異端とは病
エノクとホタルは、また登校中のように聖バリノー教による襲撃を警戒しながら研究室を目指していた。
気力も体力も、今朝よりも削られた現在では次にエスメラ一人ではなく集団でかかられたら流石にレイナルとホタルが最初からいる状況でも捌ききれる自信がエノクには無い。
敵は沢山いる。
村を壊滅させた連中に、聖バリノー教。
エノクが死ねばレイナルは処刑され、匿ったホタルにもまた何らかの処罰が降る。
メリーを失ったが、まだ自分の命を大切にしなくてはいけない理由ができた。
「それにしても、まともな学生生活が送れないなんて……」
「執行猶予付きの身でそんな物は高望みね」
「うぐっ」
「言っておくけどエノク君が処刑される事になったら、わたしの手で送ってあげる」
理不尽なホタルの物言いにエノクは涙が出そうになる。
味方と思っていたのは錯覚だった。
どうやら、ホタルは死神だったらしい。
「レイナル?」
『ぐるるるっ』
レイナルが毛を逆立てて唸る。
明らかな警戒反応にエノクも身構えた。
近くに使い魔の気に障る存在があると察してホタルも密かにローブの袖の中で杖を握る。
二人と一匹の醸し出す空気が鋭さだけを帯びる最中、進行方向から一つの影が近付いていた。
「あっ、エノクくんだ」
「フレイシア?」
陽気に手を振りながら、赤い髪の少女フレイシアが二人に歩み寄る。
ひらひらと病衣に似た簡素な貫頭衣の裾を風に遊ばせていた。
「エノク君、彼女は?」
「フレイシア。同じ学生……だと思う」
入学初日に出会った時、フレイシアは真新しい学生ローブに身を包んでいた。授業に参加している姿を見た事が無いので、同じ教室の人間とは断言できず曖昧な説明になった。
それに、今日は制服も着ていない。
「全く、いつまで経ってもお見舞い来てくれないんだからっ!」
頬を膨らませてフレイシアがエノクを睨む。
その一言に、エノクは以前に別れた時、「お見舞いに来て」と言われていた事を思い出した。
「お見舞いって、何処か悪いの?」
「うん。本当なら出歩いてちゃ駄目なんだよ」
「そんな笑顔で言われても信用出来ないな……」
「エノクくん。隣の子は?」
「この子はホタル。俺と同じ進魔法学科の生徒だよ」
「ああ。あの有名な家系の」
ホタルは二人の会話中、目を瞑っていた。
静かで穏やかな表情だが、実は瞬時に魔法を放てる姿勢を整えている。
何故なら、先刻からレイナルが睨んでいるのがフレイシアだったからだ。
「フレイシアさん、貴女もしかしてトゥカリス病棟から抜け出して来たのかしら」
「うん、そうだよ」
「トゥカリス病棟?」
「わたしやエノク君が以前、怪我をした時に治療を受けた病棟とは別に存在する施設よ。医療施設じゃなくて、主に原因不明の病に罹患した人を研究対象とする場所」
「患者を研究……?」
エノクはその情報に耳を疑った。
エノクだって、魔獣を操る術の解明の為に裁判では解剖しようなんて話が挙がっていたが、それが嫌で奮闘し、執行猶予を勝ち取った経緯がある。
原因不明の病に罹った病人を研究対象とするなら、フレイシアは今まで研究として解剖に似た事を行われて来たのではないかと想像した。
「別に、そこまで危険な事はしてないわ」
「そ、そうなの?」
「原因不明とあって、病人は貴重な実験体だから無茶に扱って死なせた方が損失。血を少し抜いたり皮膚を貰ったり程度よ」
「そ、それでも痛いでしょ……!」
死ぬような真似はしないが、多少は痛い事をされている。
それだけでもエノクには苦しい事実だった。
「それにしてもフレイシアさん。貴女、どうやって外に」
「私のは感染するやつじゃないから、基本的に外出しても良いの。時間になったら戻らないといけないけどねっ」
病人もとい実験動物としての自分の身空をフレイシアは明るく話す。
「そこってお見舞いに行ける?」
「何枚か命を保証しない事を認めさせる契約書に署名すれば可能よ」
「……何の病気なんだ?」
「分かんない。ただ、月の光に当たると肌が真っ黒になって、そこから黒い虫が湧く病気」
悍ましい症状にホタルまでもが顔を歪めた。
病気だから体調の変化を想定していたのだが、体表で異常な現象が起こるとは思いもしなかった。
「……痛くないの?」
「痛くは無いけど、これで夜は地下に居なきゃいけないから長らく月は見てないなー」
「トゥカリス病棟には、そんな大変な病気の人が沢山……」
「わたしが聞いた話では朝は赤子に、夜になると老人になって死に、夜明けと共にまた赤子になって蘇生する病人がいるらしいけど」
トゥカリス病棟は、高い技術力を有した魔法研究者しか配属されない。
原因不明の病に相対するには、相応の実力が求められる。研究しても正体を暴ける可能性すら無い者を就かせたところで無意味だからだ。
ベルソートは口にしていないが、本来ならエノクの魔獣と心を通わせたという人類にはあり得ない事例を『病』と捉えた者もおり、このトゥカリス病棟に送るべきという打診もあった。
「フレイシアがいつか月を見られるようになるといいね」
「ふふ、ありがと」
「……今日も『音』がするんだね」
「ん?」
「いや、別に」
エノクは首を横に振る。
出会った時にしていた『潮騒』がフレイシアから今も聞こえる。先日の襲撃者も同じ音をさせていたのが、果たして原因は一体何なのか。
敵意、なのだとしてもフレイシアが攻撃する素振りが無い。
「エノクくん達はこれから何するの?」
「ホタルの研究を手伝うんだ」
「良いなー。私って研究対象だから、他の研究室においそれと入れないんだよね」
「無関係な人間なら尚更ね」
ホタルの手厳しい指摘にフレイシアが苦笑する。
「じゃ、私はこのまま散歩でもするよ」
「そっか。転ばないように気をつけて」
「あはは、どんな心配それ」
二人は隣を過ぎて去っていく赤い髪を見送り、再び研究室へ向けて歩を進めた。
気付けば、肩の上のレイナルも落ち着いている。
「原因不明の病気、かあ」
「どうかしたの?」
「いや。俺が魔獣と話せる事も、技術とかじゃなくて病気だったりするのかなって」
「その方が話も単純で助かる気もするけど、そんな事を言ったら『ジルトニア事変』もそう片付けられるわ」
「ジルトニア事変?」
「何百年も昔、ベル翁の推薦で魔法神秘学の研究室に歴史上類を見ない天才――ジルトニアが現れたの。ベル翁の弟子でもある彼の考え方は既存の解釈とは違う視点で魔法を解析していて、価値観の齟齬で魔法使いたちから迫害されてしまったわ」
「ベル爺の弟子、か」
ベルソートに弟子がいる事に驚きはしたが、エノクは不思議と納得した。
これまででベルソートが偉大な魔法使いである事か周囲の反応で理解できる。そんな人物に師事したいと思う人間はいるし、それに彼が応えて弟子とする場合もあるのだろう。
尤も、エノクは半ば強制的に弟子入りさせられたのだが。
「結果的に彼は反乱を起こして、当時もう一人いたベル翁の弟子エンテントに封印されたらしいわ」
「もう一人いたんだ」
「そちらも魔法使いの界隈では有名な人よ。魔法学園である程度学べば、エンテントの名は必然的に知る」
「……ジルトニアさんも凄い人だっていうのに、何か扱いが違って哀しいな」
「……貴方と同じくジルトニアも異端と認定されたの。どんな環境、組織だって異端がいれば忌避する。でも、それだけで病気扱いしたキリが無い」
ホタルが嘆息混じりに言う。
異端者は病人扱い。
エノクは、自身が病気だと思わない事にした。
こうしてレイナルと心を通わせている事が病なのだと言われると癪だからだ。
「そうだね。俺のは病気じゃない」
『ぐるる』
喉を鳴らすレイナルの鼻を掻いてやった。
「でも、貴方のまともに授業を受けられない状態は病気かもしれないわね」
「今までで一番酷い!!」




