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忘れもの  作者:
第一章 灰と空
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第六話 二人の仲と廃道

 お昼時。


 話し合いを終えた白蓮達は、そのまま命蓮寺で昼食を取っていた。この寺の住職である白蓮がいつも一緒に昼食を取っているメンバーは現在所用で留守にしており、今は晟夢と小傘、それに白蓮を含めた三人だけである。しかし、命蓮寺では割と大人数が暮らしているため、いつもはもっと多くの人数で囲んでいる。なので、そのために作られた、最早宴会用と言っていい食卓は三人で使うにはあまりにも大きい。かといって広々と使っても食事がしにくいだけなので、結局は端の方で固まって、無駄な空間を大きく作りながら三人は座っていた。


「ふぉれでふぇいむあ、いひゅかへるの?」


「いつ帰るか? それは分かんないけど……とりあえず口に物を入れてしゃべるな、馬鹿」


 けれど、その席自体はそこまで寂しいということはなく、むしろ穏やかな時間が流れていた。小傘と晟夢が二人で話し、そこに白蓮が時折口を挟むといった形で、会話は意外と絶えない。

 しかし白蓮はその二人の様子を微笑ましいと感じながらも、心に何かしこりのようなものを感じずにはいられなかった。

 聖白蓮と多々良小傘による説明が終わったのは、あれからおよそ三十分程後である。本当ならもっと掛かるはずだった時間がここまで短くなったのは、少年──川原晟夢と小傘の息が異様なまでに合っていたからだと、白蓮は感じていた。


 ──この世界は幻想で、少年はそこに迷い込んだ外来人


 今の晟夢の立ち位置を簡単に表すと、こうなる。

 ただ、それだけ。それだけなのだが、それを伝えるのにどれほど苦労するのかを白蓮は分かっていたはずだった。

 何せ、そもそもの価値観からして違うのだ。全てが全て違っているわけではないが、こちらでは日常茶飯事に見えてもあちらから見れば怪奇現象でしかない事はよくある事だ。

 だからまずはその擦り合わせから初めて、少しずつ理解を得る。それが当初白蓮が予定していた方法だった。


 なのに。


 目の前の二人はいともたやすくそれを済ませていて、いつの間にか幻想郷についての説明を終えてしまっていた。正直に言えば、異常。説明が速く済んでしまうのは確かにいい事ではあるのだけれど、どうしたって違和感の方が先に立つ。


 二人が昨日のうちに説明を済ませてしまっていたのではないかと、そんな事を思ってしまうくらいには。

 しかし、聞いてみれば、そんな事はないと二人は言う。何ともなしにそのような会話をしたかと思っても、会話自体がそこまでなかったと言われてしまった。

 その割には、通じ合い過ぎている。言葉が、余りにも少なすぎる。

 分かり合う為の、道具が、手段が、なさすぎた。


 ──説明のため

 ──俺も、聞きたい事があってな

 ──うん、ここはどこかって事だよね?


 まるで旧知の仲のようだった。昔からの付き合いで、この人の事なら何でも分かると、そう言われても疑えないくらいに。

 もっと無駄な言葉があってもいいはずなのに。もっとすれ違ってもいいはずなのに。

「……れ……?」


 違う。

 そう、あるべきなのだ。

 そうやって分かり合って行くのが、普通なのだ。

「ひじ……さ…?」


 気付いているのだろうか。

 その関係が、会って間もない者達のそれではないという事に。


「白蓮、聞いてる?」

「え?」

 掛けられた声に顔を上げると、小傘の顔が目の前にあった。どうやら思ったよりも自分の思考に浸ってしまっていたらしく、呼ばれた事にも気付いていなかったようだ。

「あ……すいません、考え事をしていて……」

「考え事? 何の?」

「いえ、大したことではないので……。それで、何かありましたか?」

 誤魔化して、相手の話を引き出す。本人たちを前にして話すような事ではないから。


「ああ、えっと、晟夢をいつ外に帰すかって話なんだけど……」

 小傘もそれにさして気にした様子も見せず、自分の本題を話し始めた。

「まだお昼なんだしさ、できれば今日やってしまえばいいかなって思うんだよ。晟夢には晟夢の都合もあるし、こっちもこっちで何かあるんでしょ?」

「確かにそうですね。こちらも明日から本格的に忙しくなりそうですし」

 小傘がこちらの事情を知っていたのには少し驚くが、別に情報に疎い妖怪でもないのを思い出して、流す。何気に交友範囲は広いのだ、この妖怪は。


「明日? 何かあるんですか?」

 このやり取りを聞いていた晟夢が不思議そうに首を傾げる。

「ええ、今度ここで縁日をするんですよ。そのための準備で、少し」

「ああ、それで」

 実は今日も少し予定を崩していたりするのだが、本格的に動き出すのは明日なので現状問題はないと言える。後は晟夢の体の調子次第なのだが──


「だったら、俺は今日でも構わないですよ」

 本人がそうやって言う通り、問題はなさそうだった。勿論、白蓮が一度看てからの結論でもある。

「じゃあ、これ食べ終わったら行こうか」

 どこか急くように小傘が言う。それどころか、ついてくる事が前提になってしまっている。先程も晟夢がいつ帰るのかを気にしていたようだが、小傘が何をそこまで気にしているのかは、結局白蓮には分からず仕舞いだった。



  ◆ ◆ ◆



「いいな、その傘」

 不思議な色をした傘を差して歩く小傘を見て、晟夢はそう言った。

 今は夏、そして時刻は昼。頭上には雲一つない空が広がっていて、しかしそれは言い換えると、年内でも最高に近い高度で太陽が降らす直射日光に晒され続けているという事だ。

 その中で一人、傘でそれを防いでいる小傘は日なたを歩く晟夢と白蓮に比べていくらか涼しそうに見えた。


「む、かー君は渡さないよ」

「じゃあ、俺も入れてくれ」

 かー君、というおかしな名前は無視する。どうせ「唐傘だから」みたいなどうでもいい理由が返ってくるに違いないのだ。


「駄目」

「残念、振られちゃいましたね」

「ええ、本当に」


 そしてその返事も何となく予想はしていたが、残念ではあるのは嘘ではないので、溜息を吐いて前を向く。正確には今歩いている道──参道を。

 ボロい。

 それが、この幻想郷と外とを分ける境界の際にある神社への道を表すのに最もふさわしい言葉だった。聞く限り、その境界とやらを見張るためにあるというのだから、この幻想郷にとって相当重要な建物であるはずなのだが、それが微塵も感じられないくらいにその道は古びていた。

 敷石の間からは雑草がこれでもかという程生えているし、その敷石自体にもひびが目立つ。さすがに参道のど真ん中から木が生えているような事はないみたいだが、この様子では遠くない未来にそれも有り得そうだ。物というのは不思議なもので、使ってくれる人がいれば、整備しなくともある程度は持つはずなのだが、実際こうなってしまっているからには、現在この道を使う者がいなくなってしまったという事なのだろう。


 ──廃道


 そんな言葉が頭に浮かぶ。

 誰にも使われなくなった物の時間は何よりも早い。実際に進む時間の何倍もの速度で、それは腐敗していく。腐って、壊れて、廃れる。

 そんな道の先にある物は、廃れていないはずがないのではないかと、晟夢はそんな事を思った。


「大丈夫なのかな……」

「大丈夫ですよ。参道はこんなでも神社はしっかりしてますから」

 予定にない返答に、晟夢は思わずえっ、と間抜けな声を出してしまった。

「なんで分かったのか、というような顔をされてもですね……」

 振り向いた先では、白蓮が苦笑を浮かべていた。

「不安そうな顔でこの参道を見ていて、尚且つ“大丈夫なのか”と言われたら……嫌でも言いたい事は分かりますよ」

「確かに、それは……」

 分かりやすい。


「でも、仮に神社がしっかりしてるのなら、どうして道がこんなになってしまったんですか?」

 廃れた道の先に、廃れていない神社。それでは違和感が大きすぎる。

「それはまぁ、使われてないからなんだけど」

 みんな飛んで行くし、とそう告げたのは小傘だった。

「飛んで行く?」

「そう、文字通りに空を飛んで」

 まぁ、分からなくはなかった。幻想郷という世界自体、常識外のものだったのだから、飛んで移動する者がいる。それくらいはあるのだろうと思う。


「じゃあ、幻想郷ってのはみんな空を飛べるのか?」


 しかしそれが全ての人に当てはまるとすれば、とんでもない話である。晟夢の常識としての普通の“人”がいない。そういう事になってしまうのだから。

「いやいや、そういうわけじゃないよ。少しあの神社が特殊なだけで」

 だって、と少し楽しそうに笑いながら、小傘は

「妖怪ばっかり訪ねてくる神社なんて、外には絶対ないでしょ?」

 そう、続けた。

「……ないな」

 そもそも妖怪という存在すら信じられていないのだ。なのにそれが頻繁に訪ねてくる神社などあるわけがない。


「でも、人が訪ねてこないのはどうしてなんだ? 今更妖怪がいるからって神社に行けない程妖怪が怖いって事もないだろ」

 ここに来るまでに通った里を見れば、それは間違いない。妖怪が怖いのなら、あのような妖怪が当り前のように住んでいる里になど、絶対に住むなんて事はできないだろう。


 だからこそ、妖怪が訪ねてくる、というのは人が訪ねて来ない理由にはならない。晟夢はそう考えた。


「実は、それで正しいんです」

 しかしそれは普通に考えれば、の話である。

「どうにも、あの神社──というより、あの神社の巫女の周りには、力の強い妖怪達が集まる傾向にあるみたいで……」

「それが怖いってんだよねー。妖怪なんて、どいつもこいつも普通の人間より強いのにさ」

 少し呆れを含んだ声で小傘が言うが、白蓮はその意見に全く同意、というわけでもなさそうだった。

「まぁ、あれくらいになってくると圧倒的、という言葉が必要になってきますからね」

 ようは程度の問題、という事なのだろう。力の優越くらいなら人間同士にだって存在する。だから問題はそこではなく、それがどの程度なのか、という事なのだ。そして里にいる妖怪はここに住んでいる人間の許容範囲内であり、先程から語られている“力の強い妖怪”はその外なのだと、白蓮が言いたいのはそういう事だ。


「全てが全て、害を為すようなモノでもないのですけど……」

 しかしそう言った本人のその呟きは残念そうな、いや、むしろ悲しそうな響きだった。悔やむようでも、訴えるようでもなく、ただ、その事実を受け入れたくない──そんな思いをこぼしてしまったような呟きだった。


 晟夢は思わず白蓮の方に振り向くが、思ったような暗い表情は既になく、先程の口調とは全く相容れない笑顔で、白蓮は両手を合わせて上を見上げていた。


「まぁ、それはそうとですね」

 自分で作った空気を自分で取り払って、白蓮は立ち止まった。理由は、道が変わったから。目的地に近付いたから。そして当然、晟夢も目的地が近付いてきた事くらいは気付いていた。

 何せ、三人の目の前には、階段がまるで天に繋がっているかのような長さで、傾いて、倒れてしまいそうな塔のようにそびえていたのだから。

「この先が、博麗神社──幻想郷と外の世界の境界線です。さあ……」


 ──行きましょうか。


 その言葉にうなずいて、晟夢は一歩、足を踏み出した。

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