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短編集 雨露霜雪

夜露と澪の調停者

作者: RENREN
掲載日:2026/06/01

 私は早朝、家の庭に生える草木の葉が朝露に濡れているのを見た。


 私の息は白く、秋にしては寒い風に身を震わす。


「おねーちゃん!」


 後ろを振り向けば私の妹が手を振って私を呼んでいるのが見えた。


 今日は妹と一緒に公園に行く約束をしていた。


 私達は手をつないで公園へと向かう。


 公園には私たち以外誰一人おらず、空を見れば冬の澄んだ空が見える。


 毎日、毎週、毎月、毎年、同じように妹と共に空を見上げていた。


 その空は千差万別だったがどこか同じようなものを感じた。


 私はこの空を見て自らの未来が静かで安全であることを感じていた。


 私はそんな未来は望んでいなかった。


 この世界を冒険してみたいという年頃の少年少女が考えるのと同じく私もそれを願っていた。


「どうも、こんな朝早くから妹さんに付き合うなんて……よほど面倒見がいいんですね」


 そんな優しい声が後ろから聞こえた。


 この公園には私達以外誰一人いなかったはずなのに。


 振り返るとそこには奇妙な少女が立っていた。


「貴方はこの平穏はお好きではないのでしょうか?」


 少女はゆっくりとした口調で私に尋ねる。


 目を凝らしてみてみれば、空には星が見える夜へと変わっていた。


 隣にいたはずの私の妹もいなくなっていた。


 朝露は夜露として星々を映していた。


「ああ、戸惑うのも無理はありません、ここは貴方の……精神上の世界、と言ったところでしょうか」


 少女は薄く笑いながら話していた。


「私はこれからどうなるの?」


「想像以上に冷静ですね、面白いです」


 少女は今度はにこやかに笑う。


「端的に言えばこれは貴方に与えられた選択……といったところでしょうか、貴方は現状に満足していないようだったので」


「確かに私は平穏は望んでいなかったわよ、でも運命ってやつは気軽にこんな事をするものなのかしら」


「私は別に運命の神様ってわけではありませんが……まぁあなたを選んだ理由は単純に面白そうだったから……その点では仰る通りかなり気軽に選びました」


 私はこんな不可思議な状況に似つかわしくないほど冷静に謎の少女と対話する。


「それで、具体的に何をしてくれるのかしら? ライトノベルの典型みたいに異世界転移でもさせるの?」


「いいえ、私にはそんな大きなことをすることはできません、端的に言えば貴方の人生の難易度を上げる……と言ったところでしょうか」


 人生の難易度を上げる、そのような私にとって望ましいことを彼女は叶えてくれるらしい。


「いいわ、やって頂戴」


 そう言うと少女は私に近づいてきて手を出してきた。


 私はその手に触れる……


 事はなかった。


 ───ドン


 鈍い音が辺りに鳴り響く。


「ッガハ…………何をするのですか……」


 少女は腹部を殴られた衝撃で後ろへと仰け反る。


「あなたは私のことを勘違いしているのよ、まぁ変わりたいと思うのは事実なんだけど」


 そう、少女は私について一つ重大な勘違いをしていた。


「私は別に変えてほしいと望んでるわけじゃない、自分で変えたいと願っていたのよ」


 私は自分自身の手で心が躍るような人生を歩みたいと願っていた。そこに少女が来たことは僥倖だった。明らかな転換点を自分の手で決めることができるのだから。


「……なるほど、私は思い違いをしていたようですね」


 倒れこみ、咳き込みながら少女は続ける。


「貴方は危険だ、この世界にとって」


 その言葉に私は笑って答える。


「危険で何より」


 少女をそのまま蹴ろうとしたが次の瞬間には消えていた。空は澄んだ青に戻り、周りの草木は朝露で輝いていた。


 ……


「……おねーちゃん?」


 気づけばわたしは変なプラネタリウムのような空間に立っていた。隣に立っていたはずの姉も消えていた。


「……貴方に頼みがあります」


 声のする方向を見れば、腹部を抑えながら少し前のめりになっているわたしと同じくらいの綺麗な少女がいた。


「大丈夫? おなか痛いの? 頼み事って何?」


 わたしは少女に聞きたいことを並べる。


「私のことはお気になさらず……そう、頼みです」


 腹部を抑えながらも少女は真剣な目をしてわたしに言った。


「貴方の姉を止めてもらいたい……どのような手段でもいいです……いつも通りの日常に戻ってください……」


「どういうこと?」


 わたしにはよくわからなかった。姉の何を止めるのだろうか?


「わからないのも無理はありません……貴方はいつも通りの姉と一緒にいるだけでいいです……」


「うん、よくわからないけどわかったよ」


「頼みました……」


 少女がそう言うと辺りは明るくなっていた。少女もいなくなっていた。


「……恐ろしい女だ」


 いなくなる前にそのような言葉が聞こえた気がした。


 ……


 あの少女は何だったのだろうか?


「そういえば、変な小さい女の子を見なかったか?」


 私は隣に戻っていた妹に聞く。


「……! 見てないよ……?」


 明らかに怪しいそぶりを見せたため、あの少女を見たことを確信する。


「見たんだな……で何を言われたのかしら?」


「おねーちゃんと一緒にいろって」


 私はその言葉を聞いたとき確信した。あの少女は私を止めようとしていることに。


「……そう」


 私がそう答えた時、妹はおろおろとしていた。


「おねーちゃん、あの子になにかしたの?」


「いや別になにも」


 私は特に悪いことをしたとは思っていない、妹が心配に思うことは無いだろうと思った。


「そっか……」


 妹は少し涙ぐんだ目でこちらを見ていた。


「今日は帰ろうか……」


 私もあまりの出来事に少し精神的に参っていたので、帰路につくことにした。


 ……


 おねーちゃんは何も言わなかったが、きっとあの少女に何かしたのだろうと私は考えていた。


 昔からおねーちゃんは少し変わっていた。


 学校で暴力沙汰を起こしていたことも知っている。


 本人はわたしがこの話を知らないと思っている。


「おねーちゃん、疲れてない?」


 隣を歩くおねーちゃんに話しかける。


「ああ、さすがに少し疲れたかもな」


 ……きっと嘘だ。


「……いつもおねーちゃんはわたしのやりたいことに付き合ってくれるけど、おねーちゃんがやりたいことってあったりするの?」


「いや……特にない」


「本当に?」


「……」


 それからおねーちゃんは黙ってしまった。


 その日のうちにもう一度話してくれることはなかった。


 ……


「あらあら、貴方の妹さんは本当に優秀だ」


 その日の夜、私は眠ったと思えば、公園で見た時と同じような星が見える夜の空間に立っていた。


「……今度は私に何をしにきたの」


 忌々しい……この少女はこの空間では手出しができないと本能的に理解した。


「いいえ? 何も」


 少女のその言葉に少し拍子抜けした。


「最初から私はそうですよ、直接干渉はしません」


「……なら間接的にどうするかって聞いてるのよ」


「すぐ答えを求めるのはどうかとは思いますが……」


 少女は少し鬱陶しそうにため息をついた。


「まぁいいでしょう、単純に私は貴方の行くべき道を示すだけです」


「私の行くべき道? そんなものは自分で見つけると何度言ったらわかるかしら?」


 少女はさらに呆れたような表情をして言った。


「そんな迷っているようではどの道にも歩み出せませんよ」


「……」


 知っていた。


 この少女に私の考えている事を隠し通すことはできない。


「なら私にどうしろって言うのよ?」


 すると少女はすぐにキッパリと言い切った。


「もう無理です、貴方一人では何も変わることはないでしょう」


「は?」


 即答だった答えは私にとってなんの意味のないものだった。


「だからこそ、貴方は人の話……私の話を聞くべきだ」


 イラついていた私は少し暴力的に言い放った。


「ああ! だから何!」


「簡単なことです、今私の話を聞いたように人の話をちゃんと聞いてください……まぁその態度だと及第点も怪しいですがね」


「いちいちと……煩い小言はいらないわ」


「……では、私が言えることはここまでですかね」


「さっさと消えろ」


 そう言い捨てれば、自分の部屋の天井が見えた。


 時刻は4時過ぎ、起きるには早かったので寝ようとしたが寝られずに布団の中で悶えた。


 ……


 朝、庭に出てみれば植物の葉には水滴がついていた。


 おねーちゃんはまだ寝ているらしい。


「おねーちゃん早く起きてくれないかな……」


 おねーちゃんに話したいことはいっぱいあった。


 するとそれに応じるかのように庭におねーちゃんが出てきた。


「……おねーちゃん」


「なによ」


「おねーちゃんは……わたしにどうしてほしいの?」


 ……


 そんなことを言われると思っていなかった。


 昨日聞いてきた通り私が何をしたいか聞いてくるものだとてっきり思っていた。


 自分が心のどこかで、妹を邪魔に思っていたという事を見抜かれた気がして激しく動揺した。


「……あなたにどうしてほしいかなんて特にないわ……あなたはあなたの好きなようにするべきよ」


「……」


 なにか……どこか私を憐れむような眼をしていた。


「おねーちゃんが自由にできないのはわたしのせい……なんじゃないの?」


「いいえ……ちがう、私が自由じゃないと感じるのは……そう、平凡な日常に飽きているからよ」


「…………」


 妹は次はとても悲しそうな表情を浮かべた。


「……いつもわたしに付き合ってくれたよね、おねーちゃんは」


 そのまま妹は言葉を続ける。


「おねーちゃんはずっとわたしに付き合っててよかったの?」


「……ちがう、あなたのせいじゃ……ない」


 私は傲慢だっただけだ……もしかしたら自分が妹に何でもしてきたという事が、私の成功体験として、なんでもできると勘違いさせていただけなのかもしれない。


『そろそろ、気づいてきましたか?』


 あの少女はいないはずなのに、その声は私の耳元でしっかりと聞こえた。


「…………」


「おねーちゃん?」


「はぁ……私って駄目ね、本当に」


 自分に呆れていた、考えれば簡単なことだったのに……いや、考えたくなかっただけか、それも傲慢か……


「私は、あなたと一緒にいるだけで本当は良かったのよ」


「……おねーちゃん……」


「本当にそれだけでよかったの……でもそれは私を傲慢にした、あなたに何でもでもすることができた、あなた以外にはなにもできなかったのに、ね」


 自分でも驚くほどに本音を言うことができた、言語化することによって自分がしてきたことを後悔するに至った。


「今までは……周りが見えていなかった、あなたにだけ何でもできる姉であるだけでよかった、そのはずなのに」


「……うん、いいんだよ、おねーちゃんが自分のやりたいことを自分でしたいって思っていても」


「いいえ……私にはあなたしかなかった、そのことを忘れかけていた」


 ずっと自分の存在意義であった妹から自分についての質問をされることで、どこかおかしくなっていた自分を客観視することができていた。


「本当に、私が何かしたいって言ってもあなたは聞かなくていいの、あなたにはきっと必要ないことだから」


「ううん、おねーちゃんのやりたい事ならわたしは手伝うからね!」


「……そう」


 ……自分がどこかで悩んでいたことがこの数分にも満たない会話ですべて解消したような気がした。


「……あの少女が言ってたことは正しかったのかもしれないわ……」


「そっか……あの子が……また会ったときにお礼でもしておいたら?」


「……ええ、次があったらそうするわ」


 その後、私達は他愛のない会話をいつまでもした。


 ……


「上手くいったようですね、彼女たちは」


 人間は皆、勘違いや思い込みなどで道を踏み外してしまうことが多々ある。


「だからこそ、私は神ではありませんが、人を導く手助けをするんです」


 直接手を出しては、またおかしな方向へ向かって行ってしまうかもしれない。


「ならば、私が皆さんの人生の澪標としてあればいいのです」


 いかなる人も、きっと心の底から望んでいる幸せ、それに辿り着く為の人生の航路の澪標。


「よければ、貴方も導いて差し上げましょうか?」


 私の幸せは人が幸せになることなのですから。


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