Episode.2『咲くことを許されぬ花』
神殿の庭では、リネアが花に水をやっていた。さらさらと光を含みながら、水をたっぷりと受け取る花々。その隣で、ユウは静かに土を見つめている。
半分ほど水をやり終わった頃、唐突にリネアは口を開いた。
「……土ってね、全部同じに見えても、ちゃんとそれぞれの癖があるの。乾きやすいとか、根が張りやすいとか。そういうの、わかる?」
「土壌成分を解析すれば、一定の傾向は把握可能です」
「うん、そうなんだけど……なんて言うか、肌でわかるって感覚の話ね」
「感覚は不確定な要素です。誤差が生じます」
リネアはくすくすと笑った。ユウには、それが『呆れているのか』『楽しんでいるのか』の区別はつかなかった。
それでも笑っている顔を見ている方が、心が温かくなるのは──何故だろうか。
「ねぇ、今度ははあなたの事も教えて?あんどろいど……って、一体何なの?」
「アンドロイドは、簡単に言うなら人造人間です。血も流れておらず、また、体を構成しているのは金属です。……それと、私は生まれながらに、感情を感じる機器がありません」
「……えっと、つまり…人間じゃないの?」
「言ってしまえばそうですね」
ぴた、とリネアの水やりの手が止まる。ユウはその様子に、まず自分の失言を疑った。何か言ってはいけない事を言ってしまったのだろうか。
リネアは何も言わず、ユウの顔を正面から見た。淡い金髪に混ざる紫紺の瞳。その中に籠った感情は、恐れというよりも興味。好奇心も混ざっていた。
「あの……?私に何か?」
「……嘘よ。こんなに人間にしか見えないのに、機械だなんて信じられない」
「事実です。それに、私は元々人間そっくりになるよう、設計されていますので」
「でも、背中の傷は治ったじゃない」
「あれは自然治癒能力が働いただけです」
納得がいってなさそうなリネアと、何故そんな事を言ってくるのか困惑しているユウ。結局、リネアは諦めて水やりを再開した。
少し気まずい時間が流れる事数分。そんな二人のもとに、一人の青年が歩いてきた。
「よう、お前が咲かない者ってやつか?」
挨拶もなしにかけられたのは、鋭い声。茶色がかった赤髪と、腕に巻かれた花言葉の腕輪が目に映る。その青年に対してリネアは、同じぐらい鋭い目線を返して言った。
「……彼は咲いた者よ、カリス」
「へぇ、あんたが?」
青年──カリスは、挑むような視線をユウに向けてきた。
「感情がないのに花を咲かせたんだって?それってさ──ズルじゃねぇの?」
「ズル、とは。規則に反した不正行為を指す言葉です。私は命令通りに──」
「『心がない』って自分で言ってたんだろ?じゃあ、咲かせられない人の想いを、踏みにじったってことじゃねぇの?」
その言葉に、空気が変わった。
リネアが何か言おうとしたが、ユウの中で、何かがざらついた。
「……私は、ズルをしていない。対象保護のため、最適な行動を選択したまでです」
「でもよ。感情なしで花が咲くなら、俺たちが感情を込めて咲かせる意味は、どこにあるんだよ」
ユウは一歩、前に出た。
「あなたの言葉は、不正確です。それは感情による発言であり、論理性に欠ける」
その瞬間、胸の奥が熱くなった。この感覚は、ノイズではない。
もっと……強く、はっきりと、何かを否定したいという衝動。
そして、その足元に──一輪の赤い花が咲いた。
「これは……!」
リネアが目を見開いた。
花の名は──グラジオラス。
花言葉は、『強い意志・情熱・正義感』。
「お前……また咲かせたのか」
「……ええ。私の中に、また咲いたようです。だが、これは命令ではなく──自分の選択で」
沈黙の中、風が吹き抜ける。
ユウは花を見下ろしながら、思考する。
この感情は、『怒り』だったのだろうか。
それとも、『悔しさ』『正義感』『認められたい』という、もっと別の名のない想いだったのか。
【記録更新】
・花:グラジオラス
・花言葉:強い意志/正義感/激情
・発動要因:他者との言葉的衝突/心的動揺
・仮ラベル:「ノイズ」→再分類中(共鳴反応)
そして──心なき者が花を再び咲かせたことは、『言の庭園』の管理者たちの耳にも、すぐに届くこととなるのだった。