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剣の呪術

エノク無双まで……1



 意気込むエノクは、小さく冷笑(せせらわら)う声を聞いた。

 周りを見回すと、笑声の正体はすぐに判った。先刻から嘲りを向けてくる貴族家の三人組である。

 カスミも聞き咎めて、また顔をむっとさせた。それでもエノクの方を見るや、唇を尖らせる。

 ――堪えろ、だろう?

 そう尋ねている気がして、エノクは微笑を返した。


「では、諸君らに説明を行う」


 受験者を率いた僧衣の男が声高らかに自身へと注意を集める。全員の顔が正面に見えるとたしかめて、束ねた視線を広間中央の燭台へと導いた。

 男が指し示した途端、燭台で揺れていた火が一瞬だけ小さく()ぜたかと思うと、緑色に変じて辺りを仄かに照らす。

 静かな歓声が湧いた。


「これは『緑陽の(しょく)』といい、近くの魔力に反応する火が点っている。魔力の質や波長を色、強さや量を火勢で示す。

 魔法、或いはそれに満たない物でもいい。それを使って魔力の有無を確かめる」


 説明の最中、火は再び緑から白に戻る。

 受験者が好奇の眼差しを燭台に募らせ、エノクとカスミはまたも知識面で置き去りにされていた。

 前提としてマリョクを知らないので、全く要領を得ないのである。

 エノクは漠然と魔法を使う力であるとし、カスミは面妖な技の種だという浅薄な認識だった。

 しかし、この程度の推察では危うい。

 挑む試練の要所、その末端にすら踏み込めていない現状では何を講じても無力に等しいのである。


「ん、魔力の、波長……?」


 ふと、エノクの脳裏に説明の一部に疑問が浮かぶ。

 いや、疑問ではなく、聞き覚えの感だった。

 それをどこで聞いたかを思索し、思い当たる記憶を手繰り寄せた。

 エノクは意を決して挙手する。

 僧衣の男が目線を運び、エノクを捉える。


「質問なら発言を許す」

「はい、質問です」


 エノクはすっと息を小さく吸い込む。


「魔力の検査、その必要性を訊ねても良いですか?」


 その一問に、広場が沈黙する。

 小波のようだった受験者の声も消え、僧衣の男さえもがわずかに目を見開く。

 エノクはかっと顔が熱くなり、羞恥に俯きそうになるのを堪えた。

 試験に臨む身でありながら、魔力検査の必要性を疑う姿勢は極めて異端だ。それもレギューム魔法学院では例に無い醜態だろう。

 それでも、訊ねる必要があった。

 そこから得られる情報で、自分の無知を少しでも補う為に。


「レギューム魔法学院の門を叩く者なら、必然的に魔法の素養、つまり魔力が必須。――つまりは入学において必要条件だ」

「ですよね……」


 嘆息混じりに僧衣の男は応えた。

 受験者たちからも、密かな笑いが起こる。

 エノクは顔を赤くしながら手を下げた。


「どうしたんだ、エノク」

「いや、知りたいことは知れた」


 意図を摑めない(きょ)に、カスミが小声で訊ねた。

 エノクは覗き込む円らな瞳に首を振って、顔を逸らす。熱くなる顔を手で覆って、それでも僧衣の男の返答に確信を得た。

 ほんの些細な疑問を解消すること。

 それは、魔法を扱う素養――それが魔力。ただ単純だが、曖昧で不安定だった認識を正せただけでも充分だった。

 魔法の力、それが魔力、その波長。

 なるほど。


 一人得心して、エノクは空を見る。

 そのときには、ベルソートが残した言葉と、空を泳ぐ影の因果関係も判明した。

 エノクの顔色から憂いの陰りは消えていた。


「何か判ったのだな、エノク!」

「うん。まあ、見ててくれ」

「うむ」


 変化を敏く見取ったカスミが頷く。

 自信を帯びたエノクに安心したように笑った。




「では、名簿の順に。――アレイト、前へ」


 僧衣の男が名簿に記された名前を呼ぶ。

 筆頭となったのは、アレイトと名を呼ばれた人物である。

 エノクとカスミで、何者かと探して……おもわず顔を(しか)めてしまった。

 呼名に応じて前に進み出たのは、さんざ二人を嘲笑った三人組の中でも、取り分けて意地悪な笑みを作る顔の少年だったからだ。

 燭台の近くに立つと、肩越しにエノクを見て鼻で嗤った……気がする。


「リューデンベルク王国アルフレディア公爵家出身アレイトです。よろしく」


 少年アレイトが出身を披瀝する。

 エノクはまた、我知らず嫌気で顔を歪ませた。


「あいつ、俺と同じ国出身なのか」

「そうなのか!?疑わしいな」


 カスミが疑念にアレイトを注視する。

 彼はその視線を不快そうに睨め返した後、燭台に向き直った。

 僧衣の男が見つめる中、アレイトが燭台を指差す。全員が口を閉ざし、緊張感を持って静観する。

 アレイトの小さく力む声。

 すると、指先の虚空に大きな火が現れた。

 燭台の火が赤色に変わり、先刻よりも猛々しく燃え盛る。

 どっと歓声が湧き上がった。


「さすが三大公爵家の跡取り」

「凄い素質だ」

「アレイト様、素敵!」


 僧衣の男がまた頷く。

 アレイトは指先の炎を消すと、踵を返して列に帰って来た。黄色い歓呼の声に、緩やかに手を振って応える。

 ――何て余裕なんだ。

 エノクは素直に感心して拍手する。

 しかし、それを見たアレイトが皮肉と受け取って顔を赤くしながら闊歩して近付いてくる。


「平民、貴様にこれができるのか?」


 アレイトの嘲笑を湛える問い。

 カスミが小首を傾げた。


火熾(ひおこ)しか?できるぞ」

「カスミ、違うから。魔法の話ね」


 エノクは的外れなカスミに柔らかく諭す。

 挑発的なアレイトに、どう接したものかと思案した後、小さく頭を下げた。


「いや、公爵家跡取り様ほどには」

「ふん、だろうな!」

「へりくだるのも違うぞエノク」


 低姿勢の反応にアレイトが満足げに胸を張る。

 真っ向から対抗しない態度に、カスミが全力で否定した。

 その後ろでは、次々と別の生徒が試験を済ませていく。アレイトの取り巻き二人も完了し、エノクの前に立つ者の数が減ってきた。


「所詮は平民だ。記念受験だし、たっぷり自分の無力を噛み締める良い機会だ」


 悪意を全く隠す努力も見えない。

 エノクが若干の呆れの色を顔に呈して、それでもこくりこくりとうなずいて受け流す。

 しかし、その隣でカスミが昂然と仁王立ちしていた。


「お戯れを。私とエノクは、決してそなたに敗けない!」

「……何だと?」

「いいや、ここにいる誰よりも強い火を咲かせて見せよう!覚悟しろ……あ、アレントとやら!」

「アレイトだ!無礼だなこの平民!?」


 カスミが真っ向からアレイトに――否、この場の全員に宣戦布告した。

 勿論、巻き込まれたエノクは唖然として自信満々のカスミを凝視するしかなかった。

 そしてアレイトの怒りが増長されたところで。


「四十五番、カスミ」


 エノクの肩を叩き、呼ぶ声を受けてカスミが前に出る。


「か、カスミ」

「安心して見ていろ、エノク。そのマリョク?だかが誰よりも強いと証明しよう」

「いや、大丈夫か?」

「任せよ。マホウとやらが呪術の類いであるのは理解した。なに、少し心得がある」


 ずんずんと、カスミは大股で歩む。

 その後ろ姿を見送るエノクは、ただただ不安を抱かされる。

 魔力の発音に、まだ理解の色が無いことがありありとわかった。徒手空拳で猛獣に挑むのと同然の暴挙を、いま彼女は正に実行しようとしている。

 ほくそ笑むアレイト。

 このままでは、彼の言葉通りになる。

 エノクはそれを横目に盗み見て、祈るように胸前で両手を握った。


「日輪ノ国将軍家の息女、切咲カスミ!推して参る」


 高らかに告げられた名乗りの口上。


 広場一帯に声が響き渡った次の瞬間、カスミの足下から白い火が噴き上がった。猛然と広間に迸った異色の熱に、受験者は悲鳴を上げながら退散していく。

 愕然とするエノクとアレイトは、列が乱れてもその場から動けなかった。

 やがて、カスミの周囲に舞い散る火の粉が集合して――ひと振りの巨大な剣になる。


 信じられない光景に。

 数度のまばたきの後、目をこすって再度たしかめる。

 現実だった。


 エノクは不意に、広間の中央を見た。

 そこに今までにないほど強く燃えたぎる白銀の炎が燭台に点っていた。

 火中に凜然と佇むカスミが、麗らかな笑顔で振り向く。


「これが呪術だ。――似てないか?」

「「……嘘だろ」」


 エノクとアレイトは口を揃えて呟いた。





次。

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