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忘れもの  作者:
第一章 灰と空
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第一話 これは割といつもの事

 幻想郷。「幻と実体の境界」と「博麗大結界」という二つの結界によって外部から隔絶された、幻想の土地。そんな幻想郷には、多くの妖怪と少しの人間が暮らしている。


 人間と妖怪。


 そう言うとお互いに対立している所がまず目に浮かぶが、幻想郷では少しばかり事情が違う。


 幻想郷では、人間と妖怪の間の数のバランスの関係により、妖怪が人間を襲って食べてしまうような事は(全く無い訳ではないが)ほぼ無くなっているからだ。


 理由は単純。ただでさえ数の少ない人間を無暗に減らすような真似をすれば、妖怪自身の身すら危うくなってしまうからである。人間あっての妖怪。その事実が、今のバランスを保っていた。


 しかし最近は、妖怪が人間の里に遊びに来たり、逆に人間が妖怪の下へ遊びに行く姿も目撃されるようになってきてもいる。常に妖怪が入り浸っていることで、妖怪神社と呼ばれている神社があったり、妖怪を助けるために建てられた寺があったりする事から二種族間の距離が縮まってきていることがうかがえる。


 しかし、当然ながらいつも平穏な光景が見られるというわけではない。


 人間は人間。妖怪は妖怪なのだ。


 例え人に歩みよる妖怪がいようとも、人間に害をなす妖怪なぞ山ほど存在するし、それらが人の命を奪うことも当然ある。人間が妖怪を恐れることに変わりはない。


 そして人間だけでなく、幻想郷全体として危険に陥ることもある。


 それは往々にして、異変と呼ばれるモノによって引き起こされる。


 幻想郷では、しばしば幻想郷すべてを巻き込むような事件が起こる。異変とは、その事件の発生が確認された時に原因不明とみなされたものである。


 それは季節の変革を阻害するものから、人命、妖怪の死活問題にまで関わるものまであって冗談では済まないことも多い。


 それらは大体、幻想郷の結界の管理者である博麗の巫女や、その他、力あるものが首謀者を叩き潰す事で解決されるのだが、その原因が妖怪の気まぐれや興味本位である事もあるので、巻き込まれる側はたまったものではない。


 そして今日も異変のとばっちりを受けた者が一人。


 多々良小傘、唐傘の付喪神の少女である。


 青空の様な水色の髪を肩あたりまで伸ばし、水色を基調にした服を着て、はいている膝丈のスカートも水色を基調にしている。唐傘の付喪神だけあってか、手には一般に“唐傘お化け”と呼ばれる紫色の傘を持っていて、履き物は下駄。


 彼女は人間に捨てられたことに恨みを持ち、嫌がらせのようにいつも人間を驚かせている妖怪である。しかし、致命的な事に驚かすのが下手であったため、少し前までは比較的人間を驚かし易い場所として命蓮寺という寺の裏にある墓地を拠点にしていた。


 墓地というのはその場所の特殊性より、簡単に人に驚いてもらえるのである。


 小傘にとっては楽園のような場所だったのだが、最近起こった神霊の舞う異変によって墓地を追い出されてしまった。


 よって現在彼女は行くあてもなくフラフラと飛び回っている。傍から見れば優雅に傘を差して空の散歩をしているように見えるのかもしれないが、実際は寄る辺のないただの野良妖怪である。


 そして今日も人を驚かせようとして失敗しつつも、めげずに次のターゲットを定める。


 ──よし、次はあいつにしよう!


 小傘が次のターゲットに定めたのは、片手に箒を持ち、黒の魔女服を着た少女。腰まで波打つように金色の髪を流している彼女だが、その格好は如何にも魔女と言ったモノであり、頭に黒のとんがり帽子を乗せているのが、一層その印象を強くしている。


 その少女は霧雨魔理沙と言って、実は上記の異変を解決する、幻想郷でも有数の実力者だったりする。


 結構な有名人で、小傘も例に漏れず彼女のことは知っている。というか異変発生中に何度か戦った(巻き込まれた)事もあり、毎回のようにボコボコにされて、その度に苦汁を嘗めさせられている相手なのだ。


 リベンジをしようにも相手は異変解決者。正面からぶつかっても、とあるルールの上での話だが、それでも大妖怪すら下してしまうこともある魔理沙相手に勝ち目がないのは明らか。だったら不意打ちで驚かせて前回の意趣返しをしてやろう、と小傘は考えた。


 そうと決まれば、と小傘は素早く魔理沙の進行上にある木の上に身を潜める。


 幸い、魔理沙は何か考え事をしながら歩いているようで、手を顎に当てて、何やらつぶやきながら歩いている。これならいける! と小傘は頬を緩めた。


 少しずつ小傘の潜む木の下へと近付いてくる魔理沙。小傘は魔理沙が驚く様を想像して、意図せず口角が上がっているのを感じた。


 小傘はこの待ち時間が好きだった。相手がどんな顔をして、どんな風に驚いてくれるのか。それを想像するのが。想像通りに驚いてくれればもちろん嬉しいのだが、最近はなかなか上手く行かないのが悩みである。


 そして、とうとう魔理沙が小傘の潜んでいる木の真下を通過しようとしたその時、


「うらめしぎゃっ!?」


「いだあっ!?」


 木の枝に足を引っ掛け、逆さに降りてきた小傘と魔理沙の頭が正面衝突した。


「「────っ!?」」


 かなりの勢いでぶつかったので、両者の頭部にとんでもない痛みが走る。


 というより、魔理沙が木の真下を通ろうとしている時に上から頭を出したのだから、ぶつかるのは当たり前である。


「ってて……。いきなりなんなんだ?」


 しばらく二人して頭を抱えて悶絶していたが、先に痛みから復帰した魔理沙が頭をこすりながらそう呟いた。そして続けてもう一言、この場では一番言ってはいけなかったことを口にする。


「びっくりしたじゃないか」


 そう、言ってしまったのである。


 そしてその言葉に、いまだ頭を抱えていた小傘の動きが止まる。


「びっくりした……? ねぇ、今びっくりしたって言った?」


「あぁ、言った……ぜ?」


 その声の方を向きながら話した魔理沙が固まった。なぜなら、そこにいたのは驚かすのが下手で、墓地からいなくなった後は誰も驚かされていないと噂の。人を驚かす程度の能力を持っていると本人は言っているが実はそれは嘘で、実質無能力ではないかとの噂の! 愉快な忘れ傘こと、多々良小傘さんだったからである。


「やった! ちょっと予定とは違ったけど、リベンジ成功!」


 と、頭の痛みは何処へ行ったのか。手放しで喜び始めた小傘を見て魔理沙は呆然とする。戦う力を持たない里の人間すら驚かすことのできない妖怪に異変解決者である自分が驚かされた、という事実に呆然とする。


 しかしここで折れる彼女ではない。プライドの高い彼女は負けたままであることを良しとしなかった。その場で雪辱を果たすことを決意する。


「っふふふふふ…………」


 いまだに勝利の余韻に浸っている小傘は、魔理沙から放たれているとんでもない殺気に気が付かない。


「なぁ?」


「えへへへぇ~~、何かな何かな? ……ってヒィッ!?」


 今度は小傘の動きが止まる。今更ながらに魔理沙の放つ尋常ではない殺気に気が付いたからである。しかし、そんなことを全く気にせず魔理沙は笑顔で言葉をつなげる。


「いやぁ~、今回は私の負けだぜ。この私に対して勝利を収めるなんてなかなかやるじゃないか。この私に黒星をつけられるような妖怪がまた増えたなんて私は嬉しいぜ」


「そ、その割には目が笑ってませんけど……?」


 いくら真夏であろうと、あり得ない程の汗が小傘から流れていく。冷や汗ともいう。


「でもさ、今回の勝負って一瞬だったよな?」


「う、うん……。それで……?」


「だからさ」


 その一言でその場の雰囲気が一変したのを感じ取った小傘は思わず身構える。何と言われようと、彼女も妖怪の端くれ。一瞬ならまだしも、恐怖に身がすくんで長時間動きが止まるということはない。


 その姿を見て、魔理沙は満足そうな笑みを浮かべ、


「もう一戦やっても何の問題はないよな!」


「のわあぁぁああっ!?」


 ああ、今日もボロ雑巾のようにボコボコにされてしまうのか、と諦念を覚えながらも、小傘は魔理沙の放った魔法の弾幕から逃げ出した。

 逃げ切れる保証なんてどこにもないのだけれど──まあ、いつものことである。

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