10.転移扉からこんにちは
「できたのかしら?」
前世で憧れていた、扉を開ければ別の場所!
コールに魔法や魔法陣の組み方を教えてもらうようになり、密かに出来るか考えていた転移扉。
転移魔法はすでにあるのだけれど、膨大な魔力を必要とするため、使用する際には3人以上の上級魔導師が稼働させているらしい。魔塔でも、もう少し魔力量が抑えられないか研究されているが、上手く行っていないそうだ。そうコールに教えられ、もっと手軽に使いたいなと考えていたのだ。
「これが所謂、転生チートというものね」
マジックバックの時もそうだが、前世の記憶をもとにすると魔方陣が勝手に頭の中にできあがるのだ。それを魔力で具現化するだけ。
最初は紙に魔方陣を付与し、部屋の端から端へ、物が移動できるか試してみた。できてしまった。
そこから多少の改良を加えた後、自室の寝室の扉と、離れの執務室の扉に魔方陣を付与してみたのだ。
魔力を流し扉を開いてみると、扉の向こうに見えるのは離れの執務机だ。
後は無事に扉をくぐって、執務室に行けたら完成よね。
試しに羽ペンを投げ込んでみたが、形そのままに床に転がっている。大丈夫そうだわ。
一歩扉の中に進もうとした時、バタバタと走ってくる音が聞こえた。
━━━━バタンッ!!
「シア! 無事かい??」
「淑女の部屋にノックもせず入るとは、いくらコール様でも許されませんよ!」
コールったら、どうしてそんなに焦っているのかしら?
そしてマリッサ、コールに攻撃を仕掛けては駄目よ。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「こちらで相当な魔力を使用した反応があった、んだ……って、それは何かな? ……離れの執務室を移動したのかい?」
「あっ! そ、そうなの。こちらにある方が便利だもの」
まだ魔力制御が完璧じゃないから、体内魔力を半分以上使う魔法はコールと居る時に限ると約束していたのだ。
転移扉に予想していた以上に魔力を持っていかれたので、約束を破ってしまったことになる。
「ふーん。……以前魔法を教える上で決めた約束事を、覚えているかい?」
「もちろんよ!」
「一番守って欲しいとお願いした事は?」
「……嘘は吐かない事」
「そう。それで?」
「……ごめんなさい。転移魔法を考えていたら、思っていたより簡単にできてしまって……、試したくなって……」
「シア、きみの才能は凄いよ。でもまだ魔力制御は完璧じゃない。問題が起きた時に嘘を吐かれていては、直ぐに助ける事ができなくなる。だから嘘だけは駄目だ」
「ごめんなさい」
とっさに誤魔化そうとしてしまうのは悪い癖だ。
怒られるのが怖いからと、嘘を吐いては駄目よね。
シュンと反省していると、今度はマリッサに注意しだしたので止めに入る。本当に私が悪かったの。
「それで? 転移魔法ができたんだ? ━━相変わらず、シアの描く魔法陣の文字は独特だよね。説明してくれる?」
私が記憶をもとに作り出す魔法陣は、指示が日本語で書かれている。だからマジックバックの魔法陣を見た時、コールに2時間以上も質問責めにされたのだ。
「お茶をご用意しましたので、こちらでどうぞ」
そう言ってマリッサがテーブルに促してくれる。
魔力をかなり使った後で、立ちっぱなしで2時間説明させられたら辛いもの、ありがたいわ。
「えっと、まず転移魔法を1人で稼働するために、必要とする魔力量を抑えられるか考えたの。この世界には濃度に差はあっても、魔素が空気中に存在するでしょ! だからそこから補えないかと思って」
「魔力の素になる魔素を使おうと思ったの?」
私達も日頃から魔素を体内に取り込んでいるのだ。
「そうなの。魔素を空気中から取り込んで、魔法陣に溜めておけるようにしたの。そうすれば、なんとか私一人の魔力量でも転移できるかなって」
とはいっても、魔力が潤沢にある状態であればの話で、魔力量が少ないと使用できなくなる。
もっと多くの魔素を、魔法陣に溜めておけるようにしたいのよね。
「魔法陣に魔素を溜めるか……。やっぱりシアの発想は面白いよね」
それから昼食までの一時間ほど、コールと必要な機能を追加したりしながら転移魔法陣を改良していった。
◇
「本当に怒られないかしら?」
「大丈夫! 責任は師匠である僕がとるから」
本当でしょうね。
昼食を食べ終えた後、私達は王宮に来ていた。
お父様へ差し入れをするという名目で。
「シシリー! よく来たね! コールも。━━何だかいい匂いがするけれど、おやつを持って来てくれたのかい?」
「新作の大判焼なの。お父様と一緒に食べたいなと思って」
「そうかい! この書類を陛下に渡してくるから、それからお茶にしよう」
そう言って、お父様はウキウキと執務室から出ていった。
「さあ、今のうちさ」
「絶対怒られると思うのだけど……」
コールに促され、渋々執務室から寝室へと続く扉に転移魔法陣を付与する。このために魔力ポーションまで飲まされたのだ。大変不味かったので、絶対に味の改良をするわ。
王宮に来る前に、公爵家の客室の扉にも魔法陣を付与してきた。そこと繋げる予定だ。
━━カチャリ。
付与し終わった扉を開けると、その前には公爵家の客室が広がっていた。成功かしら?
コールが持っていた懐中時計を投げ入れる。
懐中時計は客室の床に転がり、そのまま時を刻んでいる。
その様子を見た後、止める間もなくコールは扉をくぐり客室に入っていった。
「うん。何ともないな。成功だよ!」
「二人とも、そこで何をしているのかな?」
コールの声と同時に、底冷えのするお父様の声が響いた。
確実に怒っているわね。
どうするべきか考えていると、コールが事も無げに答える。
「シアって凄いですよ! 転移扉を完成させました!」
「━━これは! うちの客室かい!?」
お父様の問い掛けに、マリッサが「はい」と答える。
お父様は扉をくぐり客室に入って行ったかと思うと、バタンと客室の扉を開けて出ていった。かと思えば、すぐにステファンを連れて戻ってきた。
「ステファン! この事を知っていたのか?」
「いいえ、旦那様」
ステファンにこの客室を見張るよう指示を出している。
ここから王宮に刺客が入り込んだら、公爵家の謀反を疑われてしまうものね。
そういった安全面もコールと考え、機能を追加している。コールが説明し、お父様が試しているので、こちらの機能も上手く動作しているようだ。
「とにかく、急ぎ陛下へお伝えしなければならない。コール達はここで待っていてくれるかい」
そう言うとお父様は急ぎ部屋を出ていった。
「陛下から直接怒られたりはしないわよね?……疲れたし、待ってる間におやつでも食べましょう」
そう言ってマジックバックからパンケーキを取り出す。今日は魔力を沢山使ったので、生クリームにアイスクリームものせたボリューム満点のパンケーキだ。
お父様への差し入れとは別に作ってもらったのだ。
コールとマリッサの分も取り出し、三人でパンケーキを食べていると、陛下から「すぐに来るように」との伝言と共に迎えに来た近衛騎士から、信じられない者を見る目で見られた。
だってお腹が空いたのだもの。
慌てて口の中のものを飲み込み、騎士の案内のもと陛下の執務室まで連れられて行った。
「シシリアーナ、元気そうだね。━━ああ、堅苦しい挨拶はいいよ。この場では楽に話していい。コールも」
陛下の執務室に入ると、陛下とお父様以外に二人の男性がいた。私の視線に気付いたのか、お父様が紹介してくれる。
白銀の髪にローブを纏っている方が、この国の筆頭魔導師で四大公爵家のうちの一つ、ガルツランド公爵家当主、ラベラス・ガルツランド様。
濃緑の髪にスーツ姿の方が、財務大臣を任されているアンガークリフ公爵家当主、ザリトス・アンガークリフ様。コールのお父様だった。
「それで、転移扉ができたそうだな」
ララおじ様がコールに話しかける。
ラベラス様のことはララおじ様の呼ぶように言われたのだ。因みにザリトス様はリリおじ様。
「はい。シアの発想力は素晴らしいです! 転移する距離によりますが、中級魔導師レベルの魔力量があれば一人で稼働できます」
「そんなに少ない魔力量で可能だと……? その他にも機能があるとか?」
「扉設置場所の安全面を考え、魔力魂を登録した者しか稼働できないようにしています。宰相様の執務室に付与した転移魔法陣も、現在は宰相様しか稼働できません」
魔力魂は各個人で必ず異なるもので、個人を識別するのに使えると思ったのだ。前世の指紋認証を参考にした。
「それは私が確認したよ。シシリーとコールが魔力を流しても転移扉は稼働しなかった」
王宮で何かあっては困るもの。僅かな間にも危険がないよう、早々にお父様の魔力魂を登録してもらった。
複数人の登録が可能だが、今はお父様しか登録していない。
「それにしても、いきなりロロの部屋につけるやつがあるか! まずは魔塔に付与するべきだろう!」
ロロというのはお父様のことだ。
ブロファート・パブロギルスからロロらしい。
いったい誰が愛称を付けたのかしら?
残るもう一つの公爵家当主様の愛称が気になるわ。
「魔法陣を作り上げたのはシアで、今現在付与できるのもシアしかいません。だからまずは宰相様に、報告がてら付与して見せたのです。問題があればすぐに剥がせますから」
「いや! 私の愛する娘が作ったものだ。親として検証する義務がある。そのままにしておいていいよ」
帰る時に剥がして帰ろうと話し合って来たのだけれど、お父様ったらそんなに私の事が好きなのね。
「上から私が最上級の隠蔽魔法をかけてありますので、まず他の者に魔法陣を気付かれる事はないでしょう。……魔塔の者でもない限り」
隠蔽魔法など、すでにある魔法は魔力制御が難しく、まだまだ練習が必要なのよね。まだまだコールの魔法には近づけないわ。
「新しい魔法陣だ。検証するなら私が適任だ!」
「いや、もう付与されているんだ。このまま宰相である私が検証しても問題ないはずだ」
「では2か所で検証すればいいだろう。今すぐ魔塔の扉にも転移魔法陣を付与するのだ」
「シシリーは疲れてるんだ! 幼い子どもに無理をさせる気か? それは親として許可できないな」
お父様とララおじ様が言い争いを始めてしまったわ。
止めなくていいのかしら?
「これ、旨いな!」
「この緑茶の苦味が甘さを抑えてくれるので、いくらでも食べられますね」
陛下とリリおじ様はお父様達を止める事もせず、私が持ってきた大判焼をのんびり食べている。
「数が足りなくなるので、2個ずつしか食べちゃ駄目です」
あんことカスタードクリームの2種類を用意してきたのだが、リリおじ様はカスタードが気に入ったようた。3個目に手を伸ばしていたので注意する。
「ちょっと、そこ! 何関係ない顔して大判焼食べてるのさ! 早く二人を止めてよ!」
コールも手に終えないわよね。
口調が乱れてしまっているわ。
面倒だなって顔してないで、止めてくださいよ陛下!
「二人とも落ち着け。シシリアーナの作った美味しいおやつでも食べて、頭を冷やせ」
「ですが陛下! ララは自分が寝坊したいがために、シシリーに魔法陣を付与しろと強要しているのです!」
「それはお前だろ、ロロ! 学生時代は朝が弱くて、何度起こしてやったことか」
「それはこっちの台詞だ、ララ! 俺が起こした回数の方が多いさ。それにガルツランド邸は王宮から離れているもんな。転移扉がつけば1時間は寝坊できる」
「1時間は貴重なのだぞ! 往復で2時間、無駄にしている時間が浮くのだ。ちょっと付与してくれてもいいじゃないか!」
「やっぱり! それが本音か!」
ララおじ様とお父様は仲良しなのね。
でも、私はそろそろ帰りたいわ。
「いい加減にしろ! まだ続けるなら、二人の分の大判焼は無いからな!」
大判焼で喧嘩は止められないでしょと思っていたのだが、どうやらララおじ様は甘いものが大好きらしい。
恨めしそうな目をお父様に向けながら、ソファーに座り大判焼を手に取る。両手に持たなくても、誰も取らないのに。
「ロロも。今すぐとは言わないが、シシリアーナが魔塔にも転移扉を付与する許可をくれないか? ララにも検証してもらったほうが確実だろ」
渋々ながら「分かりました」と返事をしているけれど、両手に大判焼を持つのは止めたほうがいいわ、お父様。
本当にララおじ様とお父様は仲良しね。
リリおじ様が「私のところにもお願いしますね」ってしれっと言って、お父様に睨まれていた。
「二人とも、対価は十分に払ってもらうからな」
お父様が了承したので、商会がオープンして落ち着いた頃に転移扉を設置する事になった。




