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嘘と代替



 室外には聞こえない。

 ただ、エノクが泣いていると悟った。

 ホタルは扉へと視線を向けている。


 今の彼は思い浮かべているのだ。

 失った故郷の風景と、そこに住む人々との記憶を延々と繰り返し再生する。虚しいと知りながらも、それ以外に彼らと会う術が無いと自覚しているから止められない。

 自らで一区切りつけるまで。

 エノクは記憶の中で泣き続けるだろう。


 特別な力で疎まれた者同士。

 その違いは一つだけ。

 自ら捨てた自分と、奪われたエノク。

 自由意思もない後者が抱く悲痛の念に共感することなど、ホタルにはまず不可能だ。

 ただ、考える。

 何を失って、最も悲しんでいるだろうか。

 村の中でも最も思い入れのある――窮地に立つたび、彼が思い浮かべる義妹のことだろうか。


「気になるかのぅ?」

「…………」

「惨いことになったのぅ」


 ベルソートが腕を組んでうんうんと唸る。

 その白々しい仕草にホタルは眉を顰めた。

 老人はエノクの悲劇に対して、特に憐憫や強い感情を抱いていない。それどころか、エノク本人が悲しむと分かっている報告をする最中に微かな所感があったかすら不明だ。


 四千年を生きている魔法使い。


 ホタルは彼と昔から交流があった。

 だからこそ理解できる。


「村の状態を教えた意図は?」

「む?」

「エノク君の精神的な苦痛が伴うと承知した上で報告した、その真意を聞いてます」

「そうじゃのぅ」


 ベルソートが杖で通路の床を叩く。

 辺りに微風が起きた。

 魔力を膚で感じたホタルは、範囲を限定した音籠の術だと直感で理解する。会話内容の漏洩を少しでも避けるための工夫だ。


「実は村に生き残りがおる」

「…………」

「それもエノクの『飼い主』メリーじゃ」

「飼い主?」


 家族という関係性がありながら、まるで揶揄的な表現で称したベルソートにホタルはますます怪訝な表情になる。


「エノクの力は知っとるな?」

「はい」

「ワシも事後報告で知ったんじゃが、異常な筋力と格闘技術…………魔獣の使役までも含まれるかは不明じゃが一つ分かったことがある」

「それは?」

「発動条件の原因じゃ」


 ベルソートが指を一本立てる。


「血でも、極度の興奮状態でも――赤い視界によって体の奥底に眠る『記憶』が蘇ることで、肉体に宿った技術が引き出されとるんじゃ」

「経験ですか」

「その関係性から察するに、『以前のエノク』がその力を最後に使った瞬間と重なるんじゃろうな」

「最後の瞬間?」

「人が技術を引き出すとき、体は『記憶(けいけん)』を蓄積し、次の機会にその状態を引き出す」

「つまり、前回の状態と?」

「それともう一つ」


 ベルソートが指の二本目を立てる。


「自身が強く懸想する人物」

「……………」

「厳密に言えば、守るべき主人――と認識した人物じゃろう。昔、メリーが人攫いに襲われたときにエノクは守るべく抗戦し、そのときに同じ力を発揮したらしい」

「それで」

「メリーに飼われとる状態じゃ。

 現状、事情もあって己の身を守ることがメリーの保身や安全に繋がるから、力が発揮できとる」

「それが何か」


 ベルソートが嘆息する。

 そこから先こそが本題だった。


「メリーは生きとる、人質として」

「っ!」

「十中八九、利用するためじゃな」

「なぜ死んだと伝えたんですか」

「代替えじゃよ。

 敵に利用されかねんからのぅ、ここで『飼い主』を挿げ替える必要があるんじゃ」

「…………」


 それを聞いてホタルは目を瞑る。

 エノクの生態――いや、機能か。

 それを利用した敵の策略があるなら、たしかにベルソートの方法は効果的でもある。メリーという切り札を相手が行使しても、既にその効果は失われているのだ。

 ただ、それは利点の話。

 メリー生存を秘匿していたことで、ベルソートとエノクに多大な禍根が生じる。

 後顧の憂いとなる可能性が高い悪手ですらあった。


 いや、そんな合理的な理論を差し引いて――。


「残酷なのはあなたです、ベル翁」

「ほほ、承知の上じゃよ」


 ホタルは敵意を隠すことなく睨む。

 エノクから大事な物を奪ったのは敵だが、ベルソートもまた味方と断言し難い。心に寄り添う相手とはならない。


「わたしがエノク君の飼い主、そこに異論はありません。実際、そういう契約はもうしてあるから今更だけど」

「ほほほ」

「それに」


 ホタルは視線を足下に落とす。

 エノクは自分の物。

 ならば、もう彼が侵略されることは即ちホタルへの略奪行為そのものなのだ。

 何より――誰かに渡すつもりもない。


 背景に何もない人間性。

 群れているようで独り。


 人知れず孤独に喘ぐエノクを、ホタルは救うとあのときに誓った。

 その役目は己にしかできない。

 今さら、昔の『飼い主』が出てこようとも構わない。


「後釜であろうと、わたしは頑固者ですので」

「うむ」


 ホタルは一礼すると、室内へ入った。

 ベルソートは苦笑しながらそれを見送る。ホタルの人柄を知る彼としては、この先のエノクが果たして幸運なのか不幸なのか分からなかった。


 新たな主人がホタル。

 その影響がどんな効果を与えるのか。


 エノクも愚かではない。

 人の機微を読み取らんとする努力を怠らない。

 これから欺かれることも多く、また他にも悲惨な目に遭って『人間』が如何なるものか、狭い世界で塞がっていた価値観も広がる。

 そうなれば、ホタルの機嫌を損ねて悲惨な事故に繋がることは無いだろう。


「ホタルは独占欲が強いからのぅ」


 ……………エノクがメリーにさえ揺らがなければ。


「武運を祈るわぃ」





 

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