11.オープン準備
王都から二日ほど馬車に揺られ、辿り着いたのは半年振りに見るパブロギルス公爵領だ。
半年前に王都へ旅立った時は、まさかこんなに早く領地に戻れるとは思っていなかった。
自分の商会を持つことになるとも思っていなかったけれど。
「もうすぐ屋敷に着くわね!」
久しぶりの領地に心が浮き足立つ。
お母様との再会も楽しみだわ。
「━━あー、いやだあぁぁぁ! どうしよう!!」
先程からこの調子で、折角の楽しい気分をぶち壊されているのよね。いい加減にしてほしいわ。
「嫌だと言っても仕方ないでしょ? そもそもロアがいけないのよ。きちんと挨拶して屋敷を出ていかないから」
「だって、早く行かなきゃって……」
「だったら今回、無理に付いてこなくても良かったじゃない。王都に残ってても良いと言ったでしょ?」
「嫌だよ! 本邸に入れないままじゃお嬢の側に居られない。俺のこと、捨てる気なの?」
「そんな訳ないでしょ。だったらブツブツ言ってないで、お母様に謝るしかないじゃない。一緒に謝ってあげるから」
「あああぁぁ! 絶対、怒られるー!!」
商会のオープン日が3日後に迫り、半年振りにパブロギルス領に戻ってきていた。商会の第一号店がパブロギルス領にあるためである。
美食を誇るパブロギルスが、食べ物において他に遅れを取るなどもってのほか。領主の娘が、領地より先に王都で新しい食べ物を広めでもしたら、領民が暴徒化してしまう。冗談ではなく本気で。だから商会で携帯食を開発すると決まった時には、パブロギルス領でお店をオープンさせる事は決定事項だったのだ。
「ただいま帰りました!」
「お帰りなさい、愛しいシシリー」
馬車から降りると、お母様が出迎えてくれていた。
勢いよく抱きついてしまう。お父様も好きだけど、お母様も大好きなのよね。離れていてちょっぴり寂しかったのだ。
「甘えんぼさんね。お母様も寂しかったわ。━━失礼しました、アンガークリフ様。ようこそお越しくださいました」
「お世話になります。コライゼン・アンガークリフです。どうぞコールとお呼びください」
「ではコール様と。旅の疲れもおありでしょうし、まずは部屋へ案内させますわ。夕食の席で色々お話を伺いたいわ」
お母様とコールは手短に挨拶を交わし終え、コールは部屋へ案内されていった。
「私の可愛いシシリー。帰ってきてくれて本当に嬉しいわ。でも背中に引っ付いている、大きな不届き者は誰かしら?」
「怒らないでお母様。ロアも本気で反省しているの。私の力になろうとして急いで来てくれただけなの。ね! ロア?」
「はい!! どうしても急いでお嬢、様、のもとへ行きたくて。申し訳ありませんでした!!」
「二度と本邸へ来させないよう言ったはずよ」
お母様、本気で怒ってるわね。
もう少し多めにお土産を準備すれば良かったかしら。
「ロアを許してあげて。ロアも反省して、お母様にとっておきのお土産を用意してきたの。ね! ロア?」
「は、はい! 奥様の為に新しいレシピを考えてきました。まだ旦那様にもお出ししていない、新作スイーツです。それと火竜肉の燻製もお持ちしました」
言わずもがな、お母様もまたパブロギルスの人間なのだ。
「━━それだけかしら?」
「えっと……。あ、キメラシチューもお持ちしています」
「準備してくれるかしら。お昼に食べたいわ」
「はい! 奥様! ありがとうございます」
「許すのは今回限りよ。居なくなったと聞いた時は、一瞬心配してしまったのよ。次は必ず手紙を残すか、誰かに一言言ってから出ていきなさい」
「はい。本当に申し訳ございませんでした」
そう言ってロアは厨房へ駆け出していった。
良かったわ、許してもらえて。
追加でキメラシチューを持ってきておいて良かったわ。
後でキックを誉めてあげなくては。
「シシリー、あまりロアックを甘やかしては駄目よ」
「はい、お母様」
「シシリーから頼まれていた部屋は準備できているわ。疲れたでしょうから、お茶の後に案内するわ」
「ありがとう、お母様。大好き!!」
「ふふ、私も大好きよ、シシリー」
準備されていたお茶を飲み、本当に一息だけついてコールを部屋へ迎えに行く。
お母様からは「本当に料理人達に甘すぎるわ」とお小言をもらったけれど、遅くなってキック逹がごねだしたら面倒だもの。
お母様に案内されて、一階奥の客室にたどり着いた。
「この部屋ね。今からこの扉とあちら側を繋げるわ。コールはあちらに連絡してくれるかしら」
そう言って両手で魔石5個を持ち、ゆっくりと魔力を流し込む。魔力で一杯になった魔石が割れる直前に一気に大量の魔力で圧を掛けると液状になるのだ。
コールが魔塔で研究していたものの一つで、出来るのは桁外れの魔力量を持つ数名の者だけだそう。
多くの魔石を駄目にした結果、何とか私もできるようになった。
液状化した魔石で転移魔法陣を薄くラミネートすれば私が最初に作り上げた転移扉より数段早く、より多くの魔素を取り込めるようになった。
やっぱりコールって凄いのよね。
出来上がった転移魔法陣を扉に付与する。
定着したのを確認して扉を開ければ、向こう側にはステファンとキック達料理人が揃っていた。
「お嬢! 待ってたぜ!」
そう言って笑うキックに、コールが懐中時計を投げる。
キックが懐中時計をこちらに向けてくれたので、秒針が正確に動いているのを確認して扉をくぐった。
うん、成功だわ。
キック達と領地側の客室に戻り扉を閉めた。
ステファンは王宮からお父様の帰りを待つため来ていない。
転移扉にお母様と私、ステファンと本邸の執事長ジャンスの魔力魂を登録し、コールに隠蔽魔法を付与してもらった。
私も早く隠蔽魔法が上手く使えるよう練習しないといけないわ。どうにも放出する魔力量が多すぎて、上手く隠蔽できないのだ。
「それで? これからどうするんだ?」
「一先ずお店を見に行きたいと思っているのよね」
お店はマリッサに一任していたから確認したいもの。
マリッサからは希望に添う物件があったとしか報告を受けていない。補修工事は終わっているが改装はこれからなのよね。程ほどの大きさでお願いしてあるから、改装はそれ程大変にはならないだろう。
「コール、疲れているなら部屋で休んでいてもいいのよ」
「いや、行くよ。パブロギルス領に来るのは初めてなんだ。屋台市とか楽しみだなー」
話し合いの結果、商会メンバー全員でお店を見に行くことにした。お母様から「昼食後にしたら?」と言われたけれど、コールが楽しみにしている屋台市で取る事にする。
私も久し振りだから楽しみなのだ。
「流石、パブロギルス領は賑わってるね」
コールと私は街で浮かないよう、シンプルな服装に身を包みマリッサの案内で、お店に向かって歩いていた。
コールは本当にパブロギルス領が初めてのようで、キョロキョロと街並みを見回して、楽しそうだ。
パブロギルス領は港を持ち、領地の広さは国内で二番目に大きく、港と反対側には山もある。山の麓では農業も盛んに行われており、もともと食料が豊富な領地だった。
そこに三代前の公爵が港を国内随一まで広げると、貿易拠点としてより賑わうこととなった。珍しい品がいち早く入ってくることから、美食の街として繁栄したのだ。
今もあちらこちらから、美味しそうな匂いが漂ってくる。
お腹が空いてきたわね。
「こちらです」
「え?」
マリッサに連れられやってきた建物の前で固まった。
口を開けてポカーンとしてしまったので慌てて閉じる。
3階建ての建物は私が想定していた、そこそこのお店の5倍以上大きいのじゃないかしら……。
ここに来る途中にあった国内でも有数な大商会の店舗より倍近く大きい。
『クルクリ~気儘な旅人の店~』と看板も掲げられているので、どうやらここで間違いないようだ。
ちらりと横を見ると、キック達料理人も口を開け目を真ん丸にして建物を凝視している。
良かったわ。皆そうなるわよね!
コールだけは涼しい顔していて、やっぱり公爵子息なのねと改めて実感した。
マリッサが鍵を開け、中へと促された。
建物の中へ一歩足を踏み入れると、真新しい木の匂いがして、少し落ち着いた。
「マリッサ、ここで間違いないのね?」
「はい、お嬢様」
「私の希望に添う物件だと言ってなかったかしら?」
「はい、お嬢様」
「いやいや、全然違うわよね!」
首を傾げて、何言ってるのって顔しても駄目よマリッサ。
「私、冒険者ギルドの近くか門付近で、そこそこの大きさの建物を希望したはずよ」
「はい。ですから冒険者ギルドの斜め向かいにある、少し小さめのこちらの物件にしました」
「全然小さくないからね!」
「本当は冒険者ギルドの二軒隣、あちらのホテルを買いたかったのですが大きいと言われると思い、断腸の思いでこちらに決めたのです!」
「━━そう。……良かったわ。ホテルではなくこちらの物件にしてくれて」
マリッサが満足げに微笑んでいるので諦めた。
この物件でも大きすぎるのに、これよりも更に大きな5階建てのホテルを買われなくて良かったと思うことにする。
お金を貯めて、二号店として程ほどの大きさの物件を買うことを目標にしよう。
「午後から店内を改装するために、大工と内装デザイナーを呼んでおります」
「ありがとう。では早いけれど屋台市に行きましょう。食べながら改装について話し合いたいわ。厨房はキック達に任せても大丈夫かしら?」
「ああ、任せてくれ」
「りょうかーい」
基本的な補修工事は終わっているけれど、内装は店内のバランスを見て、皆の意見を聞きながらしようと思っていた。
想定外に広いので、様子を見ながら改装すればいいわね。
料理人達が使いやすい厨房も重要だもの。
お店から屋台市までは近いので皆で歩いて行く。
前にキックとロア、隣にはマリッサとコール、後ろにピークスとアンカー、トックと囲まれている。
誰も何も言わないけれど、お店に着く前もこの陣形だったのよね。私を守ってくれているのかしら。
そうだとしたら、こんなに心強い護衛も居ないわよねと嬉しくなった。
まずは最近まで領内にいた、ロアがおすすめのお店に行くことにした。お肉が美味しいらしい。
パブロギルス領観光名所の一つ、屋台市は街の中心部から港に向かって続いており、徒歩だと一時間以上かかる道のりだ。お店を見ながら歩くともっとかかるだろう。
一般の馬車は通れなくしているが、一定区間毎に定期馬車を配置している。1日銅貨3枚で乗り放題だ。
今日は大工さん達が来る前にお店に戻り改装も考えないといけないので、近くのお店だけを回ることにした。
「コールは初めて来るのだし、ゆっくり見て回って来てもいいのよ」
「どうしてシアは師匠を置いていこうとするんだい? もちろん一緒に改装を手伝うよ」
折角だから観光を楽しめば良いと思ったのだが、コールに断られてしまった。まあ暫くこちらに居る予定だし、転移扉も繋がったからいつでも来れるものね。
転移扉を作ったのも、商会オープンのためだもの。
「ここ! タレが美味しいんだよ、フルーティーで。一番のおすすめはピリ辛味かな」
「へえ、じゃあ俺はピリ辛にするぜ」
「シアはどうする?」
「辛くないタレも味見したいわ。両方にする」
「じゃあ適当に色々買って、分けて食べようぜ! ここら辺も半年で新しい店ができてるみたいだし」
「俺あっちの店の魚が気になるっす!」
「変わった形のパンが売ってたので買ってきますね」
ピークスとトックが買い出し部隊となり、気になるお店の商品を次々と買ってくる。
マジックバックに入れるためマリッサに渡しているが、それ全部食べきれるのかしら?
どう考えても多過ぎよね。




