友情とか同情とか、まあそういったモノで彼を救おう(2)
「へーえ」
犬乃さんぽのスマートフォンに来た七種戒からの招待状は、思いも寄らない内容だった。
「ジャパンじゃあ、リュウネンしちゃった子のためにパーティを開くんだね!知らなかったよ」
父親が日本人であることから、その祖国のことをいろいろと聞いているとはいえ…ハーフの少年は、まだまだ日本の文化を勉強中。
またひとつずれた知識を身につけてしまったようだが、それはさておき…
メールによれば、ラグナ・グラウシードの留年励ましパーティを、夕方6時から大学部部活棟の一室で開催する…とのこと。
(それじゃもう行かないと、チコクだよっ)
校舎の壁に張り付いた時計の針はもうすでに5時45分をまわっている。
巨大な敷地を誇る久遠ヶ原学園だ、構内の移動にも意外と時間がかかる…さすがにもう向かわないとまずい。
金色のポニーテールを弾ませて、セーラー服ニンジャはたっ、と駆け出した。
「…よし、」
一方、その頃。
自宅で延々と手作りピザを焼いていた星杜焔は、とうとう最後の一枚を完成させた。
ホームセンターで仕入れたピザデリバリー用の紙箱にほかほかと湯気を立てるそれを入れ、ぱたん、とふたを閉じる。
「…。」
受け取ってもらえないかもしれない、と。
頭をよぎる薄暗い予想が、彼の表情を曇らせる。
…元々、彼とラグナは親しい友人どうしだった。
同じディバインナイトどうし、それに同じ…何故か恋愛に縁がないという非モテ男どうし、というつながりで。
ともに戦場に立ったこともあるし、ともに依頼をこなしたこともある。
だが、いったんその均衡が崩れたとき。
星杜に幸運が…ともに同じ道を歩んでいく恋人ができたとき。
ラグナが彼の向けたのは、どす黒い敵意だった。
彼に真実が告げられたのが、事が成ってから数ヶ月たった後だった…という事実が、何よりあの非モテ騎士を激高させてしまったらしい。
それを自身に対する侮辱であり裏切りだと考えたラグナは、以降星杜を明白に目の敵とするようになり、事あるごとに妨害工作を仕込んでくるようになったのである。
まったく、だからモテないのだ…とは、冷静な周りの感想で。
「…。」
純粋な被害者は、その悪意を浴びせられながらも、それでも彼を思いやる。
(…食べて、少しでも喜んでくれたらな…)
狭量な男に拒否されるかもしれない、心からの誠実な贈り物をビニール袋いっぱいに詰め込んで…星杜は自身のマンションを後にした。
「…で?私を何処に連れていこうと言うんだ」
「い・ー・ト・コ★」
そして、当のパーティの主役は、と言うと。
急いでシャワーを浴び髪を乾かし服を着ると、ラグナの見た目は少しばかりは小マシになったようだ。
アラン・カートライトと百々清世に連れられ、向かうのはどうやら学園の模様。
「まったく、面倒な…この私をひきずりまわすのだから、それ相応な痛ッ」
ぶつくさ文句を垂れる留年男にデコピンをかまし(撃退士なのでちょっと力強め)、アランがふん、と鼻で笑いながら。
「いーから来い、って。損はさせねーからよ」
「ねー(。-∀-)」
「…。」
二人に畳みかけられ、緑髪の青年ももう反論する気概もなくした模様で。
少し赤くなったおでこをさすりながら、仏頂面を隠しもしないで、だが黙ってついていく。
暗くなっていく街並みを、学園に向かって。
大きな校門をくぐり、大学部の校舎の方へ。
中庭をくぐり、時計塔を過ぎて、やがて見えてくるのは…部活棟。
その中のひとつ、扉の前で、ぴたり、と歩みが止まる。
「…?」
「ほれ、入れ」
「え…」
アランに示され、少しばかり戸惑うラグナ。
閉じられた扉のドアノブに手をかけ、一瞬迷い。
それでも、二人に無言で閉めされ、彼は扉を開いた―
ぱぱぱ、ぱぱぱぱーん!!
軽やかな破裂音が、彼の上空から降り注いだ。
「?!」
反射的に目を閉じたラグナの頭に、ふわふわとたくさんの柔らかい何かが降ってくる。暖かい雨が降ってくる。
赤、黄、青、緑、金、銀、紫…色とりどりの、紙吹雪。
「え、…こ、これは?」
ぽかん、と立ち尽くすラグナの目の前に、クラッカーを持った七種戒、そして非モテ騎士仲間の若杉英斗。
「やあやあラグナ氏!よく来たね」
「七種殿?」
「ひどく落ち込んでるって言うからさ、ここはひとつ…と思ってね」
「そうそう、もう忘れましょうよ!ね?
で、気を取り直して、またがんばりましょう!」
「若杉殿…それに、みんなも」
見回せば、君田夢野や、鴉乃宮歌音の姿も…
テーブルの上には様々なオードブルや、酒やジュースが木々のように立ち並び。
壁に掛かった横断幕が、ラグナに「もう一年がんばって★」と笑いかける(何か「留年おめでとう★」と書かれたらしき文言が×で消されているのも見えたが、見ないことにした)。
アランや百々も満面の笑顔で、彼を見返している。
そこまで至って、ようやく彼も気づく…
ああ、友人たちがこんなにも思いやってくれることは、なんと幸福なのか、ということに。
ぐっ、と、胸に感情が一気にこみ上げてきて。
思わず涙がこぼれそうになって、こらえようとしたラグナは変なしかめっ面をする。
そんな彼の肩を軽くたたき、微笑する君田。
「今日はさ、思いっきり騒ごうよ。それで、また次からがんばればいいじゃないか」
「あ、ありがとう…君田殿」
「さあさあそれじゃあはじめようか」
ビールのつがれたジョッキを受け取り、少し涙のにじんだ目で笑う。
めいめいに から飲み物を受け取り、乾杯の準備も整った。
「それじゃ…皆さん、グラスを持ちましたかー?」
えへん、と軽く咳払い。
そうして、戒がウーロン茶の満たされたグラスを誇らかに掲げ、高らかに宣言した…
「ラグナ氏のりゅうね…じゃない、もう一年がんばって★パーティ始めるよ!
…かんぱーい!!」
まあ、ちょっと勢い余ってNGワードを言い掛けてしまったのだけど。
「あそこかぁ…もうはじまってるのかな?」
一人の青年が、遅れてパーティ会場にやってくる。
部屋を確認し、腕を伸ばし、ドアを開けようとして…
「…。」
両手にたくさんの大きなビニール袋をぶら下げて、それなのに、彼はドアノブにかけた右手を離してしまった。
いつものようにその顔に浮かぶ穏やかな笑顔に、かすかな暗い影が射す。
銀の光を持つ緑髪の青年は、そのまま踵を返し、今来たばかりの道を引き返そうとした…星杜焔。
(せっかくのパーティー、…台無しにしたくはないしね)
やはり、ラグナが激昂することを案じたのか。
自身の存在が雰囲気を壊してしまうことを予想してしまい、退いてしまう。
「ん…?」
どうしようかこのピザ、と思いながら、踵を返しかけた…その刹那。
彼の視線が、奇妙なものを捕える。
窓の下にしゃがみ込む…黒い、影。
彼が今まさに入ろうとしたその部屋、中の様子を見ようとしているのか…
静かに、静かに、音を立てないようにして覗き込んでいる。
その影の正体を星杜は知っていたので、声をかけようとした。
が。
「ッ?!」
先に気配を察知されたか、影がその両目を星杜に跳ね飛ばす。
そして彼の姿を見るや否や、脱兎のごとく駆け出した!
「あっ…ま、待って?!」
星杜の呼びとめる声に、だが影は振り向かない。
圧倒的移動力で、疾風となって突っ走る―!
しかし、その行く手に。
「…!」
その叫びを聞き、立ち止まった者がいる。
「わわっ?!どうしたのかなっ?」
ちょうどパーティ会場に向かっていた、ニンジャ・犬乃さんぽ。
「そ、その子、捕まえて、っ」
「お、おっけー?!」
息を切らせて後を追う星杜の頼みに、よくわからずにそれでもこくこく、とうなずくさんぽ。
と、その蒼い瞳が、にわかに本気の色を帯びる…
瞬時、流星になる。金色の髪が流れる尾を引いて。
そして、地を飛ぶ流星は、みるみるうちに影の背を捕え、
「はぐううっ!」
見事に捕縛。同時に、影が哀れで間抜けな悲鳴を上げる。
「あれ…君は?!」
「…やっぱり」
さんぽは大きな瞳を瞬かせ、追いついた焔は予想通り、と大きくうなずく。
二人に取り押さえられた怪しい影、その正体は…
「はぅぅ…」
鬼道忍軍の少女、エルレーン・バルハザード(ja0889) だった。