三人の一幕
地響きとともに治療棟が揺れる。
地震としてはあまりに不規則。
そして何より、時折だが強い魔力を感じ取れていたアレイトとしては、眠りの妨げであるどころか自身への容赦ない悪戯ではないかと自意識過剰に捉え始める頻度だった。
明らかな異常事態である。
アレイトは寝台から起き上がった。
「おのれ………」
「アレイトくん」
「何だ、エルフ」
「アナです。 職員さんたちの慌てようを見たでしょう、今はあんまり動かない方が良いと思うよ」
「ふんッ」
アレイトは出口へ向かう。
アナが呆れ気味にため息をついた。
「何処へ?」
「子分共のところだ」
「名前で呼ぼうよ、キュゼくんとリードくん…………だっけ」
「エノクを忘れてるぞ」
「いや、子分では無いでしょう」
アレイトが病室を出ていく。
アナは一人、寝台の上でまた目を閉じた。
地響きは続く。
昨日から続く周囲での現象から、概ね何が元凶であるかを察していた。
またエノクは大広間で戦っている。
襲われているのか、それとも自ら立ち向かっているのか。
どちらにせよ。
あの少年は生きることを諦めない。
土壇場で最後まで抗う気概を見せつける。
「私には無理だ」
あの庭園で――エノクのように二人、それも他人を助けようとはしない。
アナがその立場にあれば、真っ先に二人を見捨てて助かろうとも考える。
たとえ傍にレイナルという補助の武装があろうと、あの不気味な女性を相手に立ち回れる自信は皆無だ。
「すごいな、エノクくんは」
「お、おい」
「ん?」
沈思に耽っていると、顔色を蒼くしたアレイトがいつの間にか病室へ戻っていた。
「どうかしたの?」
「か、カスミが外で…………戦っている」
「カスミさんが、誰と?」
「く、黒いやつだ!」
要領を得ない説明にアナは怪訝な顔になる。
言葉からでもカスミが外で『黒い何か』と交戦しているということは読み取れるが、まったく想像できない。
黒い髪の人物か、黒い服の人物か。
慌てて窓を開けたアレイトが手招きするので、アナは渋々と寝台から出て窓辺へと寄った。
そこから、下の景色を見渡す。
「………………………ん?」
「ほら、黒いやつ!」
アナは一瞬、目を疑った。
そこには、たしかにカスミがいる。
片手に刀を手にして、治療棟の庭で黒く長く、そして太い筒のような体躯をした怪物と戦っていた。
蛇――というには頭部らしき造形の部分が無い。
「魔獣、かな」
「とにかく加勢するぞ!」
「え、ええ…………?」
アレイトの言葉に顔が引き攣る。
アナも参戦することを前提とした物言いには、一切の迷いがない。
底に他人の助力は当然という傲岸さが滲み出る発言ではあるが、それを差し引いても確かに眼下の出来事が危険であることは理解できる。
果たして、自分たちに対処の能う問題であるかは疑問だが…………。
己の短杖を片手に病室を飛び出すアレイトに、自分も杖を手にしてついて行った。
どうして他人の為に頑張れるのか。
好意があろうと。
打算があろうと。
自身の安全が前提としてでしか人は動けない。
「カスミ、無事か!?」
「おお、アレイト! 実はな、大広間の方から凄まじい物音がするので向かおうとしたら、何とこやつが目的地の方向から走って来た!」
「大広間から…………?」
「うむ、中々に凶暴だ」
二人でカスミの隣に立つ。
すると、黒い魔獣がびくりと体を跳ねさせる。
「ふふ、さては加勢した二人に戦いているな」
「ふん、当然だ。 僕の力を見せてやる」
「いや、何か違うような…………」
「行くぞ、ふたりとも!」
「指図するな!」
「ちょッ、ふたりとも?」
魔獣へと飛びかかっていく二人。
アナは理解が追いつかず、ただ見捨てるわけにもいかないのでその場から走って、大人を呼ぶことにした。
数時間後。
三人は病室で反省文を書いていた。
幸いにも怪我は無し、アナの話を聞いた職員たち伝いに魔法使いが呼ばれ、この魔獣を撃破した。
事態を聞きつけたティアーノによって、三人は反省文という罰則を与えられた。
一つ、無闇に魔獣と戦わない。
二つ、余計な怪我を増やすな。
これらを理由にして三人は叱られたのである。
「うむ、大体半分は書けたぞ!」
「おいカスミ、公用語で書け。 貴様の国の言語?のようだが、それだと受理されないぞ」
「な、なに!?」
書いている途中も二人は騒々しい。
アナはその様子に嘆息した。
「二人とも叱られたのに元気だなぁ」
「む、アナ殿はいささか顔色が悪いな」
「エルフは貧弱だからな」
二人はそれぞれ笑顔である。
陰鬱な表情でいるのはアナだけだった。
「どうして二人は、他人の為に戦おうと思えるの?」
「何だ急に」
「……………私は死ぬのが怖いから、魔獣と戦うのだって嫌だよ」
「無論、そなたの言う通り私だって死は御免被りたい」
「…………なら、なんで」
なぜ、あのときは助けたのか。
エノクの窮地に颯爽と駆けつけて刃を交えた。
実力差は分からないが、命を賭けた戦いであるのは間違いない。
何故躊躇せずに立ち向かえるのか。
その行動原理がアナには読めない。
「そんなの決まっているだろう」
「…………?」
「あの魔獣が悪さをすれば、また休校が延長される。 そうなったら、エノクや皆に会えなくなるだろう」
「…………つまり」
「友達のため、己のためだ!」
「僕はこれ以上、休校期間が延びても困る」
「む、アレイトは素直でないな」
「素直だ!」
二人がわいわいと口論を始める。
蚊帳の外になったアナは、ただ一人呆気に取られていた。
そんな些細な理由で人は、勇気を持って戦えるのか。
アナは自身の開いた掌を見やる。
「二人は、カッコいいね」
「アナ殿もな」
「え?」
「我々を心配して全力で大人を呼びに行く後ろ姿は、とても勇ましかったぞ」
「いや、逃げて――」
「でも、また戻ってきてくれた。 我々を思って全力を投じてくれた姿に恥などあろうか」
「……………!」
カスミの言葉に、アナは泣き出しそうになった。
ぐっと歯を食いしばって落涙に堪える。
恥。
きっと、何処かで誰かの為に戦えるエノクや皆を羨み、それが出来ない自分を疎んで、また恥に思っていたのかもしれない。
だから――カスミに言われて、心が軽くなったのだろう。
「ど、どうしたアナ殿?」
「エルフはよく分からん生き物だな」
「ううん、何でもない」
アナは気丈に笑って、二人の顔を見る。
「私も、早く二人と学校に行きたいな」
次。




