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元婚約者の来訪

 5年前の事だ。

 私には婚約者がいたのだが、魅了の魔法をかけられ、彼女を裏切ってしまい、そして婚約破棄された。


 婚約者だけではない。

 私は“親しくもない女に魅了された情の無い男”として両親、弟妹、友人のほぼすべてを失った。



 今は、こんな私にでも優しくしてくれる、気のいい友人に養われる日々だ。少しでも友のためにと、とある研究をしているよ。

 これでも私は、学生時代に「神童」などと呼んでもらえるぐらい、魔法に詳しかったからね。魅了され落ちぶれてしまったが、役に立てることはあるはずなんだ。





「コルト。お前に客なんだが……」


 ある日、友が苦い顔をして来客を告げにきた。

 普段であれば、そんな連絡など使用人がしてくれるというのに、だ。

 何か込み入った事情がありそうだね。



「お前の、元婚約者だ。

 コルトにはまだ話していなかったが、会うか会わないかは横に置くが、アレに会う前に、少し事情を伝えておきたい」


 おや。

 3年前に彼女は侯爵家の長子と結婚して、今は「ウェッジ伯爵夫人」となったはずだ。(※1)

 人との距離には慎重で、生真面目な友がその名を使わないという事は。まさか、ね?



「アレは、2年前に――」


 その後に聞かされた話は、私の想像したとおりだったよ。





 友から一通りの説明を受けた私は、ずいぶん待たせてしまったが、侍女は連れているけれど、元婚約者と二人きりで対面する運びとなった。



「お久しぶりですね。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます。

 ウェッジ伯爵夫人とお呼びすれば良いでしょうか?」


 友から話は聞いたものの、私はそれを聞いていない事として、元婚約者の彼女に微笑みかけた。


 彼女は5年前の、私に婚約破棄を突きつけた頃と打って変わってくたびれた様子だった。

 あの頃は私に見切りをつけ、新しい婚約者候補と出会い、精神的に立ち直っていた時期だったからね。生命力あふれた、強いまなざしをしていたのを今でも覚えているよ。

 それが「いかにも落ち込んでいます」という顔をして、あまり質の良くないドレスを着ているのだから、何かあったのはそこからでも分かるんだけれどね。敢えて見ない振りをしてみたよ。


 私が入室したときはこちらに視線を向けた彼女だけど、声をかけると、泣きそうな顔になって俯いてしまった。

 私に言われた言葉が、「ウェッジ伯爵夫人」ではなくなった事を自覚させ、ダメージを与えてしまったようだ。

 こういう時に貴族夫人であれば、弱みを見せないよう、嫣然とほほ笑むのが嗜みなんだけれどね。そういった余裕はなさそうだ。



「その、コルト様も、お変わりなく」

「――止めてくれ。今の私は爵位もない、ただの平民。“様”などと付けられる身分ではないのですよ。

 それに、“コルト”などと愛称で呼んでいただくほど、私たちは親しくないはずですよね」


 おっと、いけない。思わず素で喋りそうになってしまいましたよ。

 彼女に愛称を呼ばれる事が、どうやら私は耐えられないらしい。


「申し訳ありません、コンラート様」

「様も、必要ないのですけれどね。まぁ、いいでしょう。

 それで、5年間、絶縁してから手紙の一通も出さなかった元婚約者に、いったい、どのような御用向きでしょうか?」


 あまり雑談をしていると、私のボロが出てしまう。

 ここはあまり外聞が宜しくないのですが、早急に用件を済ませて帰っていただくとしましょう。私は笑みを浮かべたまま話を促します。


「5年前の一件の、謝罪に参りました。

 どうか、コンラート様に心無い仕打ちをした、婚約破棄の一件を許していただけないでしょうか!」


 すると彼女は、涙をこぼして震える声で謝罪し、私に向かって頭を下げました。



 ――嗚呼。何と愚かな。



 私は、この時、己の心が凍て付いた事を自覚しました。

※1 この国はイギリス式の爵位制度です。嫡男はひとつ下の、仮の爵位を授けられます

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