スーパーネガティブ公爵令嬢は男爵令嬢の一挙手一投足が婚約破棄への道に見える
「セリア、今日も君は綺麗だね」
「っ!?」
貴族学園のとある昼休み。
私の婚約者であり我が国の王太子殿下でもあらせられるアーロン殿下が、二人で食堂に向かう道すがら、唐突にそんなことを言ってきた。
「で、殿下! 悪い冗談はおやめください!」
「冗談なんかじゃないさ。来月この学園を卒業したら、君みたいに美しく気品溢れる女性を妻として迎えられることを、僕はこの世の何よりも誇りに思っているんだよ」
「……!」
殿下は私の髪を一房摘まみ、それに甘いキスを落とした。
嗚呼、それはこちらの台詞ですわ……。
男女問わず誰しもを魅了する甘いマスクを持ちながら決して立場に驕らず、常にどんな人物に対しても慈しみの心で接し、民草からも慕われてる。
そんな未来の王に相応しい殿下を妻として支えられるなんて、こんな名誉なことは他にありませんもの!
……でも、今の生活があまりにも幸せすぎて、いつかその反動で特大の不幸が襲ってくるんじゃないかと、時々不安で夜も眠れなくなるのも事実……。
「セリア様! アーロン様! こんにちは!」
「やあカルメン、こんにちは」
「――!」
その時だった。
男爵令嬢のカルメンさんが、いつもの太陽みたいな笑顔を振り撒きながら、私たちに声を掛けてきた。
「こ、こんにちは、カルメンさん」
「はわぁ! 今日のセリア様も、とってもお美しいですぅ!」
「そ、そうかしら……。ありがとう……」
「フフ、そうだろう、僕のセリアは世界一可愛いからね」
「で、殿下!?」
殿下が私の肩をグイと抱きながら、ドヤ顔で胸を張る。
も、もう……!
「ええ! ええ! もちろんですとも! ――実を言うと前から私、お二人のことが推しカプだったんです!」
「――!」
「おや、それは嬉しいね」
「はい! ですから今後も、是非お二人のイチャラブを私に見せてくださいね!」
「フフ、いいとも」
一瞬で打ち解けた二人を見ていたら、私の中にとある想像が浮かんでしまった――。
『アーロン様、私、もっとセリア様のこと知りたいです!』
↓
『フフ、いいよ。じゃあ今度、僕の部屋で秘蔵のセリアコレクションを見せてあげよう』
↓
『わあ! いいんですかぁ!』
↓
そして数日後――。
↓
『ほら、これが八歳の時のセリアの写真だよ』
↓
『きゃあ~! 可愛い~!』
↓
『そしてこれが貴族学園の入学式の時』
↓
『はうう~! これはもう天使ですよ~! ――あっ』
↓
偶然手と手が触れ合う二人。
↓
『ゴ、ゴメンなさい! 私ったら……』
↓
『いや、いいんだ。――どうか君のことも、僕によく教えてくれないだろうか』
↓
『ア、アーロン様……』
↓
禁断の関係とはわかっていながらも、互いの若いリビドーには勝てなかった二人……。
↓
そして迎えた貴族学園の卒業式当日――。
↓
『セリア、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!』
「イヤアアアアアアア!!!!」
「セリア!?」
「セリア様!?」
あまりの最悪の未来に脳が焼かれた私は、その場で意識を失った――。
「……ん、んん。あら?」
「目が覚めたかい、セリア」
「殿下!?」
目を開けるとそこには、アーロン殿下のご尊顔が――。
しかもこの後頭部に当たっているしなやかながらも逞しい肉の質感――。
これはまさか――膝枕ッ!!
「ひゃあああああああ!?!?」
慌てて起き上がる私。
どうやら私は中庭のベンチで、殿下に膝枕されていたらしい。
「フフ、元気そうでよかった。急に倒れた時は、何事かと肝を冷やしたよ」
「す、すいませんでした。ちょっと立ちくらみがしただけですので、もう大丈夫です……」
まさか殿下から婚約破棄される想像をしていたとは言えず、苦笑いを浮かべる。
「うん、それならいいんだけど。――僕は君を失ったら生きていけないんだから、くれぐれも自分の身体は大事にしておくれよ」
「で、殿下……」
殿下に真摯な瞳を向けられながらギュッと手を握られ、私はこんなに誠実な人をちょっとでも疑ってしまった自分を恥じた。
「セリア様ァ!!」
「――!」
その時だった。
カルメンさんが半泣きで、トレイを持ちながらドタドタと私たちの前に駆けて来た。
カ、カルメンさん!?
「大丈夫ですかセリア様!? ああもう、推しのセリア様にもしものことがあったら、私も跡を追っちゃうところでしたよぉ!」
「カルメンさん……」
ウルウルお目目のカルメンさん。
嗚呼、私はこんなに純粋な人のことも疑ってしまっていたのね……。
何て狭量な女なのかしら、私は……。
――やっぱりこんな私に、アーロン殿下の妻になる資格なんて……。
「でも、ご無事なら本当によかったです! お二人ともお食事はまだですよね? 食堂からサンドイッチ持って来たんで、よかったら食べてください!」
カルメンさんがトレイに乗せたサンドイッチを、私と殿下に手渡してくれる。
嗚呼、カルメンさん、好き!
「フフ、ありがとうカルメン。おお、これ、僕の好物のたまごサンドじゃないか。子どもの頃から大好きなんだよ、これ」
「えへへー、お二人の好みはバッチリリサーチ済みですよ!」
「フフ、流石だね」
「――!」
まるで長年連れ添った家族のような空気を醸し出している二人を見ていたら、私の中にまた想像が――。
『アーロン様、私、アーロン様の好みはぜーんぶ把握してるんですよぉ。ホラ、アーロン様はこんな、ポニーテールに裸エプロンが大好きな変態さんなんですよねぇ?』
↓
『ああそうともさ。僕は三度の飯よりポニーテールに裸エプロンが大好きなド変態さ! ……そのド変態の前に、ポニーテールに裸エプロンで現れたんだ。覚悟はできているのだろうね?』
↓
『ええ、もちろんです。どうか冷めないうちに召し上がれ』
↓
『いただきマンモス!!』
↓
『アーロン様ァ!」
↓
そして迎えた貴族学園の卒業式当日――。
↓
『セリア、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!』
「イヤアアアアアアア!!!!」
「セリア!?」
「セリア様!?」
私はまたしても気を失った――。
――こうしてこの日以来、私は事あるごとに最悪の想像をして気を失うようになってしまったのだった。
そして迎えた貴族学園の卒業式当日――。
「本当に大丈夫かいセリア? あまり顔色がよくないよ?」
「だ、大丈夫ですわ! 私はこの通り、元気ハツラツです!」
「それならいいんだけど……」
ああ、いけないいけない!
せっかくの私たちの晴れ舞台だというのに、アーロン殿下にこんな不安げな顔をさせてしまうなんて……!
せめて今日だけはネガティブ思考は封印するのよ、セリア!
「セリア様! アーロン様! 本日はご卒業本当におめでとうございます!」
「ああ、ありがとう、カルメン」
「――!」
その時だった。
今日も今日とてカルメンさんが、満面の笑みを浮かべながら私たちの前に現れた。
「ハァー、卒業されたら遂にお二人は正式に夫婦になられるんですね! 推しカプのゴールが見届けられて、私は今、感無量です!」
「フフ、そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」
すっかり気の置けない間柄になっている二人を見ていたら、私はまた最悪の想像を――。
――い、いやいや、ダメダメ!!
今日だけはネガティブ思考はやめるって、自分に言い聞かせたばかりじゃない!
……ふぅ、危ない危ない。
よしよし、ここにきてやっと私も、ネガティブ思考をコントロールできるようになってきたみたいだわ。
――これで無事に、卒業を迎えられるわ。
「ふふふふふ」
「おお、やっとセリアに天使の笑顔が戻ったね」
「あぁ~! セリア様のその笑顔だけで、ご飯百杯は食べられますぅ~!」
――こうして私は滞りなく、卒業式を終えることができたのであった。
「卒業おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございまーす!」
「ありがとう。みんなありがとう」
「ふふふふふ」
在校生たちからの祝福を受けながら、卒業式の会場を後にする私たち卒業生一同。
――その時だった。
「セリア様! アーロン様!」
「――!」
カルメンさんが一組の男女のお人形を抱えながら、私と殿下の前に立ちはだかった。
カルメンさん?
「これ、お二人をモデルにして私が手作りしたお人形です! 卒業の記念に、どうか受け取ってください!」
「おお、これは随分精巧に作られてるね。ありがとうカルメン、大事にするよ」
「はい、光栄です!」
カルメンさんからお人形を受け取った途端、私の中にとある想像が――。
『アーロン様ぁ、実はこの人形、中に通信機が仕込んであって、お互い離れたところからでも通話ができるようになってるんです』
↓
『おや? 何でまたそんなことを』
↓
『うふふ、わかってるくせにぃ。――これから私たちがする情事を、セリア様に聞かせるためですよ』
↓
『フフ、相変わらず君は、イイ趣味をしているね』
↓
『セリア様ぁ、聞いてるんでしょぉ? これから私とアーロン様が愛し合うところ、ちゃーんと聞いててくださいね』
↓
『イッツァショータイム!!』
↓
『マンマミーア!!』
↓
そして迎えた結婚式当日――。
↓
『セリア、やっぱり僕は、君じゃなくてカルメンと結婚するよ!』
「イヤアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「セリア!?!?」
「セリア様!?!?」
――こうして私と殿下が実際に結婚するまで、私の気絶癖は治らなかった。
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