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campus life 3

「あぁ、うん、一緒に行きたいところなんだけど、慎吾は最近就活で忙しいみたいだから、ゆっくり休みたいって言ってるし、だから私もその日、別の予定入れちゃったの」

「そう、ですか……」


 いつものように獣医学部へ北原を迎えに行く途中、ちょうど遥さんに会った。

 ショートボブの黒髪を耳にかけて、涼しげに笑う。

 背は高いけど華奢な体つきで、見惚れるくらいしなやかで女性らしい仕草をする。

 地味なパンツスタイルは、溢れそうになる色気を隠すためなんじゃないかと思ってしまうようなひと。

 私にとって河合さんと遥さんは、美男美女の憧れのカップルだ。

 今週末、牛の出産で潰れた一日の埋め合わせとして、北原と映画を観に行ったあと、どこかで食事をしようと話していた。

 それなら、河合さんと遥さんも一緒にどうかと思ったのだけど、見事に振られた。


「河合さん就活って、大学院の話、やめちゃったんですか?」

「うん……」


 遥さんは曖昧に、首をかしげながら溜息をつくように返事をした。

 そして、瞼を伏せて微笑むと、次には私を表情を窺うように視線がこっちを向く。

 誰かさんと似て、いつも沈着冷静、クールビューティーな遥さんだけど、それにしても今日はなんだか元気がないような気がした。


「しおりちゃんは、あと二年後どうするの?」

「えっ?」

「ほら、彼はしおりちゃんが卒業しても、二年学生でいるわけじゃない? こっちで就職するの?」

「う、ん……まだ、あまりちゃんと考えたことないんですけど」


 そうなのだ。

 獣医学部は他の学部と違って六年制で、私が卒業したあとも二年間、北原は学生生活を送ることになる。

 遠くない未来なのだけど、どうしようかなんて、真剣に考えたことがない。


「なんとなく、河合さんと遥さんの関係を参考にさせてもらおうかなぁって思ってるんです」


 河合さんが大学院に行けば、あと三年間学生を継続するわけで、院を無事卒業できるころに、ちょうど遥さんも卒業になる。

 社会人と学生だって付き合っていくことは難しいことじゃないと思うけど、同じ学内でもすれ違いの多い二人だからと、この前までは、河合さんが大学院に行くという話しをしていたはずだ。

 私が遥さんの顔をのぞくと、ためらうように笑った。


「しおりちゃんと北原くんって、高校の時から付き合ってるんだった?」

「あ、はい、一応……っていうか、高校生の時は、付き合ってるうちにはいらなかったような気もするんですけど」

「でも、じゃあ、もう付き合って何年になるの?」

「えーと、三年目、かな」

「それって、さらっと言っちゃってるけど、すごいことよね」


 そうですか? と思わず私は首をかしげて苦笑した。

 付き合うまでも紆余曲折があったし、付き合った後も受験勉強に追われて、恋人というよりは戦友のような気分だった。

 大学に入学して、それなりに「らしい」雰囲気にはなったけど、お互いに授業についていくのに必死で、想像していたような甘い毎日じゃない。

 でも、きっと現実はこんなもので、高校の頃、クラスメイトたちとわいわい話していたような世界は、やっぱり小説や漫画の中だけのオハナシなのかもしれないと思ってしまう。


「なんだか、ふたりを見てると羨ましいな」

「えっ!?」


 そんなことを急に言われて、私はぶるぶると首を横に振った。


「前々からずーっと言ってますけど、私は、河合さんと遥さんが羨ましいし、憧れてるんです。ふたりが一緒にいる雰囲気とか、とっても素敵だし」

「そう?」


 はい! と強く頷く私に苦笑すると、遥さんはまだ春の色をしたままの青空を見上げる。

 そして、眩しさに瞼を伏せると、いつもなら凛とした横顔が、わずかに歪んだ気がした。

 表情の変化にも思わず溜息をついて見入ってしまうほど、この人は美しい。

 その横顔が、再び私のほうを向いた。


「しおりちゃんは、どうして北原くんと付き合うことになったの?」

「な、なんですかっ、急に……」

「うん、今まで、こんな話したことなかったじゃない? ホントはずっと気になってたのよ。北原くんが来るまで、まだ時間あるだろうし、話聞かせて?」


 思いがけない展開にうろたえる私を、立ち話もなんだからと近くのベンチに連れて行くと、遥さんはにこにこ嬉しそうに私を覗き込んだ。

 こ、困った。

 こんなこと、今まで誰にも話したことがないし。

 あの、私の特殊な能力について、話すわけにもいかないし。

 膝の上にある両手を握りしめて、私は無理やり笑顔を作って首をかしげた。


「あの……。すっごく、恥ずかしいんですけど」

「じゃあ、どっちから告白したの?」

「それは……あっちからで」


 北原からの告白が意外だったのか、へぇと遥さんは目を丸くした。


「それで、しおりちゃんはOKしたんだ」

「はい。でも、私、北原のことは嫌いっていうか、苦手で」

「なにそれ?」

「とにかくああいう性格だし、無表情でイマイチ考えてることがわからなかったし」

「でも、付き合ったの?」


 私は黙って頷いた。

 頭を傾けて眉根を寄せる遥さんとの間に、一瞬、妙な沈黙が訪れる。


「しおりちゃん、何か弱み握られてるとか?」

「え!? いや、別にそんなわけじゃ……ないんですけど。でも、握られてるといえば、そうなのかもしれない、です」

「どういうこと?」

「たぶん、本当に私のことを受け入れて、わかってくれるのって、北原しかいないから」


 ずっと私がひとりで抱えてきたものを、北原は一生懸命、一緒に持ってくれようとした。

 もしかしたら、初めはただの好奇心だったかもしれないけど。

 いつの間にか隣にいて、手を差し伸べてくれて、私も自分の中にあるものを解ってくれるのは北原しかいないと思うようになった。

 そんなふうに思わせる北原は、ある意味、私の弱い部分を握って離さないのかもしれない。

 ふと、北原と出会い、ふたりで越えてきた出来事を思い出していると、隣から静かにおそらく無意識であろう溜息が聞こえた。


「よくわからないけど、ちゃんとふたりは絆で結ばれてるのね」

「はぁ……」

「そうだと思ってたけど、そうよね。じゃあ、もししおりちゃん自身や彼が、誰かに告白されたとか、そんなことじゃ別れたりしないわよね」

「私のほうは、そうですね」


 最近じゃ、そんなこともなくなった。

 っていうか高校の頃みたいに、付き合おうとか好きだとか、そういう言葉をストレートにぶつけてくる人はいない。

 彼氏いるの? とか、北原くんの彼女ってあなた? なんて微妙に伺ってくる人たちはいるけれど、大抵はそこで事切れる。


「あ、でも、河合さんだったら、私考えるかもしれません」

「え?」


 冗談で笑って遥さんの顔を覗くと、思いがけず色を失った冷たい瞳が私を見据えた。

 次の瞬間、頭の中を痛烈な痛みが突き抜ける。

 こめかみを押さえて俯き目を細めると、いつかのように、全身から熱が奪われていくのがわかった。


「しおりちゃん、どうしたの!?」


 鼓動が一気に加速して、胸が苦しい。


 どうして、今、また、コレが……?


 懐かしい、なんて優しい感情は湧かない。

 今までしばらく影を潜めていた症状に、どうすればいいのか、私自身対処できない。

 額から流れた冷たい汗が、顎を伝ってぽたりと膝に落ちる。

 何度も名前を呼ぶ遥さんの声が、少しずつ遠くなっていく。

 自分自身の中にある、闇に引きずり込まれていくような感覚を、私は思い出した。

 だめだ、このままじゃ……。


「しおりちゃんっ!」


 不意に腕を掴まれ、稲妻に打たれたような衝撃がそこから脳内へと駆け巡り、私の両眼は大きく見開かれた。


「………!!」


 何か、叫んだかもしれない。

 だけど、私が覚えているのはそこまでだった。



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