【第6話】「あの」地獄
一夜明け、いよいよ訓練を始めることになった新中と三津田。
まず初めは彼らの実力を測る体力テストである。
のだが、幸先悪く、一番初めの項目は…
シャトルラン…その言葉を聞いた途端、寒気がした。嫌な思い出が次々と思い出される…。
決して忘れやしない…というか〈回想〉のせいで忘れられない記憶。
不吉な音階。
八音の地獄。
汗が吹き出して止まない。
高校を卒業し、もうあの地獄を味わわずに済むと思ったのに…。
ここに来たことを今一度後悔した。
運動着に着替え、体育館に出る。
この区間を走れ、と言わんばかりの線が二本引かれている。
そのうちの1本に、今立っている。
「これは君たちの実力を試す機会だ。決して怠らず、全力で挑んでくれ。今後の訓練のメニューにも関わってくるからな。」
そう言うなり、突然に
「5秒前、3、2、1、スタート テテテン」
聞き馴染みのある、しかし二度と聞きたくなかった声とともに地獄は幕を開けた。
「48、49、50…」
呼吸が不規則になり始めてきた。
足がもつれそうだ。
「54、55、56…」
気づけば三津田はもうギブアップしている。
ダメだ…目眩がしてきた…
「60、61、62…」
喉が痛い。胸も痛い。
目を瞑り、歯を食いしばり、気合いだけで体を動かす…。
痛みなんか気にしなければ、どうということは…無い…っ!
「63、64、65…」
…やはり気合いだけではどうにもならない時があるようだ。
「65」と聞こえるよりも前に、倒れるように座り込んだ。
結果は「64」。
三津田は「54」のようだ。
あいつに勝てたのは僥倖だな。
「お疲れ様。30分間は休みだ。その後、体力テストを続行する。」
いつもの低いトーンに戻っている。
「はぁ、はぁ、はぁ… もう無理…」
「高校以来だよ…こんなの…」
「三津田は高校の時…何回だった?」
「私は…60は越してたんだけどな…減ったよ…。お陰で負けちゃったし」
「へへ…俺は変わらず60前半だったな…」
「はぁ、はぁ…お茶飲もぉ…自販機、この辺にあったよね…?」
「事務室の方に、あったよ」
「買いに行こ…」
「あぁ行こう…」
二人とも既に疲労困憊である。
「次は…なに?」
「次はなんですかー?」
三津田が事務室にいた島嵜に聞いた。
「あぁ、この後は…」
障害物競走
ハードル走
50m走
「走ってばっかじゃねぇか」
新中がついツッコミを入れる。
その後、ハンドボール投げ
200mの水泳
「…以上だ。」
本気で僕らを殺す気なのかな、とさえ思った。
「その他、実践的な訓練は後日行う。」
「後日つっても、俺明日からまた学校もバイトもあるんすけど…?」
「あぁ、分かってる。だから君にはバイトが終わり次第、こっちに来てもらう。君たちの最寄り駅まで車を手配するから、それに乗ってくるといい。」
「えぇ?バイト上がりはクタクタなんですけど…?」
「それも承知しているが、悪しからず、来て頂こう。」
「…そうなると、バイトとの両立が大変になるな…やめた方がいいかな…」
「…実は我々としても、バイトを辞めて貰えると嬉しい。その分の時間を訓練に当てれるからな。生活費については協会が出す。むろん、今君たちが借りているアパートの家賃も全額補助だ。」
「いいんじゃない?あんたこの前も、バイト辞めたいって言ってたし」
「まぁな、願ったり叶ったりか…お前はどうすんだ?」
「私も辞めようかな。最近店長が変わってからさ、雰囲気悪くなったんだよねぇ」
「そうなの?結局、あの店長ダメだったんだ」
「そそ、少し考えが古いってかさ、精神論ばっか言ってるんだよね」
「いるよなぁ、そーゆー人」
「じゃあ、再来週にも辞めるかぁ」
「私は来週くらいかなぁ」
二人はバイト談議に花を咲かせた。
気づけば30分経っていた。
次の体力テストが始まる…
障害物競走、ハードル走、50m走は新中の方が得意だったのだが、ハンドボール投げ、水泳は三津田の方が得意だった。
とはいえ二人とも大差なく、平均並みである。
「今日行う訓練は以上だ。お疲れ様。」
「ふぅ…久しぶりにこんな運動した…」
「おつかれ〜」
「君たちはこの後、一体どうするんだ?家へ帰るなら、車を手配するが。」
「そうだな…家の方が学校に近いからな…俺は帰ろうかな」
「んじゃあ私も」
「わかった。20分後に地下駐車場に車を手配する。それまでに荷物をまとめて降りて来てくれ。」
「はーい」
二人はエレベーターに乗り、部屋へと向かった。
その道中、空を舞うエレベーターのなかで、新中は自分が少し高所恐怖症であることを悟った。
新中は少し酔いながらも、部屋に着いた。
荷物をまとめて、またエレベーターで移動する。
今度は地下駐車場へと下っていく。
ドアが開くと、そこは今までとは打って変わって暗く湿った空間だった。
迎えの車はどこかと目を凝らしていると、右方からクラクションが響いた。
右を向くと、そこには至って普通の自家用車が待っていた。
近づくと運転手が
「特別調査の調査員さんですか?」
特別調査員とは…我々のことだろうか?
三津田と目が合い、頷いた。
「そうです!」
「おっけー、じゃあ後部座席に乗ってください!」
そう言い、後ろのドアを開けてくれた。
どうやら、かなり気さくな人のようだ。
僕らの事情は知ってるのだろうか。
「お願いしまーす」
「失礼しまーす」
内装も一般的な自家用車のようである。
特殊な車を想像していたが、期待外れである。
「君たちの最寄り駅まで送るようにと島嵜さんから言われてますんで、そこまでのんびりしてって下さい!」
「ありがとうこざいます!」
「あ、そーだ!自己紹介しなきゃ!僕は歴史保存協会で運転手をしてる村中 裕太っていいます!よく『裕ちゃん』とか『太ちゃん』とか呼ばれてるから、好きな風に呼んでね!」
「それじゃあ…『中さん』で!」
「いいな『中さん』!」
「『中さん』か…初めて呼ばれたなぁ!」
(こりゃあ、島嵜さんも彼らを気に入るのも道理だな!)
「あ、そういえば、君たちの事情は島嵜さんから聞いてるよ。本当は機密事項なんだけどね、今回僕はこの調査の専属運転手になったから、色々教えて貰っちゃた!君たちまだ大学生だろ?すごいな…こんな大任務任せられるなんて…」
「そうなんですかね…僕らもイマイチ状況が飲み込めてなくて…」
「そりゃそうだよね!いきなりこんな責任が重いし、命懸けた任務なんて、そう簡単に受け入れられるもんじゃないよな!島嵜さんも酷なこった!…だけど、島嵜さんも本気で君たちに期待してるみたいだよ。君たちのどこに素質を見出したのかは分かんないけど、君たちなら成功させてくれると信じて止まないみたい。」
「そうは見えませんけど…」
「んまぁ、島嵜さんは無口で不器用だからね。伝わりづらいかと思うけど、感じ取ってあげて!」
「はぁ…」
「難しいかもしれないけど、気負わないでいてよ!僕らの胸を借りるつもりでさ!」
そう言われると不思議と安心する。
今まで頼れる相手が少なかっただけに、中さんの言葉は染みた。
「あ、そうそう!僕らの任務のことは部外秘だから、例え歴史保存協会の会員でも、僕や島嵜さん、革波さん以外の人には言っちゃいけないからね!」
「了解っす!」
中さんの話は何となく元気が湧く。
「お、そろそろ駅着くよ!」
もう少し話していたかったが、迷惑をかける訳にもいくまい。
「「ありがとうこざいました!」」
「うん!お疲れ様!明日もまた迎えに行くからね!詳しくはまた連絡するね!ばいばーい!」
「さよならーっす!」
中さんの車が見えなくなるまで見送った。
最寄り駅からは三津田とは別方向だ。
「三津田って明日はバイト入ってるんだっけ?」
「私?私は無いよ?」
「じゃあ、先向こう行ってる?」
「いや、あんたと一緒に行くかな。島嵜さんにもそう言ったし。」
「ん、おけ。んじゃ、また明日な」
「またね〜」
最寄り駅から自宅まで歩く。
二日前も同じことをしたが、心境はまるで異なる。
不安は少なくなった。
やるべき事も。
任された任務も分かってきた。
夕日はまだ明るい。
今日は久しぶりにオムライスでも作ろうか。
【第6話 Tips】2045年の科学技術
第1話冒頭に「科学技術か発展しきった」という表現がありますが、まだ完全に発展し切り、開発が停滞したという訳ではありません。
しかし、以前と比べて発展速度は急激に低下しています。かつて科学技術を急激に発展させたところ、科学の限界に気づいてしまったのです。
しかしながら社会状況は少しずつ変化しますので、より利便性を求めて科学技術は少しずつ発展しております。
ちなみに、2045年でもテレポーターやタイムマシンなども一般には普及していません。
でも実は、一般人の知り得ないところで開発が進んでいたり…
ご精読ありがとうございました!
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