ジェイド・ヴェルンの幸福4
……。
はて?俺は何と言われたのだろうか?
あまりの出来事に、脳が言葉の意味を理解することを拒否している。
代わりに本能が理性を押し退けて漏れ出て来た。
あぁ…、彼女が欲しい。
あの鋭い青い瞳に映るのは俺だけでありたい。
彼女だけが俺を理解してくれる…。
無意識に右手が彼女を求めようとするのを、すんでのところで己の左手で制する。と、同時にドロリとした感情も押し込める。
待て…。俺は今、いったい何を考えて、何をしようとしていた?
自分の行動が信じられず呆然とする。
この俺が?
本性を隠し、敵を作らず、自分にも他人にも何の期待もせずに当たり障りのない人生を送っているこの俺が?
まさか5歳の女の子を渇望する、だなんて…。
生まれて初めての感情に困惑しながら、言われた言葉を理解し青くなる。
あれ?用無し扱いされなかったか?
心臓がドクドクと煩い。おそらく顔色はとてつもなく悪いだろう。しかし、殿下の言葉に異を唱えるわけにはいかない。
か細い声で、
「畏まりました…」
と返事をするのが精一杯だった。
殿下はそんな俺を一瞥すると、また騎士と侍女を連れて部屋を出て行ってしまった。
せっかく唯一のヒトに出会えたのに、これでお別れなんて悲しすぎる。
俺は近衛の実習に参加出来ないことより、殿上人であるアナスタシア殿下ともう会えないかもしれない事に絶望した。
何故なら殿下と俺との年齢差は12歳だ。
彼女が成人するまでには、あと13年もある。
その時の俺の年齢は30歳だ。
はっきり言って、18歳の女の子の恋愛対象に30歳のオジさんは入らないだろう。
卒業後の俺の進路も、爵位を継いで領地に籠もる予定のため、この実習以外で彼女と関わるのはほぼ無いに等しい。
大体、騎士になった所で、あんな言われ方をした俺を側に置くとは思えない。
詰んだ…。
同期達の同情の目が、更に俺の心を抉った。
退室を命じられた俺たち3人は、元の部屋に戻る。
すると、突然マーカス公爵子息に肩を組まれた。
「まぁまぁ、ジェイド。そんなに落ち込むなって。まさか座学・実技・人格と、全てを兼ね備えているお前がなぁ…」
ニヤニヤ顔が気持ち悪い。
が、今はそれに応える気力もなかった。
「ジャスティン様の言う通りだぞ。今回の実習を外されたとしても、俺たちには爵位と人脈がある。それらが無いアイツらに華を持たせてやったと考えればいいじゃないか」
ヘイス侯爵子息が、見当違いな慰めの言葉をかけてくる。
いや、俺の場合はそんな事で落ち込んでいるわけではないが、コイツらに本心を知られるわけにもいかない。
俺は愛想笑いと共に、
「そうだね」
と無難に答えておいた。
案内の近衛騎士に促され部屋を出た所で、近衛ではない別の騎士に声をかけられた。
「ジェイド・ヴェルンはお前か?」
声がした方に顔を向けると、目の前に山のような大男が現れた。
オリーブグリーンを基調としたマントを片側に纏っている。
という事は、国境守備の第三師団…。
しかもマントと一緒に金と朱色の飾り紐も垂らしているという事は…
「はっ!私に何かご用でしょうか、カイオム第三師団長殿!」
俺は目の前の大男、もとい、次期騎士団長と目されるライアン・カイオム第三師団長に対して即座に敬礼をする。
彼は最年少で師団長にまで上り詰めたが、とにかく国境から異動したくないという変わり者だ。
国境はしばしば隣国との小競り合いや、悪党達との応戦もあるため、一番命の危険がある場所である。そんな場所から異動したくないとは、よっぽどの戦闘狂であることが伺える。
それに次期騎士団長と噂されるような人物は、普通第一師団長を務めるものだ。
血みどろでゴリゴリのパワー系集団の第三に常駐するような人物がなった例はない。
となると、この人はそれらの慣例をブチ壊すほどの実力を持っている人物という事になる。
そんな第三師団長がいったい俺に何の用があるのだろう?
俺は固唾を呑んで言葉を待った。
「なるほど…。知識、状況判断力、度胸、申し分ないな。お前に話がある。今出た部屋に戻れ!」
「はっ!」
俺は回れ右をして、元いた部屋に戻った。
ちらりとマーカス公爵子息達の顔が見えたが、何とも言えない顔をしていた。自分達と同類と思っていた者が、第三とはいえ、次期騎士団長と言われるような人物に声を掛けられたからであろう。
面白くないという態度がありありと見えた。
性格のよろしくない俺は、その姿に溜飲を下げた。
「さて、ジェイド・ヴェルン。お前、国境に来ないか?」
カイオム第三師団長は唐突に言った。
「えっ!?でも私はまだ学生なので、それは卒業後でもよろしいですか?」
意図がわからず、思った通りに答えた。
するとカイオム団長は、一瞬驚いた後、満足気に笑った。
「“否”とは言わないんだな。大したもんだ。第三に来いなんて言われたら、大抵のヤツは断るぞ?」
はっ!確かにそうかもしれない…。
でも声を掛けられた瞬間から、なぜだかこの人の下で働けるならば、何処でもいいような気がしていた。
王城に来てから、初めての気持ちばかりで戸惑う。
世界はこんなにも広いのかと思い知らされたようだった。
「実はアナスタシア殿下から頼まれたのだ。第三の所で鍛え直してやってくれとな。どうにもお前の精神が危ういと気づかれたんだろう。幼いのに立派な方だ。まぁ、アソコん家は、父親も長男も特殊だからなぁ…。」
「えっ!アナスタシア殿下が!!」
俺は全身に血が巡るのを感じた。
あぁ…、俺はまだ見捨てられていなかった。
それだけで先程とは違い、生き返るような心地がした。
俺の勢いに驚いたのか、カイオム団長が目を丸くする。
そして、ニヤリと笑った。
「なんだジェイド・ヴェルン。お前はアナスタシア殿下に惚れたのか?」
ミレン辺境伯家大好き(笑)なカイオム団長との出会いです。本編ではどうしようもない親父でしたが、本来は能力のある人物です(^o^)
✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩✩
読んでみて面白かったなぁと思われた方は、よろしければブクマ評価もお願いしたいです!!
大変、励みになります(。>﹏<。)




