そんでロープでぐるぐる巻きにしておうちに連れて帰ったのぉ」

きゃらきゃらうれしそうに笑いながら、自分の悪事をまるで武勇伝のように語るエルレーン。

…そう、ラグナ・グラウシードが留年者リストに名を連ねることとなった、何よりの原因。

それは、この無邪気な小悪魔鬼道忍軍(まさに鬼)だったのだ。

「いっしょにプリン食べたのぉ。ずうっといっしょだったんだよー」

そうして、最後にその甘美な成功をうっとりと思い出しながら…ほう、とため息。

自分のやっていることに罪悪感すら見せずにとうとうと語るさま、まさに外道!

さすがに真実を聞いたからには、「うん」とか「そうだね」のようなおざなりな同意などできず。

だがしかし、「パーティ会場には入らない」というのは確かに正しい選択だろう。

…自身の留年の原因が目の前にいれば、血みどろの惨劇がすぐさま起こるであろうことは火を見るより明らか。

だが、(一応)ラグナのことをこんなに想っている彼女に「(・∀・)カエレ!!」というのも忍びなく。

「…そ、それじゃあ…うん、」

ぽん、と、軽く手をたたき。

「ここから、ラグナさんの様子を見守ってようか~…いっしょに」

「!…うん!」

星杜の提案に、ぱあっと瞳を輝かせるエルレーン。

「えへ、ありがとなの…あっ、よかったらこれあげるぅ」

きゃらきゃらと笑いながら、支給品でもらったロリポップキャンディとガムを星杜とさんぽに押し付ける。

無理やり渡されたロリポップキャンディを、星杜は苦笑しながら口に入れた。

そうだ、自分もピザを持ってきたんだった。

このままでは冷めてしまうだけだし…と、しばし逡巡していると。

「あれ、でもさんぽちゃんは中に入ればいいのに」

「うーん、それもいいけど…ここから見てるのも面白そう」

星杜のもっともな問いに、もらったソーダ味のガムをふくらませながら答えるさんぽ。

「…どれどれ?」

さんぽにならい、星杜もそっと…誰にも気づかれないように、視線を送る。

見通した、窓ガラスの向こうの世界では…



「…兄さん」

「うっ…れ、レグルス」

と。

今にも泣き出しそうな真っ直ぐな瞳に射られ、硬直するラグナ。

実弟のレグルス・グラウシードがまさかの登場…

弟をかわいがっているだけに、また弟も兄を率直に敬愛しているのを知っているだけに、今回の顛末をもっとも知られたくなかった人物である。

「どうして弟まで呼んだんだ?!」と暴れ出さなかったのは、ひとえにレグルス自身の前では「頼りがいのある冷静な兄」でいたいラグナの見栄にほかならない。

ああ、見ろ。

ぽろぽろ涙をこぼしそうなほど哀しそうな顔をして、こっちをひたむきに見つめてくるではないか。

「こ、今回はこんな事になっちゃったけど…がんばってね、僕も応援してるから!」

「す…すまない。まさか、こんなことになろうとは…」

その真っ直ぐな…自分と同じ紅い目を見ていると、もういたたまれなさすぎてラグナはその長身を縮めるばかり。

だが。

だからこそ、弟に伝えたいことはあった。

「違うんだ、レグルス。確かに私は依頼などにかまけて授業を欠席することも多かった。

だが…違うんだ」

そう、この度の原級留置措置…何もそれは、ラグナだけの責ではない。

そうではないこれは仕組まれたことなのだ、罠だったのだ、と。

「奴さえ…そうだ、奴さえいなければ、私は確実に進級できていたのだ!」

刹那。

ラグナの瞳に光る、暗い炎。

怒りや憎しみが、なおもその紅を燃え立たせる。

にわかに険しくなった兄の表情に、わずかに怖じるレグルス。

兄を陥れ、ここまで激怒させた悪の黒幕は誰なのかー

「や、奴って?!」

「それは…あの忌々しい女、エルレ…」

問うたレグルスに、兄が答えかける…

が、その答えは言葉にならなかった。

どさあっ、と、後ろから満面の笑顔で飛び掛かってくる影。

「おーい、ラグナ氏!なぁに怖い顔してるんだい?!」

「うわっ、さ…七種殿?!」

フライングボディアタックか!くらいの勢いでつっこんできた戒に、変な悲鳴を上げるラグナ。

ちなみに二人の間にあるのは非モテどうしの悲哀とリア充憎しの憤怒です。

「もういいじゃん、何でダブっちゃったのかとかはさぁ…

そんなことはもう忘れて、またがんばろーよ!」

ばんばん、と勢いよくラグナの背中を叩き、快活に笑う。

ちなみにもうそんなに飲んだのかよ…といったテンションの高さだが、実は彼女は未成年のため飲んでいるのはただの烏龍茶。

つまりは自分のツボにはまることに対しては、ナチュラルにこうなのである。

「い、いや、しかしだな、」

「足りてない!ラグナ氏にアルコール足りてないよー、アラン!」

「ほいほい、と」

「お、おい、」

何やらもちゃもちゃと呟くラグナを見て、「酒が足りてない」と判断したのか。

ぱんぱん、と戒が手を叩くと、すぐさまにアランがビール瓶を持って近寄ってきた。

「いいから飲んどけって。今日は俺たちのおごりなんだ、ありがたぁくいただいとけっての」

「そーうそう、ラグにゃんのためのパーティなんだから、さ★」

そしてラグナの返答も効かず、だばだばと麦酒をつぐ。

さらに百々が(*´ω`*)ノとばかりにラグナの肩を抱き、ご陽気に笑う。

「飲めっつーの。俺様がついでやった酒が飲めねーのか?」

「い、いや、そんなことは…」

アランに肩を軽く押され、ラグナはともかくジョッキを煽る。

もともと普段から酒に溺れているだけあって、そのペースは速く…あっという間に中身が減っていく。

ぷはあ、と息をついた彼のそばに、メイド服姿の鴉乃宮歌音。

有無を言わせずジョッキにビールを注いでいく。

「ほぅら、追加だ。何なら瓶で行くがいい」

「あ…ありがとう、鴉乃宮殿」

「なに、礼には及ばない」

トレイに瓶ビールを乗せた鴉乃宮は淡々とそう言うと、本物のメイドよろしく、くるくると動き回りアランたちのジョッキにも酒を追加していく…

もちろん若杉や戒、レグルスたち未成年にはソフトドリンクを。

と。

(…おや?)

その時。

ふと、窓の外からこちらを注視する、気配を感じた。

鴉乃宮がそちらに視線を投げると、気配の主は敏感にそれを察知したか、さっ、と窓から離れたようだった。

それでも撃退士の能力だ、敵の姿を捕らえることに長けたインフィルトレイターの鴉乃宮ならなおさらだ。

瞬時網膜に映ったその正体を、彼は正確に把握していた。

(…ふぅん)

薄く微笑む、美少女メイド姿の少年。

どうやら、(ラグナにとっては)招かれざる客もいるらしい。

だが、どちらかと言えば鴉乃宮はそちらの肩を持つ。何より彼は、面白いことが好きなのだ。

その「面白いもの」の存在などまったく気づかない緑髪の青年。

彼を襲った悪党に罵声を吐き、怒りをなおも吐き散らしていたが…

「でもさあー、それで落ちちゃうらぐにゃんもらぐにゃんだよねー」

にへっ、と、清世。

笑顔で真実を貫く。

「だって、おにーさんとかもよゆーだったんだから。もっと普段からやることやってればよかったのに」

「ぐ…ぐぬぬ…」

二の句も告げぬラグナに、さらに君田の追撃。

「まあまあ、仕方ないよ!また来年がんばればいいだけじゃないか、あはははは」

「うぐぐ…」

試験MVP様に正論言われると二乗のダメージ量で傷つくのだが、本当のことだから言い返せないラグナ。

普段だったら「うるさい!黙れリア充!喰らえッリア充瞬殺剣!」とかやっているのだが…

と、その時。

こんこんこん、と、扉をノックする音。

「こんにちはー、ピザのお届けに参りました」

がちゃり、と扉を開いて、たくさんの箱を持った青年が入ってきた。

テーブルの上にそれをせっせと並べ出す。

「え?ピザなんて頼んだっけ…」

「おっ!いいねえピザ!」

きょとん、となる若杉。

が、みんな喜んでるようだ…

誰かが気を利かせて頼んだんだろうか、と思う。

「はい、どうぞー」

「えっと、おいくらです…?!」

「…!」

とりあえず代金を支払おうとした若杉が、思わず「あっ」と叫びそうになって。

すぐさま、マスクの配達員に目で制される…

無言のまま、人差し指を口の前で立て「内緒にしてくれ」のサイン。

…銀がかった緑髪の彼は、もちろん代金など受け取るはずもなく、そそくさ、と部屋を出ていく…

その後ろ姿を見送りながら、若杉は少しばかり物憂げな表情。

(そうか…星杜さんを見たら、またラグナさんが荒れるから…

でも、ラグナさんのためにわざわざピザまで焼いてきてくれてあっこの和風明太子マヨピザおいしい)

途中からもう食べていた。

「わーい、おいしそう!」

「私はツナのからー」

わらわらとピザに群がる若者たち。

ラグナももぐもぐとマルゲリータピザをむさぼっている。

「おいしいですか?ラグナさん」

つい、彼の代わりに聞いてみたくなって。若杉が問いかける。

「ああ、とても美味だぞ」

「そりゃあよかった」

その答えに、柔らかく笑みながら。

できれば、本人に聞かせてあげたいなあ、と思う若杉だった…

「いや、聞いているぞ?」

「え゛っ」

若杉の意図をどうして読んだのか。

鴉乃宮が、クワトロフォルマッジを無表情のまま喰い進めつつ、空いた左手で向こう側の窓を指す…

「…あっ」

こっちを興味津々に見ている、目玉が六つ。

(えっ、六つ?)

「あれ、何してんのかな?何で入ってこないんだろ?」

「さ、さあ…」

君田に聞かれ、あいまいな答えで濁す若杉。

その視線の先、目玉六つは。

「はうぅ、君田君がこっちじろじろ見てるのっ」

「えっ…バレちゃったかなあ」

窓の外からのぞいていたエルレーンと星杜、さんぽが同時に身をかがめひそひそ話。

「大丈夫だよっ、僕たちはニンジャだもん…遁甲の術使ってるんだからばれっこないって」

「そっ、そうだよね…」

(…俺はディバインナイトだからそんなスキル使えないんだけどなあ)

もちゃもちゃとそんな会話を交わしていると、どこからか…ぐうぅ、と切なげな音。

そう言えば、もう夕ご飯にしても十分な時間だ。

「あーあ、でもいいなぁピザ。僕も食べたいよー」

「少しならあるよー」

「わっ、ありがとう!」

と、さんぽの嘆きに答え、星杜がまたどこからか箱を取り出す…

ぱかり、と開くと、彼お手製のピザが姿を現す。

うれしげに手を伸ばし、もぐもぐとそれを食べている…

と。

「?!」

「ひうっ?!」

がらり、と、無造作に窓が開き。

紙コップとジュースのペットボトルを手にした金髪の青年が、薄く笑んで三人を見下ろす。

「ほらよ。飲み物だっているだろう?」

「あ、ありがとなの…」

こつ、と、ペットボトルの底でエルレーンの頭をこづいて。

紙コップを手渡しながら、アランはどこか呆れ口調で言った。

「そんなところで見てるんじゃなくて、入ってくりゃいいだろうが」

「う、うー…」

「お前、ラグナにいろいろ仕掛けて留年させたんだって?」

「えっ?!…な、何でそれを、っ」

「そりゃあみんな知ってるさ。お前、見た目より悪ィ奴だな」

「うにゅ…」

アランに諭されて、居心地悪そうに目線をそらすエルレーン。

「だいぶラグナの奴も酒まわってきてっから、わかんねぇって」

だから、仇がパーティに混じっていてもどうってことない…と。

促されても、やはり心配なようで…エルレーンは無言でぶんぶん、と首を振る。

まあ実際、ラグナはだいぶ酒を飲んでいるようで。

弱くはないのだが、憂さ晴らしの酒は勢いがずいぶんいいのか…それでも度を超すくらいには飲んでしまっている。

実際、窓の向こう側では、すでにちょっと酔いが回って遠い目をしたラグナが、さらに杯を重ねている。

「ほらほら、飲んで飲んで!」

「あ、ありがとう、七種殿…」

どばー、とジョッキに追加のビールを注がれ、また反射的にそれをあおる。

そんな彼の肩をばんばんと叩きながら七種が言うせりふは、妙に熱がこもっていて。

「いやもう、気持ちわかるよーマジで!正直私もちょっとヤバかったんだし…」

二人の近くでは、彼と同じ髪と目の色の弟が、イアンとオレンジジュース片手に語らっている。

「弟の君はとても優秀な成績だって言うのにな」

「いえ、僕なんか…」

しょんぼりと首を振る様子は、兄の留年というショックな出来事が相当に尾を引いているのを示しているようだ。

「でも、兄さんあんなに撃退士として戦ってきたのに、なんだかひどいです」

「…。」

思い入れの強すぎる様子の少年に、イアンは少し苦笑して。

「まあ、彼ならなんとかするさ。いい経験にしてくれるだろう」

「そうですか?」

「少なくとも、試験問題を盗み出そうとしたり、徒党を組んでカンニングしたり、成績を改竄しようとかはしなかった。

…正々堂々、としてたんだから、そこは評価してもいい」

何はともあれ、不正行為ではない…と、慰めにはなっていないような慰めを口にする。

しかしながら、それは彼にとって大切なことだ。

何しろ、久遠ヶ原学園の学生たちの中には…

「えっ、そんな悪いことする人いるんですか?」

「いるのが残念だがな。

…まあ、僕たち風紀委員会独立部隊が根こそぎ摘発してやったがな!」

そんなことを企む連中もかなり含まれているわけで。

それに比べたら、まだマシ(?)というわけだ。

今回の試験では、50名ほどの学生が原級留置の憂き目を見たわけだが…その中には、イアン率いる風紀委員会独立部隊によって涙を飲んだ学生もいるとか、いないとか。

ある者は実力が足らず、ある者は自ら勝負を捨て、ある者は賭けに負け、そして…

「ううっ…」

「ほらーあ、また泣く~!だいじょぶだって!次はいけるよー!」

ある者は予測もしなかった妨害に倒れ。

人生は、まったくままならないもの。

だからこそ生きている人間は多かれ少なかれ喜劇的だ…と言ったのは、確か日本のとある作家だった。

まさしく、その通り。

こんなに面白い見世物はないだろう…あくまで、「はたから見れば」の場合だが。



「…くう」

「おーいおーい、らぐにゃーん」

「ダメだな、こりゃ」

それからさらに、時が流れて。

テーブルにつっぷした大男の髪をぐいっとひっぱるも、がくん、と重力に負けてまた元通り。

すっかり寝落ちたラグナを見やり、苦笑する面々。

起きないのをいいことに彼の顔にマジックで落書きをする連中すらいる。

「まあったく!デッカいのにつぶれられたら、運ぶのが面倒だ!」

「仕方ない、アパートに放り込みに行くか」

と、不意に。

メイドががちゃりと扉を開け、外の不審人物に声をかける。

「こっちに来ればいい、もう大丈夫だ」

「あ、うん…」

呼びかけられ、おずおずと入ってくるエルレーンたち。

照れているのか、やや挙動不審なものの、ラグナの姿を見つけると、すっとそちらに歩み寄り。

「ぐぅ…」

「…。」

ぐうすか眠る青年の、さらりと流れる髪をやさしくなで…

少女は、うれしそうに微笑んだ。

その表情に、邪気の影は見えず。

…まあ、きっと、彼女は彼女なりに彼を想っているのだ。

けれども、さすがに今回の工作は度が過ぎていて。

「…ま、いたずらはほどほどにしとけよ、エルレーン」

「い、いたずらじゃないもん」

清世にたしなめられ、悪意のない少女は眉根を寄せる。

「ラグナとおんなじ学年になるまで、がんばるんだも…うにゅうう?!」

「悪いなぁ~、悪いなぁ君は!」

わがままを垂れるエルレーンのほっぺ、むちっ、と引っ張られる。

笑いながら冗談めかした仕置きを加えるのは、七種戒。

「さすがにラグナ君がかわいそうだぞ?」

「うぅ、だってぇ~…」

「妨害は感心しないな、バルハザード君」

「むぅぅ…」

七種に加え真面目なイアンにもだめ押しされ、むくれるエルレーン。

「まあまあ…ラグナさんと一緒にいたいのはわかるんだけど、ね~」

「そのうちエルレーンさんも大学部に来るんだから、あわてなくてもいいと思いますよ」

涙目の少女を慰める星杜と若杉に、アランたちもうなずく。

「そうだぜ、次は…ちゃあんと進級するさ、こいつだって…な」

ぴんっ、と、思いっきり力を込めて、ラグナの額をはじくアラン。

が、酩酊の夢の中に未だたゆたっている彼は、軽くうなるだけでいっこうに目を開ける気配もないのだった。



まあ、人生なんてものは、山だって谷だってあるものだ。

哀しみや苦しみがあるからこそ、喜びや楽しみがより際立つ。

挫折や失敗もやがては、成功に導く道標になるだろう。



だから、

おやすみ、ラグナ・グラウシード。

泣くのにも飽きたら、また歩き出せばいい。





…けれど。





さすがに、「もう一回」は、御免だろうがね。





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