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Short Short Circuit

魔法の鏡

作者: 境康隆

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」

 奥深い森に住む魔女は、毎日魔法の鏡にそう尋ねます。

 まるで日課です。朝の新聞を拡げないと一日が始まらないかのように、魔女は鏡の前に毎日立ちます。

 魔女の持つ魔法の鏡。やはりそれは特別製なのか、不思議なことにその魔女の質問に声に出して答えます。

「それはあなた様です」

 鏡の返事はいつも同じでした。もちろん同じでなければ意味がありません。魔女はその一言が聞きたかったからです。

 そしてその一言ともに写し出される、己の姿に酔いたかったからです。

 鏡の答えはおべっかでも何でもありません。魔女はそれ程美しかったのです。

 魔女は上機嫌で毎日鏡の前に立ちます。

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」

「それはあなた様です」

「流石は世界に一つだけの魔法の鏡。正直だわ」

「鏡ですから。真実を写し出すのが鏡の義務ですから」

 鏡は誇らしげに応えました。

 そんな己の職務に忠実な鏡に相手をしてもらい、魔女は今日も楽しく過ごしていました。


「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」

 奥深い森に住む魔女は、毎日鏡にそう尋ねました。

 それはやはり日課だったからです。その受け答えは日々魔女を気持ちよくさせるからです。

 魔女は何年にも渡って鏡にそう尋ねました。

 そう何年もです。

「それはあなた様です……」

 ある日鏡の返事の語尾が僅かに濁りました。

 魔女はそれに気づきません。

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」

 魔女は今日も暢気に尋ねます。

 ですが魔女は美しかったとはいえ、やはり何年も生きていると一番美しいという訳にいかなくっていたようです。

「それは……」

 と一瞬言い淀む日もありましたが、

「あなた様です」

 鏡は何とか毎日同じ答えを返しました。


「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」

「……」

 更に長い年月が経ち、ついに鏡が黙ってしまいました。

 ただ光を反射するその鏡は、ややもすれば内心の葛藤に苦しむ無表情な人間の顔にも見えます。

「どうしたの?」

 魔女は暢気に訊いてきます。

「……」

 鏡は答えません。

「何? 調子が悪いの?」

「……」

「ん?」

 魔女は鏡の答えを聞こうとしてか、その身をガラスに近づけました。

 その時――

「――ッ!」

 驚く魔女の目の前で、鏡が独りでに倒れました。テーブルに向かって倒れるや、その角にガラスを打ちつけてしまいます。

 ですが流石世界に一つだけの魔法の鏡。

 割れるようなことはなく、魔女が立て直してやるとそのガラスは無事にそこに残っていました。

「大丈夫?」

「……」

「で、この世で一番美しいのは誰?」

 魔女はひとまず鏡の心配をすると、やはり今日も聞きたい一言を期待して同じことを尋ねてきます。

「それは――」

 鏡が口を開きました。

「それは?」

 魔女はやはり無邪気に先をうながします。

「それは――この方です」

 鏡はそう言うと、見たこともない村娘をガラスに映し出しました。

「まぁ? 鏡よ鏡。いったい、どうしたの?」

 魔女は信じられないとばかりに素っ頓狂な声を出しました。

「こんな娘がこの世で一番美しいだなんて」

 魔女は考えられないとばかりに目を白黒させました。

「おかしいわ。さっきので壊れたのかしら?」

 魔女は首を傾げました。

「……」

「壊れたのなら仕方がないわ。一品ものの鏡だったのに、残念ね」

「……」

 魔法の鏡は黙って村娘を写します。

「楽しかったけど、今日までね。諦めましょう」

「……」

 鏡は黙って己の仕事に務めます。

「本当言うと、もうろくに見えてなかったのよね。この眼鏡もあまり合わないし」

 魔女はそう言うと、歳をとってから必要になった眼鏡をかけて鏡を見ました。

「でもこの娘はまるで、歪んだ鏡に写っているみたいよ。それは分かるわ」

 魔女がそう呟き、それでもよく見えないのかまじまじと鏡の中を覗き見ました。

「……」

 魔法の鏡は黙々と己の義務を果たし続けました。

「……」

 魔女の腰と同じように曲がってしまった体で。

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