表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

偽りの天使と呼ばれた伯爵令嬢、婚約破棄されて聖地で第二の人生を歩む

作者: 天野 恵

「エリシア・フォン・ルヴァリエ、貴様の偽善にはもううんざりだ!」


 そう叫んだのは、私の婚約者であるリオネル王太子だった。美しく凛々しい顔に、今まで見たことのないほどの軽蔑が浮かんでいる。


「私が……偽善者?」


 信じられなかった。私はただ、人々のために祈り、治癒魔法を使い、少しでもこの国の民が幸福であるよう願っていただけなのに。


「義妹のエミリアがすべて暴いたのだ。お前は民衆に良い顔をし、裏では貴族たちを見下していたそうだな」


「そ、そんなこと……!」


「証拠もある!」


 そう言って突きつけられたのは、私の筆跡にそっくりな手紙だった。そこには、まるで私が貧民を軽蔑し、表向きだけの善行をしているかのような内容が書かれていた。


「この国にお前の居場所はない。婚約は破棄し、貴族の身分も剥奪する。そして――国外追放だ」


 絶望の淵に立たされる私を、エミリアが勝ち誇ったように見つめていた。




 行くあてもなく、馬車に乗せられ辿り着いたのは、遠く離れた聖地だった。王国の庇護を受けずに生きていくしかない私は、この地で身を寄せる場所を探すしかなかった。


「お嬢さん、そんなにやつれて……」


 声をかけてくれたのは、小さな教会を営む老神父だった。


 聖地は貧しく、治癒魔法を扱える者も少ない。私はここで生きるために、自分の力を役立てることに決めた。


「ありがとう、エリシア様!」


 治癒魔法で病を癒すたび、人々は私を本物の「天使」と呼ぶようになった。



 聖地を護る聖騎士団の一人、ジークフリート・ヴァレンツ。


 彼は無口で冷たいが、誰よりも正義を貫く騎士だった。


「お前が“偽りの天使”か」


「……ええ、そう呼ばれていました」


「くだらん。見ればわかる。お前は“本物の天使”だ」


 彼は寡黙ながらも、私を静かに見守り、護ってくれた。最初は怖かったけれど、彼の優しさに触れるうちに、私は彼の傍にいることが心地よくなっていった。



 ある日、聖地が賊に襲われた。


 私は人々を守るために、力を使った。そのせいで、かつてのトラウマが蘇り、震えが止まらなくなった。


「……私の力は、また誰かを不幸にするのでは……」


 そんな私を、ジークフリートは黙って抱きしめた。


「お前の力は、誰かを救うためにある。俺が証明してやる」


 彼はそう誓い、私を守ると宣言した。


 私はもう、“偽りの天使”ではない。

 この聖地で、私の新しい人生が始まる。



 聖地での平穏な日々は長くは続かなかった。


 ある日、聖地の近くにある村が疫病に見舞われた。高熱にうなされ、命を落とす者もいる。村人たちは恐れ、神に祈るしかできなかった。


「私が治療します!」


 迷いはなかった。私はすぐに村へ向かい、一人ひとりに治癒魔法を施していく。


「エリシア様……!」


 涙を流して感謝する村人たち。しかし、疲労が蓄積し、私は意識を失ってしまった。



 目を覚ますと、目の前には険しい顔のジークフリートがいた。


「お前は、なぜ自分の身を顧みない」


「だって、私が助けなければ……」


「お前が倒れたら、誰が助ける?」


 彼の声は低く、怒りが滲んでいた。しかし、その奥にあるのは深い心配だった。


「……ごめんなさい」


 私は、彼がこんなにも私のことを案じてくれていることに気づき、胸が熱くなった。



 聖地での評判が広まるにつれ、私の存在は王都にも届いた。


「エリシア様が生きている?」


 ある日、王都から使者がやってきた。王太子リオネルと義妹エミリアが、私を連れ戻そうとしているという。


「戻ってくるがいい。お前の潔白を証明し、再び婚約者として迎えてやる」


 届いた手紙には、そんな高慢な言葉が書かれていた。


「……冗談じゃない」


 私がどんなに傷ついたか、彼らは知りもしない。


 しかし、聖地を守るためにも、私は王都へ向かう決意をした。




 王都に戻ると、かつての知人たちは驚き、ざわめいた。


 リオネルとエミリアは余裕の表情で私を迎えた。


「エリシア、戻ってきたか。お前が本物の天使なら、証明してみろ」


「そうよ、お姉様。私たちの前で、もう一度善人ぶってみせて?」


 私は静かに目を閉じ、深呼吸した。


「証明する必要はありません」


 そして、王宮の大広間に集まった人々の前で、聖地の人々が語った。


「エリシア様は私たちの命を救ってくださいました!」


「彼女こそが、本物の聖女です!」


 証拠など必要ない。私を信じてくれる人がいる。それだけで十分だった。



 リオネルは愕然とし、エミリアは真っ青になって震えていた。


「そんな……! どうして……!」


「あなたたちがどう思おうと、私はもう昔の私ではありません」


 そう言い放ち、私は王宮を去った。


 迎えに来てくれたのは、ジークフリートだった。


「……行くのか」


「ええ。私は聖地で生きます」


「なら、俺も行こう」


 彼は私の手を取り、誓うように言った。


「お前を一生、守り続ける」


 それは、婚約の言葉ではなかった。ただ、心からの誓いだった。


 私はもう、“偽りの天使”ではない。


 聖地で、彼とともに生きていく。


 ――これは、私の第二の人生の物語。


《完》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ