元婚約者の罪
私の言葉は、かつての彼女の言葉を肯定しただけのもの。
ソレが理解できている彼女は、自分の言葉を胸に刺され、泣き崩れました。
私は、冷ややかな目で彼女を見下ろしています。
この程度の覚悟で、彼女は私を貶めたというのでしょうか?
同じ事をされた時、それでも胸を張るのが覚悟というものではないでしょうか?
いえ、当時の彼女に覚悟など無かったのでしょう。
自分が正義の側であり、多くの味方を集め、絶対に負けないからこそ、ああいった言動を取れただけなのです。
正義の味方は大勢いたので、安全な場所から絶対に反撃されるはずのない場所にいた自覚があったからこそ、苛烈な断罪ができたのです。
反撃を危惧するのであれば、多少なりとも手心を加え、こちらの反感を抑えているでしょう。
貴族令嬢であればそこまで考えて動いてほしかったと願うのは、傲慢でしょうか?
「ウェッジ伯爵夫人。終わった事にいつまでも拘ってはいけませんよ。
人の目は前にあるもの。故に、人は前を向いて生きていくしかないのですから。いつまでも俯いていないで、前を見ましょう。
私はもう、前を向いていますよ」
これは分かりやすい皮肉です。
本意ならずとも、結果として最愛の人を裏切ってしまった私には分かります。
罪悪感に身も心も苛まれ、すぐに前を向く事はとても難しく、一人で立ち上がるのは大変なのです。
私には手を差し伸べてくれた友が居ましたが、彼女の周りには……誰も居ない事でしょう。
彼女はかつての断罪者であり、その当時の言葉が、彼女とその周囲を縛るのです。
彼女の友人たちは、今の私と同じように、断罪者であった彼女の言葉を借りて彼女自身を切り裂かねばならないのです。
ここで手を貸すという事は、かつての自分に泥をかける行為であり、泥にまみれる覚悟もなく、手は差し出せないのです。それは我が友が私に手を差し伸べるよりもずっと難しい。
――それでも手を差し伸べられるのは、本当に彼女を守ろうとする気概のある友人だけでしょう。
そんな友人が居るとしたら、元婚約者の彼女はここに来なかったと、私は思います。
とにかく、元婚約者の彼女に前を向けというのは無茶な話なのですよ。今はできるはずが無いと、断言できます。
いつかはできるようになると思いますが、それは今ではないのですね。
浮気をしてしまった彼女は、夫以外の男を受け入れてしまったと聞いています。
そして、それを夫に見られたとも。
魅了の魔法が解けて正気に戻った今なら、死にたいと思っても不思議ではなく、自殺していないのに首をかしげるほどの出来事です。
まぁ、私は魅了されていた時にも“そういった事”をしていないので、本当の所は分かっていないのですけれど。
「何があったのかは、今の姿から察することができます。私に謝罪している、その理由も。
ですが、大丈夫ですよ。今の貴女は、私を許せるのでしょう? でしたら、貴女の夫もまた、貴女を許すでしょう」
だから、私は優しい声で相手の傷を抉りました。