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01.お薬は涙が出るほど苦いもの


「もしかして私……、異世界転生してしまったの?」



 お転婆過ぎる私が魔法を初めて習った日、先生の言うことも聞かずいきなり空を飛び回り魔力切れを起こして、頭から地面に落ち気を失った。


 意識が戻ったのは翌日。一番に思い出したのはこの世界ではありえない、さまざまな記憶。常識が何もかも異なる世界の、前世の記憶。思い出した記憶の中に、異世界転生の言葉があった。



「私が変わった子だと言われていたのは、異世界の記憶が片隅にあったからなのね……」



 思い出した前世では、悪役令嬢や異世界転生ものの物語が随分と流行っていた。


 アラフォーと呼ばれていた年代の私は、仕事と家事の合間に、ファンタジー物の小説を色々読み漁っていたようだ。現実を忘れたい、一時の良いストレス解消になっていた。子どもの頃から本を読むのが好きで、特に自分には使えなかった魔法が出てくる物語が大好きだった。

 だからなのか、大人になってからも使えない事は分かっていても、溜まった食器の洗い物を前に「クリーン!」などと唱えてみたものだ。周りに夫や子どもが居ないかは確認した上でだけれど。


 ……何と言うか前世の私は、少し残念な大人だったのかもしれないわね。




 現在の私は、シシリアーナ・パブロギルス公爵令嬢。

 サフィアット国の四大公爵家のうちの一つ。


 前世庶民から、いきなりアップデートしたみたい。とは言っても前世の生活は、ありあまるお金は無かったけれど、潤ってはいたからあまり不満は無かったようだ。

 科学という力のお陰で、生活水準はよほど今の魔法が使える世界より高かった。

 色々と羨ましく思える技術があるので、落ち着いたら再現できるか考えても良さそうね。


「あら? これって、何かのゲームや物語の世界なのかしら?」


 ふと思い出した記憶の異世界転生や悪役令嬢ものは、前世で読んでいた物語や、はまっていたゲームの世界に転生するものが多かった。

 日々の隙間時間に色々と読み漁っていた為、よっぽどお気に入りの小説でなければ、登場人物などの名前は覚えていない。シシリアーナという登場人物が出てくる物語はあったかしら……?


 思い当たる記憶は無いけれども、これは所謂テンプレというやつでは?


 身分が高ければ高いほど、政略結婚が当たり前のこの世界。

 私もつい先日、この国の王子の妃候補に上がっていると父から伝えられた。数人候補に上がってはいるが、私が有力候補だとも。


「悪役令嬢ものの世界に、転生している、……なんて事は無いわよね?」


 この国の王子と政略結婚。

 婚約期間中に王子が運命の相手と恋に落ちる。

 政略で結ばれた私とは婚約破棄。

 そんなテンプレ小説の世界に、転生しているなんて事は無いわよね?


 前世の記憶が戻った今、正直この国の王妃とか、全く興味が持てない。

 いや、記憶が戻る前から全く興味は無かったけれど、益々王子の婚約者になるのが嫌だと思える。


 この国のトップの妃なんて、贅沢三昧うはうは生活じゃないのと思うでしょ? そんな事はこれっぽっちもない。キンキラ宝石大好き! って人なら魅力を感じるかもしれないが、宝石だって全てが自分の物ではない。

 王妃が身に着けるほとんどの宝石は国が保有してるし、ただ王妃だから着けていいよって貸してもらえているだけ。

 もしも離婚って事になったら、自分の物として持ち出せるアクセサリーなんて微々たる物だろう。


 美味しい物は食べられるけど、嫌いな物でも笑顔で食べきらないといけない。何より現在この国は平和だけれど、毒の心配は常に付いて回る。

 折角美味しい物を食べられても、毒が入っている可能性があると思うと純粋に食事を楽しむ事が難しい。命の危険が常に身近にあるって、そんなの嫌だわ。


 そしてプライベートはほぼない。

 常に王妃としての行動が求められ、一日中何かしらの予定が決められている。今日は一日寝ていたいと思っても出来るはずがない。完全なお休みは年に十日程。それでも侍女達は常に側に居るし、もっと言えば影が四六時中付いて回る。気を抜くこと無く、王妃として最低限の立ち振舞いはしなくてはならない。


 前世の記憶が拒否する。

 これは完全にブラック企業ではないかと。そんなブラック企業に、自ら永久就職しようだなんて思えない。


 私が悪役令嬢に転生したのであれば、予想される未来の物語はこうだ。


 まず私は王子の婚約者に選ばれる。

 そこから王子と私が親交を深めるかどうかは分からないが、どちらにしても関係ない。

 婚約者の王子は、十二歳から通う事になる貴族学園で運命の恋に落ちる。自分の婚約者には無い純粋さに惹かれ、学園で繰り広げられる事件を解決しながら、密かに恋を育み成就させるのだ。

 そして悪役令嬢である私は、婚約破棄され、貴族社会には居られなくなり修道院か、平民落ち、最悪処刑は……よっぽどの事が無い限りないかしら。


 あら、全く面白味に欠ける物語だわ。


 よく考えれば、浮気したのは王子側なのに、未来の王妃を虐めた罪で断罪とか、意味が分からないけれども。

 婚約者に選ばれただけで、休み無くやりたくもない王子妃教育を受けさされている私の目の前でイチャイチャ浮気されれば、嫌みや小言の一つも言いたくなるわよね。王子に愛情を抱いていれば、嫉妬のあまりワインの一つもぶちまけたくもなるわよね。いや、愛情が無くても妃教育のストレスで、苦労知らずの女にワインをかけたくなるわね。

 本当は浮気した男に頭からワインをかけてやりたいけれど、相手が王子だと難しいのが腹立たしいわ。

 思い余って殺害しようとして……はいけないけれど、それを罪に問うてくる王子は終わってるわね!



 ━━いやいや、想像した未来に熱くなりすぎたわ。



 考え過ぎで、実際は悪役令嬢に転生していないかもしれないけれど、常に最悪を想定して過ごす事が大切よ。

 備えあれば憂いなしと言うもの。準備してきた事が全て無駄になる訳でもなし、これからどう行動するか真剣に考える必要があるわね。


 一番良いのは、王子の婚約者に選ばれない事。だけれど、こればかりは私に選択権が無い為、選ばれぬよう祈る事しかできないわ。

 選ばれなかった場合は、悪役令嬢ではないと判断して生きても大丈夫かしら? ……難しいところね。


 もしここが悪役令嬢の世界だった場合、やっぱり物語が始まるのは貴族学園に入学する、十二歳の時かしら?


 入学式の日、つまずく可愛いヒロインを優しく抱き止め一目惚れ。いや、遅刻してきた元気一杯ヒロインを目に止め一目惚れ。はたまた、迷子になっている天真爛漫ヒロインを助けて一目惚れ。

 平民だったヒロインが貴族の父親に引き取られ、中途入学なんて事もありえるわね。


 とにかく、ヒロインらしき人物が現れたら、焦らず騒がず近寄らずの精神で行動するしかないわ。

 喋った事も、近づいた事もないと証明出来るように、何か策を考えたほうが良いわね。

 無実の罪で平民落ちならまだしも、修道院に送られるのだけは回避しなくては!


 絶対に無理でしょ!!

 十六歳のうら若き乙女が、望んでもいない修道院で一生を暮らすなんて。

 悪いのは浮気した王子なのに、真面目に教育受けていただけで隠居生活なんて!


 しかも! ここは魔法が使える世界なのよ!!


 前世の私が欲して止まなかった魔法がリアルに使える世界なのに、修道院で隠居生活なんて絶対に御免だわ!


 魔法と言ったら冒険が始まるでしょ!?

 冒険と言ったらダンジョンでしょ!

 ダンジョンでは魔法をぶっぱなすしかないでしょ!


 前世を思い出す前から、魔法を教わる日を指折り数えていた。

 ようやく夢にまで見た魔法が使えるのに、大人しく修道院で暮らすのだけは回避しなくてはならない。


 それなら貴族席を剥奪されて、平民として暮らすのが一番幸せかも。そうよ、自由気ままに自分で歩いていける、平民の暮らしが楽しそうだわ。前世も平民だったし、主婦だったから今の世界の生活事情を少し学べば何とかなる気がする。


 これからの目標は、平民になっても面白おかしく、幸せに笑って暮らせるようにする事! その内、素敵な人と結婚して子どもも産まれちゃったりして。

そうよ! 折角の人生だもの。好き勝手に生きて、私の幸せな未来を掴み取ればいいだけだわ。



 ふふっ! なんだか、とっても面白くなりそうね!






「お嬢様。あれ程大人しくお休みくださいと申し上げましたのに。何ですかこれは? 疲労が残るお顔をされているので、本日も美味しいお薬を飲んでいただかなくてはなりませんね」


 しまったわ。

 侍女マリッサの手には、昨日、記憶を思い出している最中、頭を整理するためメモ書きしていた紙が握られている。疲れてそのまま机で眠ってしまったのだが、夜中体の痛みで起こされ、何とかベットに潜り込んだのだけれど。メモ紙にまで頭が回らず、机に置いたままになっていた紙を見つけられたのだ。


 お薬は絶対に飲みたくないわ……。


「おはよう、マリッサ! 私は言いつけを守ってよく寝たわ。だからお薬は必要ないくらい元気一杯よ!」


 ほら見てと、起き上がってぴょんぴょん跳ねてみた。


「元気一杯のはずのお嬢様の目元に、うっすらクマが出来ていますよ。机で寝ていたのも分かっております。━━さあ、良い子ですからお薬飲みましょうね」


 有無を言わせないマリッサの笑顔に完全敗北。

 生まれた時から側にいるマリッサに、今まで一度も勝てた試しはないのだけれど。


 そしてお薬はとーっても苦かったわ。





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