8.王弟殿下②
「本当ですか?」
アレクシス殿下が呆気に取られて訊く。
殿下も王位継承権を返上してほしいと思ってはいたが、目の前ではっきり言われると拍子抜けしてしまったのだろう。
「あぁ、本当だ。そもそも、エストワールが産まれた時点で返上しようとは思っていたんだ。だが、陛下から止められてな」
「王族のスペア問題ですか?」
アレクシス殿下が尋ねる。
「あぁそうだ。今の所、王位継承権を持っているのは、私、アレクシス、エストワール、アナスタシアの4人だけだ。有事や疫病で命を落とす心配はもちろん、外交政策に使う手駒としても少なすぎる。まぁ、父王以前が近親婚だった弊害だろう…。父の代、アレクシスにとってはお祖父様がシュブラン皇国の姫君を娶ってから少し改善されたがな」
「頑健な体を持つというシュブラン皇国に白羽の矢が立ったのは必然という事ですね」
「その通りだ、ロイド。だが父の体は弱かった為、私が産まれたのは陛下が産まれてから15年も経ってしまったけどな…」
なんとなく、陛下がサミュエル様に甘い理由がわかった気がする。血の繋がった親族が少ないからこそ、お互いを大切に思っているという事か…。
そして、エストワール殿下が婚約破棄騒動を起こしても、王位継承権が繰り下がっただけなのはココに理由がある。
我が国の王族の数は他国に比べ少なすぎるのだ…。
「でも、陛下が多産で有名な侯爵家から王妃を娶ってくれて良かったよ。おかげでアレクシス、エストワール、アナスタシアという、かけがえのない宝に出会えたのだから」
そう言うサミュエル様は本当に嬉しそうだ。
アレクシス殿下も満更ではない顔をしている。
まったく…、素直に喜べばいいのに。
「でも、サムの話には続きがあるの…。私との結婚に関してよ」
エリン様が悲しそうに俯く。
「エリン!これは私が決めた事だ。君が気に病む必要はどこにもないんだ!!」
「でもっ!それでサムが…」
「いったい、どういう事なんですか?」
アレクシス殿下が訊く。
「アレクシス…。私はエリンとの結婚を許してもらう代わりに陛下に差し出したものがある」
「それは何です?」
「時間と良心だ…」
「なっ!!」
「もちろん、陛下は止めてくれたよ。お前がそこまですることは無い、とね。でも、これはエリンと一生を共にしたい私のケジメなんだ」
「サム…」
そう言ってサミュエル様はエリン様の手を握る。
「私は、国にとって汚点になるような貴族達を取り纏め『王弟派』という派閥を作った。まったく…、アイツらの相手をするのは虫酸が走るよ。怠惰で、虚栄心と承認欲求ばかり高く、相手の足を引っ張る事しか考えない…。他人より自分を省みた方がいいようなヤツばかりだ!」
サミュエル様が、エリン様の手を握っていない方の拳でテーブルを叩く。
よっぽど腹に据えかねる人間たちが集まっているようだ。
エリン様は悲痛な面持ちでサミュエル様を見つめる。
「先程、『時間』ともおっしゃいましたね。期限があるのですか?」
「あぁ、期限はアレクシスが即位するまで。クズは一箇所に纏めた方が、代替わりのとき一掃するのが楽だろう?」
そう言って、サミュエル様はニヤリと嗤った。
「しかし、思いがけずアレクシスの即位が決まった。私もこの役を降りる時がこんなに早くに来るとは思わなかったよ」
「まぁ、それはイロイロあったんで…」
歯切れ悪くアレクシス殿下が答える。
まさか貴方の結婚に対する意見を抑えるためと、陛下のサボり癖の矯正のために退位を迫ったとは言えないからな…。
「アレクシス!」
「はい!」
「どうか兄上を誤解しないであげて欲しい。兄上はアレクシスの為に、憂いのない状態で王位を明け渡したかった筈だ。私のこの提案を呑んだのも、全てはお前の将来の為だろう。それに退位を決められたのも、私の立場を慮っての事だと思う。一度、親子の会話をしてみるといい。アレクシスは宰相や大臣達ばかり頼って自分を頼ってくれない!と兄上は泣き言を言っていたぞ」
そう言ってサミュエル様とエリン様は微笑んだ。
「……善処します」
それに対して殿下は小さな声で答えたのだった。
「ちなみにこの事を知っているのは?」
「私達と陛下、あとウィラー宰相だけだよ」
「エストワール殿下は?」
「エストワールは知らない。が、この前の騒動で思う所があったんだろう。王弟としての心構えなどをよく聞きにきているよ」
「…そうですか。サミュエル様、エリン様、今日はありがとうございました!」
「あぁ、またいつでもおいで。ロイドも着飾りがいがありそうだしね」
「女装、似合うかもしれないわね!」
「遠慮しておきます」
そう言って、俺たちはサミュエル様達の部屋を後にする。
父よ…、どこまで貴方の手の平の上なんだ…。
だが、それより殿下が隣で異様に静かなのが気になった。
殿下の執務室に入る。
まだ殿下は考え事をしている。
俺は手際よくお茶を淹れ、殿下の前に置く。
「ありがとう、ロイド」
「はぁ〜…。どうしたんだ?アレクらしくないぞ」
「俺らしくか…。なぁ、『俺らしく』とはどんな感じだ?」
「そんな急に言われても」
「だよなぁ…」
「何か悩み事でも出来たのか?」
「あぁ。俺がやった事は正しかったのかと思って」
「今更か?」
「今更だよ。俺は前世の『川田隆二』として行動した結果、本当の『アレクシス』の家庭を壊してしまったのかもしれないんだぞ?」
「……」
「何とか言ってくれよ!」
「……っはぁ〜〜!!」
俺は特大の溜め息をついた。
アレクがびっくりしている。
「お前はバカか!」
「なっ!」
「俺がアレクに初めて会った時から、アレクの中にはその『川田隆二』がいたんだろ!俺はその人物込みのアレクに忠誠を誓ったんだ!それこそ、お前になら命を預けてもいいと思うくらいにな!それなのに自分の行動をここに来て後悔するな!俺だけじゃない…、お前を信じているイスターク達やクロエにも失礼だ!」
「ロイド…」
「それに『たられば』なんて関係無い!これこそがお前の…、アレクシス・エアスト・ミストラルの人生なんだ!違う魂を受け入れるのも、その人生のほんの一部に過ぎないんだよ!それに、俺は『必要』があって今のアレクなんだと思うぞ。そういう『運命』だったと割り切れ!」
俺は言い切ってやった。
この俺が見込んだ男がこんな腑抜けじゃ、この先困るからな。
それに、そんな男に大事な妹はやれん!
「ハハッ、『運命』か…。そうだな!今の俺について来てくれる仲間がいることを忘れてたよ」
「失礼なヤツだ!」
「いや、ロイド…。お前、十分不敬だからな!」
「腑抜けた主君を諫めるのも忠臣の仕事だろう?」
俺はニヤリと笑った。
「いい性格してるよ…」
「そういえば、前世の記憶があることを家族には教えないのか?」
俺はアレクに問う。
「いや、それは黙っておこうかなと。『家族』に話すとややこしくなりそうだし…。それに…、もう会えない『家族』の事も思い出してしまうから」
「…まぁ、アレクの好きにしたらいい」
「あぁ、俺の人生だしな」
そう言って、アレクは吹っ切れたように笑った。
お気づきの方もいるかもしれませんが、
この世界では濃淡はありますが、基本的に父から瞳の色、母から髪の色を引き継ぎます。
ちなみに陛下(アレク父)もサミュエルと同じく、黒髪青色の瞳です(サミュエルより薄い青)。アレクは金髪水色の瞳なので、王妃(アレク母)が金髪です。
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