元婚約者の間違い
「許す? あの一件は、私もまた、加害者の一人。
当時、地に頭をつけ貴女に許しを請うたのを、覚えていませんか?」
さすがに、このような事を言われてまで、私は笑顔を保てませんでした。
感情の乗らない冷たい声で、私は元婚約者をなじります。
『貴方の謝罪にどのような価値があるというのです。
貴方の行いでわたくしは傷付けられた。それが事実なのです』
魅了された間の事も、私は覚えています。
魅了された私は、確かに彼女に酷い仕打ちをしていました。
それが本意ではなかったのも確かであったのですが、私は許されず、彼女に捨てられました。それを理由に、家族からも見放されてしまいました。
そう。
当時の私は許しを請う側であり、謝ってもらえる立場では無かったのです。
縋り付く事すら許されず、これまで共にした時間など、魅了された期間にゴミとされてしまいました。
だから私は、謝って欲しいなど思っていなかったのです。
あの時の私は、ただ許されたかったのです。
私の言葉に、元婚約者は涙をこぼして嗚咽を漏らしました。
同じ立場になった事で、当時の自分がどれだけ私を傷付けたのか理解したからでしょう。
あの時の彼女は確かに被害者であったが、私もまた、被害者であったのです。
自分が魅了魔法の加害者になって、彼女は学んだのでしょう。
もっとも、それは彼女の「“元”夫」の学びではありませんが。
「ごめ、ごめんなさい……」
「重ねて申し上げますが、謝罪は不要です。
『愛があれば魅了魔法にかかりはしません。ただ、貴方には私への愛が無かった。それだけでしょう?』でしたか。
ええ。魅了された私の心が弱かったと。それだけの話ではありませんか」
魅了魔法は、相手の心を操る魔法です。
簡単にかかると思われておらず、身構えられてしまえば成功率はほとんどゼロなのです。
だから、私は捨てられてしまったのですよね。
そして。
結婚していた、夫を愛していたはずの彼女が魅了されたのですから、彼女の愛は、その程度だったと。それだけの話ではありませんか。
「ち、違います……っ。わたくしが間違っていました。あの時の、貴方は、確かにわたくしを愛してくれていました。
ただ、愚かなわたくしがそれを認められなかっただけでした」
「いいえ? 貴女は何も間違えていませんよ。
『わたくしがどの様な扱いをされたと思っていますの?
それを、魅了されていたのだから仕方がないと、許せとおっしゃいますの?』
ええ、分かります。感情が、あの場で私を許せないのは、落ち着いた今なら理解できるのですよ。ですから、もういいのです。
それにもう、私は貴女の婚約者でもなければ、公爵家の嫡男でもありませんから。私のような者に気を遣う必要などありません。これまでの5年間の通り、居ないものとして扱ってくれて構いませんよ」
私は積もり積もった恨みも込めて、かつての彼女を全肯定します。
そうする事こそ、彼女を追い詰めると知っているからです。
だって、魅了された私に浮気され酷い扱いをされた、当時婚約者だった彼女は――魅了され、夫を裏切り、不倫をしてしまったのですから。