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campus life 6

 にゃあと甘えた声を出しながらシロがソファから降りて、私は目を覚ました。


「具合悪いのか?」


 薄っすらと開けた視界に、外の冷たい空気と匂いを纏った北原の影が現れた。

 ひんやりとした手のひらが、私の額に触れて体温を確かめる。


「ううん、眠ってただけ。おかえり」

「ただいま」


 北原は私の額にキスをして、それから足元にまとわりついているシロを抱き上げる。

 重い身体を起こして時計を見ると、ちょうど午前零時を過ぎたところだった。

 家に帰ってきても今日はひとりだったし、夕食を食べて終わると、テレビを観ながらなんとなくソファに横になり、いつの間にか眠ってしまった。


「川島は?」

「今日、合コンデビューだって」

「アイツが、合コン?」

「そう」


 ゴロゴロと気持ち良さそうなシロを撫でながら首をかしげ、ふうんと興味なさそうに頷く。

 シロを私の膝に乗せ、ジャケットを脱いでソファの背もたれにかけると、北原は冷蔵庫から500のお茶のペットボトルを取り出した。

 「北」と黒マジック書かれたキャップを開けながら私の横に座り、喉を鳴らしながら美味しそうに体内へお茶を流し込む。


「飲む?」


 小さくあくびをしながら北原から差し出されたペットボトルを受け取り、ひとくち飲むと、胃に染み入るような冷たさに思わず身体がぶるっと震える。


「っくしゅっ」


 途端にくしゃみが出て、横にいた北原に笑われた。


「こんなところで寝てるから、風邪ひいたんじゃないのか?」

「うん……」


 北海道の6月は、日中気温が上がるものの、夜になればまだ寒いくらいで。

 窓もちゃんと閉めていたはずなのに、すっかり身体が冷えきってしまったようだ。

 シロが寄り添っていてくれた胸元だけが、少し暖かい。


「けど、こんなことなら、今日バイト休めばよかったな」

「どうして?」

「同居してから、なかなかこうやってふたりっきりになる時間なんてなかったし」


 北原の手のひらが私の頬に触れると、優しく彼のほうを向かせた。

 近づく距離に、何度こういうことをしても慣れない私は、恥ずかしくて顔が熱くなる。


「川島が帰ってくる前に、一緒に寝ようか?」

「えぇっ!?」

「嫌なの?」

「イヤじゃ、ないけど……」


 鼻先が触れ合いそうになって、瞳を閉じる。

 強張った身体が震えるのに、上手く力が入らなくて、すがるように北原のシャツを掴んだ。

 けれど、待てども期待したモノがやってくることはなく、たまらず目を開こうとしたとき、北原の指先が私の瞼をなぞった。


「しおり、泣いた?」


 指先が瞼から頬をすべり髪を撫でる。

 ゆっくり目を開けると、心配そうに北原がこっちを覗き込んでいた。


「泣いた目、してるよ」

「あ、うん……ちょっとだけ」


 そう言ったものの、ちょっと泣いたくらいじゃ目が腫れないことは、北原もわかっているだろう。

 一呼吸置いて、私は口を開いた。


「河合さんと遥さん、やっぱり別れちゃったみたい」


 言葉に出して北原にそう告げるだけなのに、また泣いてしまいそうになる。


「今日、偶然河合さんに会って。黙ってて、ごめんって」


 それも、あんなふうに明るく河合さんは言っていた。

 もしかしたら、もう別れてからしばらく経っているのかもしれない。

 ここで眠ってしまう前、テレビに目を向けながらも、私の頭の中には四人で楽しく過した日々ばかりが浮かんで消えた。

 たくさん話して笑って、『このまま』が変わらず続いていくものだと信じて疑わなかったのに。

 遥さんの心の中を知る前に、このことを聞かされていたなら、本当に簡単に事実だと受け止めることができなかったと思う。

 でも、知ってしまっているから尚更、やりきれなくて涙が溢れた。

 ひとしきり泣いて、結論が見いだせなくて疲れて目を閉じて、そのまま意識は闇に落ちた。


「私が散々ふたりに憧れてるって言ってたから、別れたって言いにくかったみたい。なんだか私、迷惑なヤツだよね」


 別れたのに、まだ付き合ってるふりをさせてしまうなんて。

 ふたりは辛い想いを抱えていたのに、私はひとり、何にも知らずにノーテンキに笑ってたのだ。


「それは、しおりがそうして欲しいって望んだからじゃなく、ふたりがそうしたいって思ったんだろ。しおりが自分を責めることじゃないよ」

「うん……でも」


 胸の中に静かに積もっていく、悲しみや切なさ、悔しさ、様々な感情が混ざり合った複雑な気持ちを、どんな言葉にしていいかわからない。

 代わりに涙腺が緩んで、目頭が熱くなる。


「すごく、淋しいね……」


 楽しい時間を、もう四人で共有できない淋しさより、今は、そのことをずっと打ち明けてくれなかったことが淋しかった。

 たくさん話してるつもりだったのに、肝心なことには触れてこなかったのかもしれない。

 あまりにもすべてが順調で、私は大事なことを忘れて、もしかしたら見えていたはずのサインも見つけることができなかった。

 ソファの上で膝を抱えると、北原が私の肩を抱き寄せた。


「俺がこうしてるだけじゃ、不満?」

「そ、そんなことない」

「『そんなことない』って返事はあんまり嬉しくないな」

「どういう、こと?」


 なんだか嫌な予感がして北原の顔を横目で見ると、明らかに何かを企んでいる瞳が私を見下ろしている。

 すかさず私を逃がすまいと、肩を抱いていた腕がしっかりと腰を抱く。


「き、北原……?」

「ほら、それもいい加減やめろって言ったのに」

「あのー…だって、もう慣れちゃってるから、急に変えろって言われても」


 白々しく笑って、迫り来る北原の冷ややかな表情から逃げようとすると、そのままソファに押し倒された。

 常々、呼び方を「北原」→「伊吹」にしてほしいと言われていたのだけど、恥ずかしくて、これまで呼んだことがない。

 今ここで、その話を引き出されるとは思ってもみなくて、焦って頬が引きつった。


「しおり、本当に俺のこと、好きなの?」

「う、うん」

「うんって、なんだよ。ちゃんと言って」

「へ!?」

「『伊吹のこと、愛してる』って」

「えっ! や、やだ」

「『やだ』?」

「違うのっ、つい……」

「『つい』?」


 私が次から次へと墓穴を掘るたびに、北原の表情がどんどん曇っていく。

 蛇に睨まれたカエル状態の私は、目の前にある視線に息を飲んだ。

 答えを待っているような沈黙が続いた後、一層強く睨まれて、ふと身体が軽くなった。


「桜井の気持ち、よーくわかったよ」


 身体を起こした北原は、吐き捨てるようにそう言うと立ち上がる。


「え、ちょ……今」


 『桜井』って。

 私も慌てて身体を起こし、遠くなっていく北原の背中を見つめた。

 振り返ることなく、北原は飲み干したペットボトルを冷蔵庫横にあるゴミ箱に放る。

 そしてそのまま、自分の部屋へと足を進めた。

 まずい、怒らせた?


「ごめん。待って、北……じゃなくって、いぶ、き」


 あからさまにぎこちない呼び方だったけど、それでも北原、じゃなかった伊吹は動きを止め、わずかに顔をこちらに向ける。


「なんだって?」

「だから、ごめん」

「何が」

「その、えーと……」

「寝る」

「わーっ! ちょっと、待って北原、伊吹っ」


 部屋のドアノブに手をかけたところで、私は駆け寄り慌てて伊吹のシャツをつかんだ。


「なんだよ、そのフルネーム。最悪なんだけど」

「だって、どうしても北原って呼んじゃうから。でも、頑張る、努力するから」

「そういう問題か?」


 心底面白くないというふうに深々と息を吐くと、身も心も凍ってしまいそうな冷酷な目で見下ろした。

 そして、唇を噛んで視線を受け止める私の手を掴む。

 伊吹の薄い唇が半月を描き、その不気味な笑顔に思わず身震いした。

 こ、怖い。

 不意に私の耳元に触れるか触れないかのところに唇を近づけると、甘い声で恐ろしい言葉を囁いた。


「じゃあ、今夜はお仕置きだね」

「えっ!? なにそっ…れぇぇっ…!!」


 強引に腕を引かれ、私は伊吹の部屋に押し込まれた。

 い、い、いやぁーっ!



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