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campus life 2

 3月、予告どおり私たちと同じ大学に入学した川島くんから一緒に暮そうと話を持ちかけられたときは、なんだか楽しそうだと思ってた。

 川島くんのお父さんが働いてる会社の社宅で、来年には取り壊しが決まっている4軒入りのアパート。現在は住人もなく、なんと、家賃はタダ!

 しかしながら築年数がかなりの年代モノ、おまけにファミリー用の3LDKだから部屋も広くてひとりで住むにはちょっと……ってことで、最初は川島くんと北原のふたりで住むという話になっていたのだけど。

 部屋もあるし、私も一緒がいいと北原が言い出したのだ。

 北原と一緒に暮せるのは、成り行きとはいえ嬉しかったし、共同生活ってなんだか面白そう♪ と夢を描いてた私が甘かった。


「他人と暮すのは、意外と大変なのよね……」


 とりあえず、北原は何かと手伝ってくれるのだけど。

 川島くんは何もかもが、やりっぱなし。

 自分の部屋はとにかく綺麗で、もし、何かが少しでも動いていようものならすぐバレるのに、居間やキッチン、お風呂にトイレ……共用部分の使い方がマイペース過ぎるのだ。

 女子である私も一緒に暮してくるってこと、ちゃんとわかってないみたい。

 ストレスの溜まった私を見かねて、北原が家事の当番制を提案して現在に至るのだけど、それも結局、私と北原のふたりで交替してるようなもので。


「お父さんとお母さんと、子供にペット……まるで本当にファミリーだわ」


 今朝の出来事を思い出しながら、溜息と共に呟いたところで、バックの中の携帯が震えた。

 北原から、だ。

 今日はふたりとも講義が早めに終わるから、食堂でランチして映画に行こうと約束していたのだけど。

 今朝に引き続き、嫌な予感がする。


『牛の出産に立ち会うことになった ごめん』


「牛、ですか……」


 この前は子馬が熱を出したとか、羊の調子が悪いとか。

 北原は獣医さんになるために勉強してるんだし、生き物相手のコトだから、仕方ないのだけど。


「今日は牛に負けちゃったねぇ」


 振り返ると、その人も私と同じように、ウンザリした顔で携帯の画面を見つめていた。

 視線を私に向けると、泣くような表情を作っておどけてみせる。


「獣医学部の恋人を持つと、遠距離恋愛してるみたいだと錯覚するよ」

「ホントですよね」


 言葉を返すと、彼、文学部4年の河合慎吾かわい しんごさんは私の横に並んで笑った。


「じゃあ、しおりちゃん、俺とデートする?」

「そうしましょうか」

「お昼は?」

「まだです」


 それならと、ふたりで食堂へ向かった。

 たぶん、北原と同じくらい、私より頭ひとつ分高い背丈に、バスケ部で鍛えたという身体に似合わず、高校時代のクラスメイトが大好きそうな、優しく甘い爽やかなイケメン。

 その顔から想像するに値する、柔らかく包容力のある性格で、私も北原という存在がありながら、思わず心惹かれてしまう男性だ。

 同じ学部とはいえ、そんな河合さんとこうして過すようになったのには、ちゃんとワケがある。


「遥さんも、牛の出産に立ち会うんですか?」

「うん、そうらしいよ」


 河合さんの彼女、澤田遥さわだ はるかさんは、北原と同じ獣医学部の三年生。

 なんでも北原と遥さんは同じ研究部にいるとかで、時としてこんなふうに私と河合さんは同時に待ちぼうけをくらうのだ。

 最初は同じ特殊な恋人がいるということで、なんとなく一緒に過していたけど、そのうちに四人で食事に行ったり、河合さんの運転でみんなでドライブに行ったり、私にとって、素敵な兄と姉のような友達がいっぺんにできたような気がしていた。


「今回は牛、前回は馬、その前は羊でしょ。しおりちゃん、次は何だと思う?」

「うーん……ヤギ、とか?」

「じゃあ、原因はクロヤギさんからもらったお手紙が、実は毒入りだったっていうので、どう?」

「なんですか、それ」


 呆れながらも声を上げて笑ってしまう。

 天井の高い、一面ガラス張りの新しい食堂は、オシャレな造りだけあって、食事の料金も他学食よりもちょっぴり値がはる。

 だから学生よりも一般のお客さんが多いし、昼時でも空席が目立つ。

 居心地はいいし、何より獣医学部に一番近い、というのが、私たちにとってポイントが高い。

 私と河合さんは、ポプラ並木の向こうから柔らかい日の差し込む窓辺に座った。


「今日は、長丁場になるだろうな」

「わかるんですか?」

「ん、この二年間の付き合いで学んだからね。出産って、人間と一緒で難産もあるわけ。だから、これから産むぞってなってから、時間がかかるんだよ。ま、安産ですぐ終わっちゃうこともあったけどね」

「牛も、大変ですね……」


 お味噌汁に口をつけようとしていた河合さんは、私の言葉に咽てしまった。


「何それ、しおりちゃん、牛の気持ちになっちゃったの?」

「え、や、あ、別にそういうわけじゃ」

「そんなこと言ってたら、それ、食べられないよ」


 河合さんは笑いながら、私のトレイの上にある美味しそうなソースがかかったハンバーグを箸で差した。


「ビーフ100%でしょ」

「あ……」


 そんなふうに言われると、本当になんとなく牛に対して申し訳ない気持ちになってしまう。

 私がフォークを手にしたまま固まっていると、河合さんがまた笑った。


「だってっ、河合さんがそんなこと言うから……」

「ああ、ごめんごめん。けど、しおりちゃんって、ホントに可愛いよね」


 そのあとには、いつも必ず妹にしたいと続く。

 この一年、よく聞いた台詞。

 別に河合さんに言われるのは不満じゃないけど、なんだか私はずっと馬鹿にされるキャラを卒業できないのかとウンザリするのだ。

 思わず突き出てしまう唇を引っ込めて、河合さんの様子を窺うと、いつもよりずっと優しい瞳がこっちを見ていた。


「表情コロコロ変えてさ。わかりやすくて、面白くって、飽きない」

「そんなこと言われても、全然嬉しくないです」

「そうそう、そうやって不貞腐れるのも、素直でいいよね。遥にも、しおりちゃんみたいな可愛さがあるといいんだけど」


 河合さんのその言葉を、いつもの惚気話のひとつと受け取った私は、思いきってハンバーグに手を伸ばした。

 なんとなく罪悪感が広がるのは、北原がこの牛の出産に立ち会ってるからだろうか。

 それにしても。

 触った人の心の声が聞こえてしまった頃の私が、こんなふうに加工された動物たちの感情まで受け取ることがなくて、本当に良かったと思ってる。

 あぁ、そんなこと想像しちゃダメなのに、ダメだと思うと尚更、可愛い子牛の顔が浮かんでしまう。


「しおりちゃん、おかず交換してあげようか?」

「へっ!?」

「なんだか、マジで、顔色悪いよ。ほら、こっちは動物じゃなくて、野菜だし」


 煮物の皿を差し出してくれる河合さんに、私は笑顔を作って首を振った。


「だ、大丈夫です」

「本当に?」


 頷いて、ハンバーグを一切れ口に運ぶ。

 悲しいかな、わずかな心の痛みも、この口いっぱいに広がる旨味の前では霧のようにかすんでいった。


「北原が、うらやましいよ」


 河合さんが何か言ったのはわかったけれど、もごもごと口を動かしてる私には、その言葉がちゃんと聞こえなかった。


「え?」

「あ、いや、こっちの話」


 このとき私も、そして遥さんの隣にいた北原も、ふたりの変化に気がつかなかった。



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