08.帳簿付けにはハンバーガー(前編)
第一回商会会議から一か月。
本当に忙しい毎日だった。
この一か月、午前中に公爵令嬢の勉強が終わったかと思えば、午後からは商品開発と打ち合わせ。
ロアが揃ったことで、益々遠慮が無くなったキック達。
負けじと炊飯器片手に迫ってくるコール。
試食品に並々ならぬ期待を寄せる使用人達。
走馬灯のように、ここ最近の出来事が頭を駆け巡る。
私はもう少しゆっくり商会の準備ができれば良いなと思っていたけれど、マリッサの鬼仕切りが発動し、一週間後にオープン出来るまでとなった。
早くお金を稼いで安心したかったけれど、ここまで目まぐるしいのは全く望んでいなかったわ。何度夢で魘されたことか……。
何とか一段落し、やっと大量のおにぎりに押し潰される悪夢から解放されるのだわ。
「お嬢様、こちらの処理をお願いします」
━━ドン! と執務机に置かれたのは、……何かしら?
私が椅子に座れば、書類で隠れられてしまう程に、高く積み上げられているわね?
「こちらは商会を発足してから、今日までにかかった開発費の領収書です。会計帳簿の処理をお願いしますね」
あら? 私の耳がおかしくなったのかしら?
今日は久方ぶりの休日で、ちょこっとだけ商品の改良をしようと離れに足を運んだだけよね。作業に入る前に、紅茶で喉を潤していただけよね。ゆっくりまったり過ごす日だったはずよね。
それがどうして、書類の山に埋もれなければならないの?
「……帳簿付けは補佐役のマリッサがするのではないの?」
「補佐とは仕事の手助けをし、務めを全うさせる者の事です。この場合、お嬢様が帳簿付けを終えられるよう手助けはしますが、マリッサが直接帳簿を付けることは無いということです」
仕事が捗るように、紅茶のお代わりをお持ちしましょうかとか、冗談でしょ?
「私の手助けをするのならば、計算の手助けはしてもらえるのかしら?」
「誠に残念ではございますが、マリッサは計算が得意ではございません。お役に立てず申し訳ありません」
多少の怒りが沸き上がり、普段より丁寧な口調になる。
悲しげな表情をしても騙されませんからね。
ここの使用人達は、泣けば私が言うことを聞くと思っているわよね。間違っていないところが腹立たしいわ。
神妙な面持ちをしつつ、出来れば今日中でとか無茶振りしてくるのは止めて欲しい。
自分の商会なのだから、帳簿付けする事が嫌なのではない。一か月分、纏めて持ってこられたのが許せないだけで。
せめて一週間分纏めてとか、小出しにしてくれていれば処理も慌てずにすんだのに。
パラパラと帳簿を確認する。
一番始めにお父様から援助してもらった開発費の記載があるだけで、あとは真っ白で綺麗なものだった。
「領収書は日付順に並んでいるのかしら?」
「……確認しておりません」
「では日付が古い順に並べ直しておいてくれる? それは手助けの範囲でしょ? あと、紙と魔力ペン、インクを用意しておいて。紙は多めにお願い。私はこれから厨房へ行ってくるわ」
それだけ言い捨てて部屋を出る。
悲しげな声で畏まりましたと呟く声が聞こえたが、今回ばかりは優しくしないわよ。
一か月振りの楽しみにしていた休日を潰されたのだもの。
少しくらい優しくできなくても許して欲しい。
深呼吸して気持ちを落ち着けると、厨房へ急ぐ。
午後からはあの領収書の束を、やっつけなければいけないのだ。気力を補うために、美味しいものを補給したいわ。
「あれ、お嬢? 今日はゆっくり過ごす日だって言ってなかったっすか?」
「残念ながら、休めなくなったのよ」
食材庫に直行し、お目当ての肉を掴む。
ついてきたトックに使って良いか確認すると、良いと返事をもらえたので他の材料も合わせて持っていく。
発酵を終えたパン生地が残っているか確認すると、あると言われたので丸いパンを焼いてくれるよう頼んだ。少しだけ潰し、上に胡麻を振るようお願いする。
「━━お嬢。……何か怒ってんのか?」
「あらキック。そんな風に見える?」
「あぁ……、いや、━━何か手伝おうか?」
ダンダンダンダンダンッ!!
「いやいやいや、お嬢めっちゃ怒ってんじゃん!」
「あらロア、暇ならフライドポテト揚げてくれる?」
ダンダンダンダンダンダンダンッ!!
会話中もずっと手元で鳴り響いていた音。食材庫から持ってきた肉を、両手に包丁を持ち、ひたすら細切れになるまで叩いていたのだ。
無言で叩いていたから、キック達は私が怒っていると勘違いしたのかもしれない。まぁ、叩き出した時は少し苛立ちが残っていたが、今は楽しくてしかたない。
「申し訳ないけど今日は急いでいるの。皆の分は作れそうにないから、食べたければ一緒に作るか見て覚えてね」
作っているのは手軽に食べられるハンバーガーだ。
牛肉100%のチーズバーガーと、テリヤキバーガーを作ることにした。
ロアが早速肉を叩き始める。力の差なのか、細切れになるスピードが早い。トックは追加でパンを焼き始め、素晴らしく連携がとれていた。
ストレス発散に叩くのもいいけれど、やっぱりミンサーが欲しい。毎回叩くのは手間がかかるもの。時間が空いた時に試作してみてもいいわね。
昼食作りを終えたのかピークスとアンカーも手伝うと言ってくれたので、玉ねぎのみじん切りなどを頼んだ。
焼き上がったパンの大きさに合わせて肉を丸め焼いていく。プレスするのに、小鍋の蓋を使わせてもらった。
「あとは半分に切ったパンに挟むだけよ。取り合えず、味見でプレーンのハンバーガー食べてみて」
そう言ってパティ、玉ねぎのみじん切り、ピクルス、ケチャップだけをサンドしたハンバーガーを切り分ける。
「玉ねぎとピクルスがアクセントになって旨いな」
「そうなの。私はピクルス増々派なの!」
今後作ってもらう時のため、ピクルス好きをアピールしておく。
「これも携帯食にぴったりじゃないですか?」
ピークスの言葉に皆同意している。
開店して余裕ができれば、ハンバーガーを商品に追加してもいいかもしれない。キック達も挟む具材を楽しそうに検討しているし。
「お嬢が鬼のように胡椒入れるからどうなる事かと思ったけど、めちゃ旨い!」
そうね。黒胡椒を振り入れている時、ロアったら信じられない者を見る目付きしてたものね。気付いていたわ。
「具材は好きなものを自由に挟めばいいわ。あっ、ロア! 前に火竜のお肉を燻製にしていたわよね。少し分けてくれない?」
「いいよ。お嬢のために作ったものだし」
「ありがとう! ━━分厚く切った燻製肉を炙って、レタス、トマトを挟めばBLTバーガーの完成よ!」
ドラゴン肉の燻製で作るなんて、贅沢よね。
これも切り分けて味見してみる。
「あっ、これダメなやつだわ」
「……そうだな」
「もう死んでもいいっす! いや死んだら食べられなくなるから、やっぱダメっす!」
「うまい」
「俺一人で火竜狩れるでしょうか……。無理かな……」
「あはははっ! やっぱ火竜仕留めて正解だったわ!」
全員の語彙力が無くなる程の美味しさだった。
燻製がこの世界に無かったので、ベーコンを作ってもらったのだ。その時、ロアが火竜肉を一緒に燻製していたのを思い出したのだ。
思い付きで挟んでみたが、美味しかった。
美味しすぎた。
他の使用人達にバレれば騒動にしかならないので、速やかに封印することにした。
「酷い! 僕をのけ者にして、何食べてるのさ?」
「コールも来たのね! ちゃんとコールの分はよけてあるわよ!」
酷いと言いつつ笑っているコールに、BLTバーガーを差し出す。コールは会議の後から、うちの屋敷で一緒に暮らしている。王都にあるアンガークリフ邸もそう遠くないはずだが、帰るのが面倒らしい。離れで寝泊まりして良いかと聞かれ、2日に1回私の魔法学の授業もあるし、お父様が客室を用意したのだ。
疑問があればすぐ聞きに行ける距離なのでありがたい。
「なにこれ!! これはダメでしょ!」
「火竜の燻製肉な! これは俺達の研究用だ!」
コールも一か月の間に、パブロギルス公爵邸の使用人の恐ろしさを知ったのである。食が絡むと恐ろしいのだ。
もちろん彼らは優秀なので、お父様やお客様がいるときは一瞬の隙もない。後でどんなに暴れようが、当主とお客様の前で乱れることはない。
コールもアンガークリフ家の子息と知らされ、3日位はお客様扱いされていた。しかし毎日厨房で過ごし、そんなに畏まらなくていいと本人から言われると、さっさとお客様扱いを止めたのだ。
牛丼の玉ねぎの量が少ないと怒声を響かせ、肉一欠片を巡って胸ぐらを掴み始めたときには、ドン引きしていたものね。
「何言ってんの、キック! この火竜は俺のだから」
「俺たちの間で何ケチ臭いこと言ってんだよ!」
「でも火竜は中々狩れるもんじゃないしー」
「ちょこっとくらい、いいだろうが!」
「んー……、条件次第かなー」
「何だよ、条件って」
「それは後で考える!」
「チッ!」
━━よかったわ。喧嘩が始まらなくて。
この二人の兄弟喧嘩は本当にはた迷惑なのよね。
ハンバーガー作りが楽しすぎて、予想外に時間を使ってしまったわ。まあいいか……。
料理人達に混じって、コールもハンバーガーの具材をあれやこれやと言い合っている。
ピークスが大層気に入ったマヨネーズが常備されているので、ケチャップとピクルス等をまぜたソースも作ってみた。
これもピークスのハートを撃ち抜いたらしい。
そんなに追加でソースを作ってどうするのかしら?
スプーンで掬って食べますって、冗談よね?
「そういえば、この中で計算が得意な人はいる?」
チーズバーガーを作りながら、何となく聞いてみる。
帳簿付けを少しくらい手伝ってもらえないかなとか、希望を捨てきれていないのだ。
「あー、計算か、まぁ得意ではないな」
「10までの計算であれば間違わないのですが」
「グラムの計算しかできない」
「俺もっす! グラムは計算できるんすけど、他の数字見たら無理っす」
「うーん、苦手ではないよ」
「僕も一通りは出来るよう訓練されているかな」
アンカーとトックはグラム計算できるのであれば、普通に計算できるのでは? と思ったけれど、料理以外の数字を見ると途端に頭が動かなくなるそうだ。キックとピークスもグラム計算なら出来ると得意気だけれど。
以外にもロアが、計算できるみたいな言い方だ。
コールは公爵子息だもの、当然勉強しているわよね。
それならば、少しくらい手伝ってもらえるかしら。
「そういやロアは器用だったよな。足の指使ってよ」
「うん。足の指独立して動かせるし、助かったよ」
? 足の指って何かしら。
今は計算の話をしていたはずなのに。
「ロア、足の指使うの得意なんだ? 僕は小さい頃から足でボール掴んだりとか、指が動くよう練習させられて、大変だったよ」
「そうそう、俺たちもさせられた! キックはそれで何回も足の指つってたもんね」
「あれ痛いんだよ。それで計算苦手になったわ」
あら? 計算の話に戻るのね?
計算するのにボール掴みだなんて、どういう関係があるの?
「俺、手の指を早く正確に折るのも得意だし」
「僕も指はピアノで慣らしたから、早く折るのは得意だよ」
今度はどうして指を折るの? 痛いじゃない。
計算間違うと体罰を受けるって、そういう話?
「あの、さっきから何の話をしているの?」
「ん? 計算の話でしょ?」
「計算が得意かって聞いたよね?」
私の質問に、キョトン顔で返されてしまったわ。
キョトンとしたいのはこちらなのに。
「計算するのに、足とか手とか、何の関係があるの?」
「え? 計算する時は手と足の指を使うよね」
「うん。いかに早く手の指を折って、足を使うかだよね」
「ふふふ! 面白いわ! 皆でそんな冗談言って」
皆で私を騙そうと、冗談を言っているのね。
ちょっと面白かったわ。
それにコールも、随分皆と仲良くなったのね。
そう思っていたのだけれど。
「えっ!! 冗談じゃないの?!」
一つも冗談は混じっていなかったらしい。
詳しく聞くと、この世界の計算は、10まで指折り数えたら足の指を1本立てる。また10まで指折り数えて、足の指を1本立てる。これで20まで足せた事になる。引き算の時は逆にするらしい。
100以上になった場合は、足の位置をずらしていくとか、逆に高度すぎない?
掛け算と割り算なんてもっての他。なにそれ状態だった。
「コールは10まで片手派? 両手派?」
「僕は片手派だよ。そっちの方が正確だった」
「そっかー。俺は両手派!」
計算の話題で片手派とか両手派とかあるのね。
とっても楽しそうだもの。
キックとトックは片手派で、ピークスとアンカーは両手派なのね。全く必要のない情報をありがとう。
お嬢は? と聞かれても……。曖昧に笑っておいた。
「それで? どうして計算の話になったの?」
どうしよう。指折り数えるって戦力的にどうなのかしら?
でも……、ちょっと見てみたいわね、計算する姿。
「実は、これから商会の会計帳簿を付けなければいけないの。だから少し手伝ってもらえたらと思って」
「あー。帳簿の計算か……」
「━━僕は午後から忙」
「報酬は今から作るテリヤキバーガーよ!」
断られそうな雰囲気満載だったので、断られる前に報酬を被せてみた。テリヤキソースは少量しか作っていないのだ。新しい味にロアは食いついてくれるかもしれない。
「私はテリヤキバーガーが一番好きなの。このタレが甘辛くて最高よ! でも今は皆の分は作ってないの。追加で作る時間もないし。私の分を除けば、あと2個分くらいかしら? 手伝ってくれる人に進呈するわ」
「俺やる!! 足使えるし!」
「僕はシアの師匠だしね。手伝ってあげる」
よし、ロアは勿論だけれど、コールも釣れたわ!
他の料理人達が叫び出しそうだったので、後日作る約束をした。後日って明日だよなって、目を血ばらせて迫ってこないで欲しいわ。




