02.先生はどうして辞めたのか
「今日は午後から魔法の授業よね。楽しみだわ!」
二日に一度と決められている魔法の授業。
昨日は頭を打ったため一日寝かされていたから、今日が二回目の授業のはずだ。
ウキウキと着替えの準備を始めようとすると、マリッサに止められた。
「本日の魔法の授業は無くなりました。それについて、旦那様がお呼びですので、今すぐ参りましょう」
!? とっても楽しみにしていたのに、どうして……? ショックが大きすぎるわ。
「失礼します。お父様!! どういう事ですか? なぜ魔法の授業がお休みなのですか!?」
ノックの返事を待たずに部屋に入ってきてはいけないよ、とか今は聞いている場合ではない。私の明るい未来の為に、魔法の授業が無くなっては困るもの。
「シシリー、まずは元気そうで良かった。頭を打ったと報告されて心配したよ。無茶はしないで欲しいのだが……」
「ありがとうございます。私はこの通りピンピンしています。頭も全く痛くありませんし、魔法の授業は予定通りでお願いします!」
元気アピールで跳び跳ねてみたけれど、お父様からは困った顔が返された。
「残念だが、暫く魔法の授業は受けられないかもしれない。━━シシリー、聞きたいのだが。前回の魔法の授業で、先生の話も聞かず勝手に飛んだそうだね。しかも箒で。……しかも王宮まで行ったというのは本当かい? そもそも、どうして飛ぼうと思ったのか聞かせて欲しいな」
どうしてそんな事を聞くのかしら? 確かに先生が止めるのも聞かずテンションが上がりすぎて、勝手に飛んでしまったけれど。魔法使いが空を飛ぶのは当たり前の事なのに。
「先生の言いつけを守らず、勝手に魔法を使ってしまって、申し訳ありません。でも、やっと魔法が使えると思ったら、すぐに飛んでみたくなってしまって……。魔法使いと言えば、箒に股がって飛ぶでしょ! 本当はローブも欲しかったけれど間に合わなかったから諦めました。そこに丁度、庭師が箒を手にやって来るのが見えて、少し借りてしまいました。王宮へは……、飛び上がった瞬間、一番目立つ目印だったので、飛べた事に気分が盛り上がりすぎて、何も考えず向かってしまいました」
「━━魔法使いと言えば箒に股がって飛ぶ……?」
「?? 魔法使いと言えば、黒いフード付きのローブを身に纏って、箒に股がって飛ぶのが常識ですよ……ね?」
あら? 私が思い描いている魔法使いの常識は、本当にこの世界の魔法使いの常識なのかしら? そう言えば、この世界で空を飛んでいる魔法使いを今まで見たことが無かったかも……。
もしかして……ここでも前世の記憶が影響していたのかしら?
確かに、昨日前世の記憶を思い出す前から、この世界に無いものが欲しいと言っては困らせていたわね。
記憶が戻った今と違って、ふわっとしたイメージしか伝えられないし、作り方も分からなくて皆とても困っていたわ。
だから変わった子だと言われていたのだけれど。
「えーっと、その、以前、何かの本に書かれてあったのを読んだのです。魔法使いは黒いローブを身に纏い、箒に股がり空を飛ぶと。そのイメージが強すぎたのかもしれません」
よく考えれば、貴族であるお父様が箒に股がり空を飛ぶだなんて、とってもシュールだわ。
貴族に箒は似合わないから、何か箒に変わる物を作った方がいいわね。箒のせいで魔法を教えて貰えなくなるのは困るもの。
「今後は箒に変わる物を探すか、作るかします。これからは、絶対に先生の言うことは聞きます。ですから、どうか魔法の授業を受けさせてください!」
これだけ力説しているのに、お父様の顔は渋いまま。
どうにか魔法の授業は続けて貰えなければ困るのだけれど。
「可愛いシシリアーナのお願いは叶えてあげたいけれど。……君、王宮まで飛んで行った後、高笑いをしていたそうだね。その事が、王宮を襲撃する謀反を企てていると疑われたよ。まぁ、そんな事は絶対に無いと言って謝罪したし、陛下も分かっていると仰ってくださったけれど。……そもそも箒うんぬんではなく、飛ぶという事が問題なのだけれどね」
気分が高まると自然に出てしまうのよね、高笑い。これも悪役令嬢だからかしら? 気を付けなくては。
それにしても、こんな小娘が王宮に飛んで行ったくらいで謀反を疑われるだなんて。偶々陛下が窓際に立っていらしたから、にっこり笑って手を振ったら、振りかえしてくださったのに。
お父様はこの国の宰相を勤めており、陛下は幼い頃から私を可愛がってくれ、日頃から親しくさせて貰っているのよね。
どう説明すればお父様は分かってくれるかしら、と頭を悩ませていると思ってもない事を告げられた。
「シシリー、色々問題はあるのだけれど、魔法の授業を続けられない一番の理由は、先生が居ないことだ」
「それはどういう事ですか?」
「実はシシリーが頭を打った日、ガラット先生からこれ以上シシリーに魔法を教えるのは無理だと言われたよ。何とか引き留めようとしたのだが、聞き入れて貰えなかった。だから次の先生が見つかるまでは魔法の授業は再開できないのだよ」
「━━そう……、なのですか……」
あの後、次の先生が見つかるまで絶対に魔法を使ってはいけないよと約束させられ、部屋へ戻ってきた。
今は絶賛放心中。
私の面白おかしい、幸せ平民ライフが遠退いてしまうわ。
でもお父様は今後魔法を教えないのではなく、先生が見つかれば魔法の授業を再開すると言っていたもの。
私の未来の為に、早く魔法の先生が見つかってくれれば良いのだけれど。
それにしてもガラット先生はどうして急に辞めてしまったのかしら? 確かに言う事を少し聞かなかったけれど、初日で気分が盛り上がり過ぎていただけなのに……。
「それにしても、お腹が空いたわ!」
いつまでも、すぐに解決しない事を嘆いていても仕方ないもの。次にやるべき事を考えようとして、クゥとお腹が鳴った。
朝食、おやつ、昼食と何時もより多くの量を食べたにも関わらず既にお腹が空いてしまっている。いつもそれ程食べる方ではないのに、どうしてしまったのかしら?
「それは魔力切れを起こした後遺症ですね」
マリッサが的確に私の思考を読み答えてくれる。
「魔力切れせずとも、体内魔力を使えばそれを回復する為にいつもより多くのエネルギー、食事を必要とします。お嬢様は膨大な魔力を使いきった為、回復にも時間がかかると思います」
マリッサから聞かされた話によると、魔力回復に食事を必要とするらしい。
それはエネルギー量が多ければ多いほどより早く回復するとの事。エネルギー量が多いって事は、高カロリーの食事と解釈しても間違ってはいないわよね。
素晴らしいわ! 魔法を使った後は高カロリーの食事も気兼ね無く食べられるって事よね! 魔力が回復すれば食欲も元に戻るらしいので、きちんと制限すれば体型維持には事欠かないはずよ。
そうと決まれば、まずは厨房へ突撃ね。
「お嬢、今日はどんな料理を思い付いたんだ?」
料理長が笑顔を引きつらせながら近づいて来る。
記憶が戻る前、ぼんやりとした記憶にある食べ物を作って貰おうと頑張って説明したのだが、出来上がった物は微妙な食べ物ばかりだった。
料理長がどうにか頑張ったお陰で不味くはない、不味くはないが美味しくもない仕上がりの料理が作り出されていた。
その為、また私が思い付いた変てこな食べ物を作らされると思っての微妙な顔だろう。
「今から厨房の片隅を貸して貰うわね。食べたい物があるから、作らせてもらうわ。材料はじゃがいもと」
「お嬢が作るのか!? 昨日寝込んでたって聞いたぞ。病み上がりだし、どんな料理か説明してくれたら作るぞ」
「んー、今日作りたいのはフライドポテトなの。ほら、以前作って貰って失敗した揚げ芋よ。今日は久しぶりに作りたい気分だし、手が空いてたら手伝ってくれると嬉しいわ」
前世の記憶が戻った事で、前世主婦だった私はフライドポテトの正しい作り方を知っている。自分で作ってしまった方が美味しく出来るもの。
微妙な顔の料理長の横を通り越し、食材庫に向かう。
小さい声で「あのギトギト油芋をもう一度?」とか言ってるのは聞こえているんだからね。
確かに以前ふわっとした記憶で作って貰ったフライドポテトは酷かった。油で揚げた芋としか分からずそう伝えたら、油まみれのクタっとした芋が出来上がった。料理長がどうにかしようと奮闘した結果、小洒落たソースがかかっていた。
これじゃない感満載の油芋だった。
あれはこの国の油調理に問題があったのだと、記憶が戻った今なら分かる。この国には揚げ物料理がない。あるのは低温油でじっくり煮るコンフィなのだ。
そういえば揚げるとは? と聞かれ「沢山の油で火を通す事のような……」と答えたわね。
何度もそんなやり取りをしていると、料理長達の口調も乱れておかしな喋りになっていたから、今では普通に話してもらっている。たまに遠慮なさすぎでしょ、と思う時もあるけれど。
食材庫でじゃがいもを手に持ちその他の材料を探していると、料理長が手伝うよと籠を持ちやってきた。
小麦粉と片栗粉……、見れば色々なスパイスも揃っているのでシンプルに塩だけと味付きの二種類を作ってもいいかもしれないわね。
折角油を使うのだから、ついでに唐揚げも作ってハイカロリー祭りにしたら素敵じゃないかしら!
鶏肉に手を伸ばしていたら、後ろで料理長が「おいおい、そんなに食材を無駄にする気か?」とか言ってるのも聞こえているんだからね。
厨房に戻り食材を広げていると、周りに料理人達が手伝いますよと集まってきた。公爵家の料理人は全員で四人。またお嬢様が変な食べ物を作り出したぞと微妙な顔をしている。
「まぁ、今までの事があるから信用出来ないのも仕方がないわ。でも今日こそは、本当に美味しい料理を作って見せるわよ! 吃驚して頬っぺたを落っことさないよう気を付けてね!」
自信満々に宣言するも、料理長達は誰一人として微妙な顔を崩さなかった。今日こそは絶対に美味しいと言わせてみせるわよ!
因みにマリッサは、私の邪魔にならない位置で見守ってくれている。
昨年の誕生日にお父様からのプレゼントとして、料理長立ち合いの下に限り自由に料理する権利を貰っている為、マリッサに止められる事はない。
「じゃがいもは綺麗に洗ってくれたのね。じゃあ今回は皮付きで作ろうかしら。ボールにお水を張っといてくれる?」
料理人達から皮剥かないんですか! とか信じられない目を向けられているけれど気にしない。出来上がりに吃驚すればいいわ!
じゃがいもを手際よく拍子木切りし水に入れていく。
使用人達のおやつ分も一緒に作ろうと思ったので結構な量のじゃがいもを準備していたが、皮がと言いつつ料理長達も同じように切ってくれたのであっと言う間だ。
基本的に余程危険な行為をしない限り、私が予測不可能な料理を作ろうと自由にさせてくれる。
じゃがいもを少し水にさらしている間に、鶏肉を切って下味をつける。前世の私は、しっかり下味のついた唐揚げが好きだった。
調味料も前世と同じ物が揃っていたのは好都合だわ。
醤油とニンニクをがつっと効かせた味で、絶対に料理長を虜にしてみせるわ!
料理長達も私が鶏肉に迷い無く味付けしていくのを見て、段々いつもとは違うかもしれないと思い始めたのか、一人がメモを取り出した。
よしよし。これで成功すれば、次から美味しいフライドポテトと唐揚げを作って貰えるわ!
じゃがいもの半分はこっちに、そっちはこのスパイスで味付けしてと料理長達に指示していく。使える人達は遠慮せず使う。使用人全員分となると量が多いし、私一人だと大変だもの。
いよいよ揚げるわよと意気込んでいると、料理長から焦った声で止められた。
「油の温度、高すぎじゃねえか? そんな高温の油に食材ぶちこむ何て聞いた事ねえぞ! お嬢にそんな危険な事させられねえよ!」
「揚げ物で大切なのは油の温度よ。今までは低すぎて微妙な仕上がりだったけれど、これが正解の作り方なのよ」
胸を叩いて心配しないでと伝えたけれど、料理長も引いてくれなかった。仕方ないので油から少し離れて指示をする。
火傷してしまうと料理長に迷惑がかかるもの、素直に言う事を聞くしかないわ。
その後、油の温度を変えて二度揚げしたいと伝えると、結局鍋を四つ使ってどんどん揚げていく事になった。
揚がった芋に塩を振り、味見でパクリ。
「これだわ! 私が食べたかったフライドポテトはこれなのよ! 料理長も食べてみて!」
料理長も芋を一本手に取り、おそるおそる口に運ぶと、一口食べて目をカッと見開いた。ちょっと怖い。
ふふふっ、フライドポテトの本来の美味しさに吃驚しているようね!
もう『ギトギト油芋』だなんて言わせないわよ!




