表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

Episode.3『審問の庭』


 心なき者が、心を咲かせた。

 ならばその花に、意味はあるのか──

 あの白亜の庭で、ユウは『無名の花』を咲かせることになる。


 その庭には、一輪の花も咲いていなかった。

 白い石畳。音のない空間。空さえも色を失い、ただ静寂だけが支配していた。

 ここは『言の庭園』。

 感情から生まれる魔法言の花を記録し、秩序を保つための中心機関。

 同時に、逸脱した花を裁く場所でもある。


「U-00──通称ユウ。あなたは、心を持たぬとされながら、二度、花を咲かせた。

これは、世界の法に対する逸脱か、あるいは、例外的奇跡か。今ここで、それを審問する」


 言葉師長・フェルノートの声は、感情を欠いた、まるで記録装置のような音だった。その言葉に続けて、その隣に立つ審査官・クロアが、冷たい瞳で言い放つ。


「心なき者が咲かせた魔法は、咲かせるべき者の花を奪う。それがもし、魔法汚染によるものなら、君は危険因子だ」


 裁きの場には、十数人の花守たちが並ぶ。緊迫した空間の中で、花守達はやけに無表情だった。しかし、言い方を変えれば、異端者に向ける感情などないとでも言いたそうにも見える。

 そんな中ユウは、リネアとともに中央に立たされていた。刺すような視線の中、リネアが、かすかに彼の袖を握る。

 

「……大丈夫。私は信じてる。あなたの中に、ちゃんと心があること……あの時、確かに感じたから」


 ユウは、それに何も返さない。

 けれどその温度は、確かに記録された。


「言の花とは、心の顕現だ」


 鋭く、冷たい声。心の底まで凍ってしまいそうなほど、絶対零度の声が一面に響き渡った。その言葉に続けて、再びクロアが断じる。


「ならば、心なき存在が咲かせた花には、意味がない。花を咲かせたことを証明するだけでは、不十分だ。

故に今この場で──新たな花を咲かせよ。名を与えられぬ感情を以て」


 しんとした静寂が走る。

 何も言わずユウは、白い庭の中央に歩み出た。

 足元には何もない、ただの石の床。周りを見ても、風も、音も、色もない、無機質な世界。そんな彼の世界を色付けたのは──リネアの声。


『あなたは、ただの機械じゃない』


 あの日、傷だらけの腕を取ってくれた、あの柔らかい手。

 無理矢理ではなく、そっと差し出されたぬくもり。


「……私は、未だに感情というものを、正確に定義できない。しかし、それでも──

それでも、今のこの気持ちにはきっと、名前があるはずだ」


 その瞬間──風が吹いた。

 風のないはずの庭に小さな気流が舞い、ユウの足元に一輪の薄青の花が、そっと咲いた。


「……これは……?」


 フェルノートが、珍しく息を呑む。クロアでさえ、目を見張る。

 それは、記録にない形状。既存の花のどれにも該当しない。

 その花は涙のような形で──それでいて、柔らかな淡い色を纏っていた。


「花の名は?」


 誰かが尋ねた。

 ユウは、ただ首を横に振る。


「わかりません。これは、私の中に芽生えた、無名の花です。……けれど、確かにこれは私の想いが咲かせたものです」


 ユウはそう言った。いつもと変わらない無機質な声だが、それでも確かに、温かな温もりの感情が少しだけ籠っていた。

 ユウに続けて、リネアがそっと呟く。


「……それで、いいんです。名前がなくても、想いはちゃんとそこにある。私たちの魔法は、心から咲くんだから」


 静かに咲いた花に、言の庭の記録装置が反応する。



【記録追加】

・花名:該当なし

・形状:未登録

・花言葉:不明

・発動原因:不特定複合感情

・分類:共鳴型感情魔法/仮定義:心源反応



 そしてユウは、言の庭園に立った異端者の中で、初めて裁かれなかった。

 心を持たぬものが、咲かせた心の証明。

 たとえその花が、まだ名前を持たないとしても──それは、確かに咲いたのだった。


♢♢♢


 無花の庭に、一輪の花が咲いた。

 名も、色も、意味も持たない。

 けれどそれは、確かに誰かの心が生んだ、世界でただ一つの魔法だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ