07.第一回クルクリ商会会議(後編)
「━━お、お、おじょ。う、ううぅ、おじょー。びど……い、おでを、おでをながま、はずれにじで。う……うぅ」
やっとコールの笑いが収まり、使用人達の3時のおやつにおにぎりを作ることにした。色々な具材で作り、人気があった具材を商品化する事に決め、作り出そうとした時だった。
厨房の入り口に、薄汚れた男が現れたと思った瞬間、私の足下まで近寄り、這いつくばって泣き出したのだ。
コールの魔力量が一気に上がったのを感じたため、攻撃しないようお願いする。
キック達はこの男が誰だか分かっている為、憐れむような目を向けている。先程同じような事をしていたものね、キック達も。
「ロア、来た早々どうして泣いているの? 髪の毛も葉っぱだらけだし、泥まみれよ。服もこんなにボロボロで。……誰もロアを仲間外れになんてしてないわ」
「うぞだ! おでのごど、なが、まはずれ。うわーうぅ……」
屈んで男に優しく話しかけたが、泣き止んで貰えない。
拗らせ料理人パート5の登場である。ある意味、キック達より面倒臭い人物で、公爵領邸の料理人だ。
過去一度だけ泣かしてしまった事があるのだが、その時も宥めるのが大変だった。
「どうしてロアがここにいるの?」
マリッサに顔を向け聞いてみる。
「さあ、どうしてでしょうね? 公爵領には一昨日、伝書鳥を飛ばし、お嬢様が信頼する料理人達と、新しい商会を立ち上げると伝えただけなのですが」
絶対にそれの所為よね。
マリッサは絶対こうなる事を予測していたはずよ。
「ロア、泣かないで。本当に仲間外れだなんて、そんな事しないわ。今日、ロアをこちらに呼ぶ手紙を出すところだったの。手伝ってもらいたくて。だから、手紙を送る前に、急いで来てくれたのは、とっても嬉しいわ」
そう言って、ロアの髪の毛にくっついている葉っぱを取りながら、頭を撫でてあげる。嘘も方便よ。
マリッサ……。ばっちい物を触ってはいけませんって言うけれど、こうなっているのはマリッサのせいですからね!
「━━ぼん、どに?」
「勿論本当よ! ロアも信頼する料理人だもの」
よしよし、ロアの体勢が、這いつくばっていた状態から、座り込むところまで立て直せたわ。
それにしても本当に汚れているわね。着ている服をよく見るとコック服だった。元の白色が分からない程に、茶褐色に変色している。
あれ!? これ血じゃないの!?
「ロア、あなた腕怪我してるじゃない! ━━****!」
咄嗟に前世で唯一していた、某有名RPGゲームの回復呪文を唱えてしまった。でも腕の傷は無くなっているし、無事直せたみたいで良かった。
「シア! 今の回復魔法だよね! 何って言ったの? 聖魔法も使えるの?」
興奮したコールが私の肩を掴んで揺さぶり、それを見たマリッサがコールの両腕を叩き落として文句を言う。足下には今だにグズグズと泣いているムキマッチョ。それらに関わりたくないと、一歩引いて虚ろな目で見つめる料理人達。中々カオスな空間に仕上がっていた。
「ロアも揃ったことだし、新たに鶏五目のおにぎりも作ろうかな! ロア、手伝ってくれる?」
あの後、どうにか皆を宥めすかし、3時のおやつ作りに取り掛かる事に成功した。
執事長のステファンが、あのタイミングで来てくれて本当に良かったわ。もう少し遅ければ、マリッサとコール、ロアとキックで戦いが始まるところだった。
「あら、もう全部具材を切り終えたの? さすがロアね!」
折角直った機嫌を損ねないよう、誉めるが勝ち。
泣き出したら面倒なロアだが、料理の腕は超一流なので、本当に凄いスピードで下準備を終わらせていく。
「そうだ、お嬢にお土産があったんだ!」
お米の鍋を火にかけた後、ロアがそう言いながら、使っていない広めの作業台に移動する。
「キック! 手伝って」
「やっぱりあるのかよ。服についてた血も、殆ど返り血だったんだろ?」
「俺の行く手を阻んで邪魔だったから倒しただけ。腕は急いでて、木に引っ掻けたんだよ」
服にあんなに血が付いてると思ってなかったと言いながら、ロアがマジックバックから次々と巨大な肉塊を出していく。他の料理人達も集まり、興味津々だ。
因みにロアは余りにも汚かったので、シャワーでさっと汚れを落とした後、マリッサにクリーン魔法を掛けられていた。
「うわ、これデビルスネークの肉っすか! めちゃ脂のってて旨そうっす!」
「こっちはジャイアントブル、……5頭分ありますよ」
「囲まれちゃって。1頭だけ倒して先に進もうかと思ったけど、旨いじゃん! 結局全部狩っちゃった」
話しながらも、トックとピークスは手際よく肉塊を部位毎に捌いていく。捌いた肉は、時間停止が付いたマジックバックに入れられる。
「ほら、キックの大好物だよ。流石に倒すの面倒だから、避けようかと思ったけど、シチューにしたら旨いもんな。お嬢にも食べさせたくて」
そう言ってロアが取り出したのは、……何それ?
「わーお! キメラじゃん! デビルスネークといい、レア物ばっかとよく遭遇できたな。久しぶりのキメラシチュー、早く食いてぇ!」
「何で探してる時は居ないのに、先を急いでる時に限って、狙ったように出てくるんだろうね」
ロアからキメラを受け取ったキックは、アンカーと共に嬉しそうに解体している。キメラは希少で素材も高値で売れるから、丸ごと持ってきたそうだ。三つの顔がこっちを見ていて怖いわ。
「んで、お嬢へのとっておきのお土産はこれ!!」
ズドーン!!! ともはや作業台には乗せられず、床に置かれたもの、……それは火竜。
私でも知っている、と言うか『冒険者の心得』に載っていた、遭遇したら逃げるべき魔物第3位じゃないの!
「ロ、ロ、ロア? あなたの冒険者ランクは?」
「ん? 俺? 今Aランクだよ」
「嘘おっしゃい!『冒険者の心得』に火竜はSランク4人以上揃えて挑みましょうって書いてあったわ。一人で倒せる訳ないでしょう!」
「えー、何その本。ウケるんだけど。この火竜は成体になったばっかの若い個体だし、一人でもいけるかなって。少しは手こずったけど、氷魔法得意だし、熱い攻撃は得意なんだよね」
泣き虫のくせに、普段は飄々としてるのよね。
デビルスネークを捌き終わったトックが、必要な道具取ってくるっす、と言って走っていった。
他の魔物は倒した直後に魔道具で血抜きをしてきたのだが、竜は血ですら高値で売れる。その為、解体する時には特殊な道具が必要で、人数も必要とする。
僕も手伝うよと、コールも解体の輪に入っていく。
「はじめまして、僕はコライゼン・アンガークリフ。シアの商会で魔法全般の担当をする。コールと呼んでくれ」
「よろしく、コール。俺はロアック・ポワッツ。ロアでいいよ。顔で分かるかな。キックの双子の弟だよ」
「似てると思ったよ。それにしても、この火竜綺麗すぎない。どうやって倒したの?」
「んーと、翼を氷漬けで飛べなくして、足も動けないようにして、コアを狙った感じかな」
どうせ、美味しくいただく部分を多くしたかっただけだろとキックが突っ込んでいる。
「だって火竜旨いじゃん。本当は首チョンパしようと思ったけど、血を多く売って、他の旨い食材買った方が良いかなって」
じゃあ素材売った金で水耐性てんこ盛りの装備買って、リヴァイアサン狩りに行こうぜ、ってキック、待ってちょうだい。『冒険者の心得』には、遭遇したら逃げるべき魔物第2位と書かれているわよ!? どうして軽く、狩りに行こうとか言ってるの?
ピークス達やコールまで! 楽しそうとか言ってるけど、命懸けの遠足になってしまうわよ?
「お嬢様、相手は脳に、料理と筋肉と魔法の事しか詰まっていない者達です。理解しようとするのは無駄です」
「マリッサ……、そうね、疑問に思ったら負けよね」
でもこのメンバーなら、本当に簡単にリヴァイアサンを仕留められそうだわ。
◇
「ジョー爺!! 死ぬな! 吐き出せ!」
従僕がジョー爺の背中を、力一杯バンバン叩きながら叫んでいた。
「━━げほっ! げほごほ、ごほっ。痛いわい! そんな力込めて叩くやつがあるか!」
どうやら、おにぎりを口に詰め込み過ぎて、喉を詰まらせたらしい。慌てて食べなくても、誰も取らないのに。
おにぎりは全部で10種類。具無し、ツナ、おかか、鮭、肉味噌、昆布、高菜、鶏五目、わかめご飯、爆弾おにぎり。
私は鶏五目を追加で作っただけで、残りの具材はキック達が作ったものだ。一度食べただけで、ご飯に合う具材を思い付くだなんて、さすがだわ。高菜漬がこの世界にもあったことに驚いた。
「ジョー爺、ゆっくり味わって食べてね。2種類選んで投票してもらうんだから」
使用人達は私が『刻語り』だと知らされると、早々に『沈黙の契約』を交わし、商品開発の味見係を願ってきた。
冒険者用の軽食だと伝えたのに、皆前のめりだった。
「それにしても、んぐっ、米って旨かったんですね! お嬢は“奇跡の飴”だけじゃなかった! 信じて付いてきて良かったー!」
従僕が満面の笑みでおにぎりを頬張りながら叫ぶ。
私は付いてきてってお願いした事はないし、寧ろ付いてきて欲しくなかったわ。
そしてあなたよね、私に変な渾名を付けるのは。
次こそはかっこいい渾名を付けてもらうわよ。
奇跡の飴は、過去私が作ってもらったレシピで唯一成功した物だ。果物に飴をかけ固めたもので、飴は砂糖と水を煮詰めるだけのため、試行錯誤の末何とか完成したのだ。
実はキックとロアもこの果物飴に釣られて公爵家にやってきたのだ。まさか従僕までもが、果物飴に釣られていたとは。
この国はパンとチョコレート技術は素晴らしいのに、その他のお菓子はあまり美味しいものが無い。飴も私が言い出すまで無かったものだ。
私と同じような『刻語り』の人が、好きな物を発展させていったのだろうか。この国の技術はかなり隔たりがあるのよね。
おにぎりは種類が多い為、さすがに休憩時間に全てを食べるのは無理だろうと、投票は明日してもらうことにした。
「おにぎりの評価も上々みたいで良かったわ」
「俺は爆弾おにぎりは絶対商品化するべきだと思うぜ」
「俺も爆弾おにぎりはいいと思います」
キックとピークス曰く、がっつり手早く食べたい冒険者には、爆弾おにぎりが絶対うけるだろうと。他の皆も推してくるため、爆弾おにぎりは投票を待たずに商品化することにした。
今日の予定は、丸一日商会会議に当てていたので、このまま続けて作業する事にした。
コールは炊飯器の仕様に、お米の火加減の時間を計っている。お米が追加で炊かれているので、新しいお米料理を作るのもいいかもしれないわね。
キックとトックは嬉しそうにキメラシチューを仕込んでいた。じっくりコトコト煮込むのが大切らしく、食べられるのは明日以降になりそうだ。
私はピークス達と会議で余った携帯食の豆を砕き、細かく切ったドライフルーツと合わせてカロリーバーの試作をしていた。少し甘いものが食べたくなったのだ。
溶かしたチョコと混ぜ合わせて固めてみる。
美味しいけれど、物足りない気がする。料理人達も同じようで、後日色々組み合わせて作ることにした。
ピークスとアンカーがカロリーバーの話で盛り上がってしまい、どうしようかなと周りを見渡せば、ロアが作業していた。
火竜の肉の一部を熟成させるらしい。
熟成肉のステーキが一番美味しいそうだ。これは一週間程寝かせるそうで、とっても待ち遠しい。
「そういえばロア、黒の樹海を抜けて来たのよね?」
公爵領から王都までは馬車で二日掛かる。
ロアが昨日伝言鳥の手紙を受け取って、急いで来たにしても着くのが早すぎる。そう思って聞けば、黒の樹海を突っ切って来たと、事も無げに答えたのだ。
確かに黒の樹海を通れば、公爵領から王都まで直線的に来れるため、すごーく頑張れば一日で着くかもしれない。けれど、高ランクの魔獣が多く危険なため、誰もそんな無茶はしないのだ。
「だって、早く来ないと、俺以外の料理人雇うかもしれないと思ったら、居ても立ってもいられなくて……」
「ロア以外の料理人を雇うなんてしないわよ! 急いで来てくれてありがとう!」
ロアが目を潤ませ泣き出しそうになったので、慌てて否定する。また泣かれては、ものすごく面倒だもの。
「それで、あちらの屋敷を出る時、何と言って出てきたの?」
「ん? 急いでたし、荷物纏めて出て来ただけ」
「━━そう」
先程ステファンがジャストタイミングで現れたのは、領地から伝書鳥が、お母様からの手紙を届けたためだ。
『 愛するシシリー
ロアック出奔。
シシリーが拾って来たのだから責任持って、
最後まできちんと面倒みなさい。
勿論キリックもね。二人とも返品不可。
今後新しい料理を作ったら逐一報告する事!
忘れたらママ本気で怒るわよ!
ママより 』
まず第一に、私が拾って来た訳じゃないわ。
勝手に押し掛けてきたのよね、二人とも。
二人揃うと面倒だから、どうにかロアを領地に置いて来たのに。━━今さらどうにも出来ないし、諦めましょう。
「お嬢、何作ってるの?」
「ロアは一日で森を抜けて来て、疲れてるでしょ? 魔力回復にガッツリした料理を作ってあげようと思って」
ロアが急に来たのは想定外だったけれど、私の為に一生懸命来てくれたのだ。新しい料理で労ってあげたくなったのだ。
ついでに私も食べたくなったのだけど。
食材庫を覗いたとき、美味しそうな豚肉があったのよね。
キックに聞いたら使っても良いと言ってたし、これで豚カツとカツ丼を作るのだ。
揚げるのは今だに任せてもらえない。
早く私が揚げても大丈夫だと説得しなくては。
アンカーに揚げ物をお願いしていると他の料理人達も集まってきた。ロアの為に新しい料理を作ると言ったら、皆の目がギラついた。とっても怖いわ!
もちろん皆の分も作るわよ!
「揚げてもらったトンカツを卵でとじれば完成よ!」
器に盛ったご飯の上にのせれば、ロアの目が輝いた。
「これがカツ丼!?」
「そうよ、食べてみて! トンカツはソースをかけてね。キャベツが箸休めに丁度良いのよ」
私が大根おろしと醤油でトンカツを食べていると、キックが何だそれと聞いてきた。あっさり食べられるから、この食べ方が好きだと伝えると、トックが大根を大量におろしだした。
子供の腕で大量の大根おろしは疲れるので、マリッサと自分の分しか用意していなかったのだ。
それに合わせてピークスとアンカーが阿吽の呼吸で追加のトンカツを揚げていく。
カツ丼とトンカツの食べ方で皆が大騒ぎしていると、厨房近くを通りかかった使用人一人にバレ、瞬く間に邸中に駆け巡った。一時仕事を放棄した使用人達が押し寄せ、夕飯をカツ丼にする事で騒ぎが収まった。
本当にここの使用人達は食が絡むと怖いわね。
食べ物の恨みは恐ろしいって本当だったのね。




