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Episode.1『初花』


「歩ける?」


 少女はそっと手を差し出してきた。白く、柔らかな指先。 ユウは、その行動の意味が分からず、ただじっと見つめた。


「……あぁ、ごめんなさい。手を引くって、こうするのよ」


 そう言って、彼女は俺の手を自分の指で包み込んだ。温度。 センサーが反応した。温かい、と情報処理された。でも、それだけだった。


「あなた、名前は?」

「……U-00。製造識別コードです」

「しきべつこー……?えっと……うーん、じゃあ……『ユウ』。あなた、優しい雰囲気がするから」

「優しさは、計測不可能な曖昧性です」


 そう応えると、少女は小さく笑った。目尻に、柔らかなシワが寄る。


「私はリネア。この丘の花守よ。あなたが落ちてきたの、見てたの」

「落下地点からこの距離、目視可能範囲外では?」

「花が教えてくれたのよ。『まだ咲かぬ心が、一輪、風に運ばれてきた』って」


 言語解釈装置が警告を発した。意味不明。詩的表現。感情的言い回し。 でも、その響きだけは、何故か脳の奥に引っかかった。


♢♢♢


 石造りの祠──通称花の神殿に通され、ユウは初めて“言の花”の魔法を目にした。リネアは歌を紡ぎ、空気を編むかのように詠唱する。


「ミモザ、感謝の陽だまりよ──舞え」


 その瞬間、花びらが空気を踊るように渦巻き、空中に柔らかな光を灯す。風が柔らかく笑った気がした。


「これは、“感情”が咲かせる魔法。花の名前と、花言葉を詠むの。想いが強いほど、力も強くなるの」

「理解不能です。感情は数値化できません」

「でも……あなたにも、あったんでしょう? あの時、私を見て立ち上がったし」

「それは、自己保存アルゴリズムに基づく行動です。周囲の情報から最適解を導きました」

「そう。なら……これは、最適解じゃないかもしれないけど──」


 そう言って、リネアは花を一輪、ユウの胸元にそっと挿す。

 胸に挿された白い花が、わずかに風に揺れた。

 なぜかその瞬間、記憶の奥底にあった“スズラン”という名が、自然と浮かんだ。

 ありえない。ここは異世界。

 だが──言の花は、心が描いた花で咲くというのなら、名を知らぬこの花が、そう呼ばれたのも……理由があるのだろうか。


「……今少しだけ揺れたでしょう?その胸の中」


 わからない。何が揺れたのか。

 けれど、何故か──その言葉を消去できなかった。そして、今の言葉に何を返すのが良いのか最適解が出ず、沈黙で返してしまう。

 失礼だとは知っているが、ユウの思考回路では、それ以上の解が出なかった。

 そんな沈黙を、明るい声で破ったのは勿論リネアで。


「…あ、そうだ!喉乾いてない?お水あるよ?」

「私はアンドロイドです。水分摂取の必要はありません」

「あ、あんどろ……??わ、分かったわ。でも……そう言って断る人、私初めて会ったかも」


 アンドロイドという慣れない言葉を受けながら、それでも彼女は嫌な顔一つ見せず、ふわりと笑った。冷たい返答にも関わらず、笑ったリネア。

 その意味も──同様に理解不能だった。


♢♢♢


 その夜。空は深い藍に沈み、風が草原を優しく撫でる。ユウは、花の神殿の片隅に設けられた簡素な部屋で、眠るでもなく座っていた。

 目を閉じる習慣はない。けれど、脳は自動的に情報の整理に入る。


 今日の記録──

 対象:リネア。接触時の表情。音声。手の温度。花の香り。


 何度も、同じ場面が再生されては消えていく。

 特に、“スズラン”を胸に挿された瞬間の記録だけは、妙に排除できなかった。


『……少しだけ、揺れたでしょう?』


 “揺れた”とは、何だったのか。アルゴリズムは答えを返さない。

 返答を促しつつ、今日の記録を纏める。マルチタスクは、彼には簡単な事だった。

 ──その刹那。


「──っ、きゃああっ!」


 外から、劈くような悲鳴が上がる。

 ユウは反射的に立ち上がり、外へ走った。視覚センサーが闇を切り裂いて、鮮明に世界を映し出す。

 神殿の前に立ちはだかるのは──黒い獣。

 毛並みを逆立て、牙をむき出しにして、リネアに飛びかかろうとしていた。


「危険行動、確認」


 ユウは即座に彼女の前に飛び出し、身体を盾にした。鋭い爪が背を裂く。しかし、血は流れない。見えるのは、人ならざる金属の肌。

 それと同時に、頭の中に鳴り響く損傷警告。けれど、立ち止まらない。

 ──守る。これは、最適行動。

 だが、リネアが震える声で叫ぶ。


「駄目、ユウくん!逃げて──!」


 その言葉にユウは、最初から従う気はなかった。どうすればリネアが、生き残る事が出来るのか。それだけをただ思考していた。

 その時、先程の言葉をふと思い出す。

 魔法──“言の花”。

 ユウは感情を持たない。魔法は、使えないはずだ。

 ……けれど。

 胸に挿された、スズランが、わずかに風に揺れた。

 その時だった。

 誰かの声が、確かに脳内で響いた。


《言の花、宿主の心に応じて咲け》

《条件、仮感情:護りたい》


 ──音声出力、起動。


「……スズラン。再び幸せが、訪れる」


 刹那、銀の光がユウの体から咲き広がる。

 花びらのような結晶が空を舞い、獣を包みこむように弾き飛ばす。

 リネアが見開いた目で、ユウを見た。


「魔法が……使えた、の?」

「理解不能。魔力量ゼロ、感情モジュール欠損状態のはず……」


 けれど、胸元に咲いている花──それはスズランに酷似した、白い幻想の花。

 今初めて、スズランだと思っていたものとは、花の形も、香りも、全くの別物だったことに気付く。それなのに、頭の中に浮かんだ『スズラン』という名に、ユウは自ら戸惑っていた。


「……これは、異世界の植物ではないはず。なのに、なぜ……」


 ゆっくりと立ち上がってユウの隣に立ったリネアは、そっと微笑む。それはユウの中に足りなかった解を導いた。


「言の花はね、その人の心が生む幻想なの。本物の花じゃなくて、その想いに一番ふさわしい形で咲くのよ」

「つまりこれは……私の内部情報をもとにした、幻影……」

「ううん、幻影じゃない。あなたの心そのもの、なのよ」



【新規記録】

・花魔法:発動記録あり(スズラン)

・感情モジュール:未検出

・副次反応:対象人物保護時、熱伝導上昇/動作優先順位変化

・仮ラベル:「ノイズ」→(再検討中)



 ユウはまだ、自分が『何を感じたのか』を知らない。

 だがその日、彼は初めて──花を咲かせた。

 物語は、ここから静かに動き出していく──。


♢♢♢


 戦いが終わった後、神殿の丘に夜風が吹いていた。花々が揺れ、空には星が瞬いている。

 リネアは静かに焚き火の前に座っていた。ユウも、数歩離れて同じように腰を下ろす。

 火が、ぱちり、と弾けた。


「……ありがとう。庇ってくれて」

「最適行動でした。対象の生存率を最大化する手段として、私の行動は妥当でした」

「そっか……でも、ありがとうって気持ちは、理屈じゃないのよ」


 ユウは火を見つめたまま、無言だった。

 リネアがそっと、手元の花束から一輪を抜き取る。ミモザだった。

 ゆっくりと火にかざし、語るように言う。


「言の花ってね、ただの魔法じゃないの。その人の心が、花の形を借りて咲く魔法なの。心の奥に咲いた想いが、言葉になって、力になる……それが“言の花”」

「私は感情を持ちません。つまり、花も咲かないはずです」

「でも、咲いたよ。……優しい花だった」

「……あれは誤作動です。護りたいという仮感情に対する一時的な反応であり、再現性は不明です」


 リネアはふっと笑った。


「そう言うわりに、その花──まだ捨てないのね」


 ユウは胸元のスズランを見る。魔法が終わった後も、それは小さく揺れて、枯れずに残っていた。

 しばらく沈黙が続いた後、リネアがぽつりとつぶやいた。


「花ってね……咲くまでに、たくさんの時間がかかるの。陽にあたって、水を飲んで、寒さに耐えて。それでも咲かない種もあるの。でも、私はそういう種を“失敗”だなんて思わないよ」

「……私の存在は、失敗作と評価され、破棄される予定でした」

「なら、咲けなかったそのときから、今のあなたは自由ってことだよ」


 火が小さくなっていく。空気が冷え、ユウのセンサーが『夜明けまであと4時間』を告げる。


「……感情を持たぬ私に、心とは何でしょうか」

「……うーん、難しいね。でも……」


 リネアは空を見上げた。輝くような、満点の星空。吸い込まれそうな深淵に、身を預けるように。星の海の向こうに、どこか懐かしさを感じるように。


「──それは多分、誰かと一緒に居たいって思った瞬間から始まるのかも」


 その言葉に、ユウは答えなかった。 ただ、火の残り香の中で、胸元の花がそっと風に揺れた。



【未分類データ】:

・刺激:対象リネアとの接触/音声/非論理的表現

・副次感覚:内部温度上昇/脳波ゆらぎ/呼吸変化

・仮ラベル:ノイズ(改定案:「共鳴」)


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