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初耳

エノク無双まで……4



 我が身のことでありながら、自分の罪状について詳細を知らないエノクは、言われるがまま、為すがままに行動した。

 レイナルは軍法会議にかけられ、その身柄はしばらく王国に預けられた。

 身元保証人となった大魔法使いの老人ベルソートと、(きた)る入学となる次の春まで彼の別邸で時を費やす。

 王都の住宅街の一画に佇む瀟洒(しょうしゃ)な屋敷だった。

 潮騒を子守唄に床に薄布を敷いて眠ったエノクには、とても新鮮な暮らしだった。

 そもそも環境も違った。

 華やかな商店が町を彩り、道を所狭しと占める雑踏、エノクの処理の追い付かない膨大な言語。

 ベルソートの説明を受けても、春までに慣れることは終ぞなかった。

 そして。

 環境に慣れる前に忙しかったのもある。

 読書(よみかき)のできなかったエノクは、児童が読む絵本や参考書を購入してもらい、必要最低限の学力修得に努めた。

 ベルソートは面倒を見てくれなかったので独学である。

 漁業の手伝いで、文字を記憶したりする淡々とした作業などは得意だったが、算術などの理論ばかりは紛糾した。

 それでも食らいついて記憶すると、決まってベルソートが褒美に魚介の晩御飯を馳走してくれた。

 それが何よりも嬉しかった。

 故郷の味を忘れ、不安に背中を抱かれる日々。

 その苦辛を酌んで傍にいてくれたベルソートは、家族のように接してくれた。


 しかし、エノクはふと気が付く。

 レギューム魔法学園に入学するに当たって一切合切、魔法について学習することはなかった。

 ベルソートが禁じたからである。

 その真意を問えば。


「魔法はヌシが決めろ」


 底意すら読めない。

 ただ、その言葉だけだった。





 そしてベルソートの支えあって早半年。

 王都を照らす陽光が暖かくなってきた頃、エノクは屋敷を出ることになる。

 いよいよ、入学の季節が到来した。

 二人で王都から半月をかけて南下し、学園に続く短い陸路を経て海へと出た。

 久しい波打つ音に耳を澄ませながら、二人で舟に乗り込み、とある島を目指す。


 レギューム地中海の中の孤島。

 どの大陸、どの国にも属さない位置に浮かんでおり、だからこそ中立と調和の象徴として選ばれた。

 広大な面積を有する島は、およそ世界の有り様を一つに凝縮したような地勢である。

 熱砂の平原、火山、凍土、密林……さまざまな自然を擁するらしく、エノクは想像の難しい話にひたすら疑念しかなかった。


「砂漠と氷原が一所(ひとところ)に集まるって、どんな気候してんの?」

「面白いじゃろ?」

「不安しかないよ、これから行く所だし」


 享楽的なベルソートの態度に不平顔だった。

 そもそも、自ら望んだ入学ではない。

 国に強要され、故郷からも隔離されて知らない場所に放り込まれるのだ。

 加えていまだにレイナルの返還は無い。待遇について期待はしていなかったが業腹ではあった。

 だからこそ、全貌の知れないレギューム魔法学園が恐ろしい。


「ワシも三千年くらいはあそこで過ごしてたわぃ」

「今なんて?」

「三千年」


 エノクは憮然として彼を見た。

 当然とばかりに、桁違いの年数を口にされた。


「歴史について勉強してないから判らないんだけど……ベル(じい)って何歳?」

「二千で数えるのをやめたわい」

「むしろ二千まで粘ったのか」


 エノクは水平線を見た。

 まだ島の影は遠くに窺えない。

 魔法関連の学習は、すべてベルソートに禁止されて手を付けていなかった。

 未知の土地、それも罪人として乗り込むとなれば驚怖(きょうふ)はひとしおなのだ。


「ベル爺は、これからどうするの?」

「ヌシの師として滞在するぞい」

「…………」

「何じゃその顔は。これから魔法について教えてやるわい」

理解(わか)るように説明してくれよ?」


 若干の疑心を抱きつつ、エノクは彼がまだ傍にいてくれることに安堵した。


「レイナルは、いつ戻ってくる?」

「無事入学ができたら、手元に戻るぞい」


 エノクの顔がぱっと輝く。

 レイナルが戻ってくる!――何よりもの吉報だ。

 ベルソートだけでは心許ない生活を、あの甘えんぼで愛らしい生物が付き添ってくれる。過酷な運命ばかりではない。

 そう安心して――エノクの脳裏に、一つの懐疑が(よぎ)る。


「……無事、入学が……できたら?」


 ベルソートの発言が引っ掛かった。

 エノクは彼を見た。

 にこやかに海を眺めるベルソートは、エノクに視線を向けず潮風と戯れている。


「無事に入学って、何さ」

「む?そりゃあれじゃよ……試験があるんじゃ」

「はっ!?」


 エノクは瞠目して飛び上がる。

 ベルソートの両肩を摑んで強く揺すった。


「初耳なんだけど」

「学園じゃぞ?一応、あるじゃろ」

「てっきり特別措置で入るのかと思ったよ!」

「そんなわけないじゃろ」


 緩やかに首を振って笑うベルソート。

 不測の試練を予言され、エノクは先刻までの希望に満ちた未来が閉ざされるのを感じた。

 国家規模の沙汰で入学を求められたのだから、てっきり試験などを差し引いて学園へ通学するのだと認識していた。

 それを厚遇とは思わなかった。

 ただ当然だと疑わずにいたのである。

 実際、エノクと同じ立場なら誰もが同じ誤認をしていただろう。


 顔面蒼白になるエノク。

 それは打ち上がった魚じみた白さだった。

 そこへ追撃を仕掛けるように、ベルソートが水平線を指差す。


「ほら、島が見えたぞい。筆記、体力、あと魔法の三分野が受験必須じゃからな」

「待てまてまてまてまてまてまて!」

「さあ、張り切っていくぞい!」


 エノクは水平線に浮かぶ島の影を見た。

 少しずつ近づく新天地、いま聞きなれた潮騒は不安に動悸する胸の鼓動に掻き消され、船体の揺れを何倍にも増幅させて感じさせる。

 予想だにしない入学試験の存在。

 これがもし、不合格に終えればどうなるか。

 執行猶予付きでの通学の出端となると、重味は更に増す。


 通学できない――すなわち死刑。


「俺……死ぬんじゃない?」

「死なんて。……たぶん」


 ようやく事態の深刻さを理解したベルソートが、安心させるように引き()った笑顔で囁く。

 全く効果はなかった。





次。

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