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忘れもの  作者:
第一章 灰と空
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第三話 出会いⅡ

 誰かを下敷きにして、その誰かが苦しげに咳き込む音が耳に入って、ああ、やってしまったなと、多々良小傘は思った。


 霧雨魔理沙と弾幕ごっこを演じる事になってしまったのは、まぁ、自分の所為でもあるから仕方ないし、問題ないとも言える。

 負けた所で、先程既に一勝してしまっているのだから、今日の所は一勝一敗の引き分けだ。勿論、負けるのは悔しくはあるけれど、異変解決者に正面からぶつかって勝てというのも無謀な話だ。


 だから、霧雨魔理沙に負けるのは別に構わなかった。


 しかし過失とはいえ、その途中で何の関係もない人間を巻き込んでしまったのは失敗だったと、多々良小傘は思う。

 別に人間が好きなわけではないけれど、やはり巻き込む、という行為には罪悪感を覚えた。


 しかも、この少年は自分を助けようとしてこうなってしまったのだから、尚の事質が悪い。

 しかし逆に言えば、落ちてくる小傘にしっかりと反応できていたのだから、避ければよかったのだ。それを無理なのに受け止めて、それで失敗したのだから、少年の方にも責任があるとも言える。小傘がある程度自分で飛行しようとしていたからそれ程の被害は出ていないものの、そうでなかったら一体どうするつもりだったのか。やはり、自分の行動は自分で責任を取るべきだ。と、そう思わないこともないけれど、やっぱり原因は小傘の方にあって、少年は例え失敗したとしても、小傘を助けようとしたのだから──だから思う。


 やってしまったな、と。


 故に、少年がまだ少し苦しそうにしながらも、声を発したのには少し安心した。


「おい、だ……いじょうぶ、か?」


 体をほんの少し起こして、少年はそう言った。どうしてか、その声は後になるほど消えゆくように小さくなって、小傘に届く前に二人の間で淡く消えてしまう。

 それを疑問に思って少年を見ると、何か物凄く気の抜けた顔をしていた。口は掛けた言葉の最後の文字を紡ぎだした形のままで、少し鋭い雰囲気を持つ目は大きく見開かれていた。小傘は、こんな顔の事を何と言うのかと頭の中を引っ掻き回して──ああこれは幽霊を見たような顔を見たというんだったか、と思い出す。


「私は妖怪なんだけどな……」


 小傘が思わず口にしてしまった言葉に、しかし少年は反応しない。完全に固まった、その少年だけが時を止められてしまったようなその光景は、不思議な感覚を覚えるものだった。


「お~い、そっちこそ大丈夫?」


 かと言ってこのまま放って置くわけにもいかないので、小傘はそう声を掛けて少年の肩を揺する。

 少しの間揺さぶっていると、それまでボーっとしていた顔が、急にハッという驚いた顔になった。どうやら、無事夢の世界からの帰還を果たしたようだ。が、今度はすごい勢いで小傘から顔を背けてしまった。心なしか耳が赤い気がしたけれど、その事について深く考える前に、先に少年が話し掛けてきた。


「大丈夫、大丈夫だから……」

 少年は、自分で自分を落ち着かせるようにそう繰り返してから

「そこをどいてくれると、嬉しい」

 未だに少年の上で馬乗りになっている小傘に向かってそう言った。


「……あっ」

 忘れていた。何というか、普通に。

「ごめん。今、どくから」

 だから小傘はそう言って少年の上から降り、

「それで、本当に大丈夫なの?」

 手を差し出した。


 それに少年は少し驚いたような顔をするが「ありがとう」と礼を言って素直にその手を取る。

 小傘の柔らかな手の上に乗せられた、皮が幾重にも重なって硬くなった少年の掌。それを強く握り、勢いを付けて引き上げた。なのに、ふわりと浮いてしまうかの様に持ち上がったのは、少年が自分で立ち上がろうとする力が思ったよりも強かったからだ。


 ならば、少年は本当に大丈夫なのだろう。怪我をしてしまった人間がそんな事をすれば痛みで顔をしかめてしまうだろうが、目の前で服に付いた葉と泥を払っている少年には一切そんな様子は見当たらない。


「なあ、聞いていいか?」

 少しすると、なぜか少し遠慮するように少年がそう切り出した。

「別にいいけど……何を?」

 聞かれて困るような事はなかったが、そう問われると何となく不安が生じてしまう。本当に、困る事なんてない筈なのに、どうしてか少年のその問いは小傘の心をざわつかせた。


 それを、嫌だな、と小傘は思った。同時に、放っておけないとも。


 加えて、質問に答えるのも、少年と話すのも、少年の目の前にいる事すらも心苦しいと思った。

 その、唐突に生まれた少年に対する否定に、少なからず小傘は驚きを覚える。

 しかし、何よりも小傘を戸惑わせたのは、不安気に揺れるその瞳を見て、何故かその少年の事を放っておきたくないと思ってしまった事だった。


 人間なんて嫌いなのに。

 自分を捨てた人間なんて、大嫌いな筈なのに。

 今回は助けてもらったから、関わっただけなのに。


 ──どうして、と。


「見つけたぜ!」


 その時に、まるで狙っていたかの様な瞬間に響いた声を有難いと思ったのか、それとも煩わしく思ったのか。それは後になっても分からなかったけれど、ただ、拙いと思ったのは確かだ。

 別に、彼女の事を忘れていたわけではない。ついさっきまで、一緒に弾幕ごっこを演じていたのだ。忘れるわけがない。でも、小傘が被弾して森の中に落下した時点で勝ち負けは決まっていたようなものだったから、もう危険はないと気にしていなかっただけなのだ。


 しかし、小傘の予想とは違い、彼女の気はまだ収まっていなかったらしい。それはこちらに向けられた、掌サイズの八卦炉が証明してくれていた。

 そしてそれは、同時にもう一つの事実を表していた。

 小傘と、そして少年にとって、非常に都合の悪い事実を。


 今、森の中で対峙している小傘と魔理沙の間には弾幕ごっこをするには少し近いが、それでもかなりの距離が存在する。

 どれくらいの距離かといえば、一人の人間くらいなら間に挟まれた木々に阻まれて見えなくなってしまう事が十分有り得てしまうくらいの距離だ。


 つまり、二人の弾幕ごっこには一切関係のない少年が小傘のすぐ傍にいるにも関わらず、その矛先をこちらに向けて突き出そうとしている彼女には、少年の姿が見えていないという事。

 自分の放った一撃で、何の関係もない者を傷つけてしまうなんて、そんな事を彼女は露程にも思っていない。それを愚かと言うべきか、不注意というべきか。どちらにしても、そこに誰かがいるかもしれないなんて懸念は、彼女の頭から排除されてしまっているのだろう。

 だから、今の彼女にためらいなど存在しなかった。静止の声を上げる暇もなかった。


 ──恋符「マスタースパーク」

 

 宣言とともに、極光が放たれる。

 辺りの木々を巻き込みつつも加速し、尚且つ放射状に光の及ぼす範囲を広げながら進むそれは、彼女の狙い通り、確実に小傘を吹き飛ばすだろう。彼女の見えなかった少年を巻き添えにして。

 回避は間に合わない。このタイミングで躱させてくれる程に、このスペルは甘くないのだ。

 だったら、受けてしまうしか他に選択肢はないのだが、小傘にはそれが可能だ。なんて事はない。妖力で自身を強化してしまえば、それで済む話なのだ。


 これは弾幕“ごっこ”なのだから、目の前のとんでもなく強大に見えるスペルにも、そこまでの威力はない。あくまでも競技としての戦闘。あくまでも安全な決闘方法。それが、弾幕ごっこ(スペルカードルール)なのだ。怪我くらいはするかもしれないが、逆に言えばその程度で済んでしまうということ。

 しかし、一般人である少年にはそれが通じない。

 彼女たちが怪我をする程度の安全など、少年にとっては危機以外の何物でもない。


 それは、当然の事だ。華奢な少女一人を受け止める事も出来ない少年と、その霊力、もしくは妖力で空を飛び、その空を埋め尽くすほどの弾幕を張る事の出来る人外とでは安全の基準が違い過ぎるのだ。

 だから、今の状況は非常に拙い。非常に拙い。

 さすがに死ぬような事はないだろうが、今度こそ本当に大怪我を負ってしまうかもしれない。

 それだけは避けたかった。どうしても。どうしてか。


 嫌いなのだ。誰よりも、何よりも。きっと他の人間よりも。世界中の誰よりも。

 なのに、どうして放って置けないのか。助けたいと思ってしまうのか。


 ──知らない、そんな事。


 でも。


 ──でも、きっと後悔する。


 今、二人を繋いでいる、すぐにでも消えてしまいそうなこの糸を切ってしまったら、きっといつか、自分は後悔する。

 小傘はそう何か確信めいたものを感じて、決める。


 助ける、と。


 小傘は、もう既に自分が何を考えて、何を思っているのか分からなくなっていた。

 拒絶したいのに守りたい。相反する二つの感情。普通なら絶対に同時に存在する事のないその想いが、小傘を混乱させてしまっていた。

 だから今は、感じたままに動く事にした。

 助けなければ後悔すると感じたのなら助けてやればいいと、そう決めたのだ。


 ならば、自分が盾になればいい。

 いかにそれが不可避の一撃だとしても、それを誰が受けるのかなんて決まっていないのだから、誰かがそれを全て引き受けてしまえばいいのだ。そもそも、結局受けなければいけないものを場所を変えて受けるだけなのだから、自分に対する被害が増加するわけでもない。

 小傘よりも背が高く、体格のいい少年を完全に守りきるには、この小さな盾ではいささか心許ないだろうが、それでも少年の受ける被害は格段に減るはずだ。

 そう思った小傘は、少年の前に立とうとして──


 腕を、引かれた。


「──え?」


 突然の事に反応する間もなく、気付けばそこは誰かの腕の中で、その場を貫く光の音だけが強く、大きく響いていた。

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