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黒曜石

エノク無双まで……3



 レギューム島の港に到着した。

 島全体が学園の敷地であるため、既に学生服に身を包む少年少女の姿があった。

 舟から降りたエノクは、呆然と島の景観を眺める。

 隣を見れば無表情のベルソート。

 試験自体はないと油断していたエノクの姿勢は、半ば放任していた彼にも責任があったと自覚しており、大魔法使いとしての自負などで作られた笑顔は跡形も無かった。


「着いたな」

「着いちゃったわい」


 学園の港に犇めく人々の往来。

 そこには笑顔しかなかった、さまざまな人と物が集まる場所とあって活気は凄まじい。

 だからこそ、絶望している二名の顔色は異彩を放つには充分すぎた。

 エノクは、レイナルとの再会以前に死刑の可能性がある。

 半年を漫然と過ごしていたわけではない。

 可能な努力をしてきた。いや、現状を顧みれば不十分としか言いようがない。


「し、ししし試験への自信はどうじゃ?」

「俺より狼狽(うろた)えてないでよ」

「……どうなんじゃ」

「体力には自信あるけど……」


 エノクが憂慮するのは筆記と魔法。

 体力には昔から自信があった。大人に負けない力があり、その資質があったからこそ漁業に参加できた。

 しかし、残る二分野が難渋である。

 まず筆記は、読書や算術ならば及第点にのし上がれるが、歴史学、常識などが弱点だ。

 続いて魔法。

 これについては、全く触れていない。知識の深さにおいて、赤子と称するほどすらも認められないほど皆無なのだ。

 レギューム魔法学園が総合的にも注目するのは、やはり魔法学についてのことだろう。


「メリーに遺書書く時間あるかな」

「こうなれば大魔法使いの名を使って……!」

「早まらないで!?」


 名声を用いて強引に入学に繋げようと画策するベルソートを止めた。

 そんな不正は、たちまち露呈して帝国にも知られてしまい、エノクは即刻死罪、悪事を働いたベルソートも言及される。

 限りなく合格の可能性は低い。

 それでも入学を果たさないと命がない。


「せめて試験内容の詳細が知りたいな」

「ワシも知らんな」

「何で俺の身元保証人なったんだよ」


 エノクは呆れながら前に進んだ。

 人波をかわして、島の中央に向かう『本道』に進んだ。周囲には同じ年頃の子供がそこかしこに見受けられた。

 入学式とあって、同じ受験者たちか。

 彼らの風采は、エノクよりも刺繍などの拵えが服を着ている者が多かった。

 この半年、屋敷で生活する際も平民の服を好んで着たエノクには、無縁なほど華美な装束である。


 そして港から徒歩数分。

 二人の行く手に高く頭を掲げる立札があった。

 そこに『入学者はこちら』の案内をみとめて、矢印で示された方角へと足先を運ぶ。

 周囲にいた子供たちも、同じように方向転換している。

 ベルソートを伴って進むエノクは、次第に本道から逸れた道の先に人の集団を見つけた。

 平原の中に設けられた円形の広間、中央には噴水が据えられている。

 集合した入学希望者が保護者と(おぼ)しき人物を(したが)えて雑談を交わす。

 広間の入口のアーチで立ち止まるエノクは、会場に着いて、いよいよ焦慮を隠せなかった。


「ベル爺、俺はやれるかな?」

「まあ、大丈夫じゃろ」

「何でそんな楽観視できるのさ?」


 エノクは苛立ちを乗せて訊ねる。

 ベルソートの顔から焦燥の色は消えて笑顔が取り戻されていた。

 もうすでに合格は諦め、見捨てているのだとさえ思わせる平静な彼に、エノクは甚だ無責任だと責めたくなる。

 身元保証人として、あまりにも杜撰な様子は崖っぷちにあるエノクの不安を増長させた。

 険相になっていると、ベルソートが隻腕でエノクの背中を叩く。


「空を見上げろ、エノク」

「空?」

「そこにヌシの才能がある」


 エノクは言葉通りに頭上を振り仰ぐ。

 青い空漠の中に、鳥影(ちょうえい)が列を成して泳いでいる。雁か、何なのかは全くわからない。

 ベルソートが示したのが空を飛ぶ影ならば、それがエノクの才能と称する意味を把握できなかった。

 真意を問おうと視線をベルソートに戻す。


「あの――」

『同伴者の方々は、離れて下さい』


 広間に殷々(いんいん)と声が響く。

 大人たちは退散して行き、残された子供達が不安げに辺りを見回している。

 ベルソートは黙ってエノクの肩を叩くと、そのまま立ち去ってしまった。

 まだ訊きたいことが沢山ある。

 それでも、エノクは背中を見送って覚悟を決めた。

 どうあっても退路は残されていない、進む以外の選択肢を持ち得ないのだ。嘆く暇があるなら、臨機応変に動く心身を整える時間にすべきだと判断する。


 エノクは深呼吸した。

 目を閉じて、潮騒に耳を澄ませる。故郷の港に打ち寄せる波の音だった。そして、メリーやレイナル、家族の顔、船乗りの仲間を想起した。

 瞼の裏に投影したみんなの面影に想いを馳せると、自分の両頬を平手で張った。

 気合い充分、あとは勝負だ!


 ようやく決心したエノクは、競争相手となる子供たちを見回す。

 そこで異質さの際立つ人物を見つけた。

 一人だけ立場の貴賤も計れない未知の装束を着た少女である。長い黒髪を後ろ一本で束ね、円らではあるが瞳の奥に強い光を宿す黒曜の瞳。

 エノクは我を忘れて見入っていた。

 初めて見る漆色の髪もさることながら、顔立ちは着飾った貴族の少女たちよりも凛然とした美しさがある。

 まだあどけなさが否めないとはいえ、ただ佇むだけで空気が澄んでいくように錯覚した。


 少女がエノクの視線を気取って振り向く。

 すると、闊歩(かっぽ)で遠慮なく接近して来た。

 直近に立つやいなや、エノクの両手を取って握り、嬉しそうに微笑んだ。


「そなた、見たところ平民だな!」

「え、まあ、はい」

「良かった。実は私はここに来るよう言われたのだが、何をするのか知らないのだ。良ければご教示願いたい!」

「今なんて??」


 エノクは思わず聞き返す。

 そも、この広間に集合した意味を知らないような少女の口振りが気に留まった。自分も先刻知ったばかりとはいえ、明らかに異常である。

 すると、少女は途方に暮れた顔になった。


「あれ、まだ発音が下手だったか?」


 的外れなことを考える少女に、エノクは我知らず愁眉(しゅうび)を険しくさせる。

 これから自身が何をするかも弁えていない彼女の振る舞い、一片の不安すら見せない相貌が眩しかった。

 二人が見合っていると、噴水の水が勢いを増して空へと噴き上がる。無造作に溢れていく流体が、やがて空気中で人の形に束ねられ、そこに巨大なの女性の姿を形作った。

 驚嘆する子供たちの前で女性が両手を広げる。


『それでは試験について説明します』


 周囲の注視が募るなか、嫣然(えんぜん)と笑みを浮かべる。

 エノクは不安、少女は期待を胸に彼女を見上げた。




次。

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