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銀の稲妻

ま、魔法が書きたい。。



 地面を蹴って襲撃者が迫る。

 毛を逆立てるレイナルの傍でエノクは考えた。

 いかに有能なレイナルの援護を受けて優位に立っても、いつも自分だけの状況へと落とし込められる。

 それが効果的な戦法だからだ。

 エノク自身には全く戦闘力が無い。

 前提として、エノクは無害と考えられている。さらにエノクさえ封じれば、レイナルすら止められるのだから一石二鳥なのだ。


 だからこそ、今まで通りにはいかない。

 エノクも他力本願ではなく、己で身を護る術を以て対処しなくてはならないのだ。


 だが先刻の遣り取りで程度を知った。

 あれではまた無様に捕まるだけである。


 ならば――あの力。

 素早く動く襲撃者にすら対応した、エノクに潜在する理解不能な格闘能力である。

 おそらく二度。

 どちらも意識が無い状態で発動していた。

 だが、危険な状況に陥ってからしか起きていない。


 遅い、それでは遅すぎる!


 他に条件は――。


 不意に額の傷から片目に垂れた血に目を瞑る。

 指で拭い取って見た。


「…………赤」


 エノクははっと思い至る。

 悪夢の中と、先刻の戦闘で重なる点といえば視界が赤みがかったときだ。

 そして、その視界で捉えた敵が人ではなく怪物として捉えられたときに――体は奥底の力を引き出す。


「っ…………でぇえい!」


 抵抗感を覚えつつ、エノクは傷口の血を目元に拭った。

 自ら指を目に突っ込むような行為なので体が震えたが、狙い通りに視界が赤く染まる。


 どくり、と心臓が大きく波打った。


 焦燥感も、恐怖もすべてが抜け落ちていく。

 まるで意識を失う直前のように、自分の感情すら他人事のように、精神と肉体が乖離していく。

 別の『何か』が、体を支配する。


 最後に、メリーの顔を思い浮かべた。


 守るべき者を定め、敵を朱い世界に収める。

 それが――必須条件!


「レイナル、行け」

『グァァァァァァァアッッ!!』

「あら、まずは忠犬のお出ましね」


 レイナルが床を蹴り破って跳躍する。

 砲弾のごとく直線を描いて、相手を轢殺するかのように突進を繰り出した。

 猛牛じみた仕草で、頭頂部で襲撃者の体に激突し、その後に角に引っ掛けて天井へと放り上げる。

 ぐんぐんと高さを稼いで、襲撃者の体が天井に突き刺さった。

 天井から血が滴り落ちる。


「呆気ない」

「いいえ、まだよ」

「む」


 エノクの後ろで、天井にいるはずの襲撃者の声がした。

 振り返った先で、上裸になった襲撃者が惜しげもなくその肌身を晒して鉈を振り上げている。


 いつの間に――ではない。

 恐らく、天井とは別に先のレイナルに噛み砕かれて分離した下半身から、別の上半身(・・・・・)が再生したのだ!


「はい、まず一撃」


 襲撃者が鉈を大上段から振り下ろす。

 エノクは後方へと体を回しながら、相手に突き出すように伸ばした拳の手背で、横面から鉈を叩いた。

 ごおん、と鐘を鳴らしたような音を鳴らす。


「あら」


 攻撃途中に別方向から衝撃を受けた分厚い鉈が、エノクの横へと逸れた。

 エノクは顔を顰める。

 弾いた手の甲から感じたのは鉈の重量ではない。その形、その大きさに留められた大岩のような質量感を感じた。

 だが、拳は壊れていない。

 それに攻撃を防いだ。

 エノクは止まらず次手へと移行する。

 体の回転をそのままに、前へと向き直るまでに育んだ遠心力を振り上げた片足へと乗せ、襲撃者の脇腹へと叩き込む。


「こふッ!」


 鈍い打撃音をさせて、回し蹴りが命中した。

 襲撃者の艶美な顔が、一瞬だけ苦痛に歪む。


 確かな手応えに、だがエノクはこれだけでは決定打になり得ないと実感した。この襲撃者の尋常ならざる耐久力に予断は禁物。

 蹴り足を引き戻し、エノクは後ろへ飛び退った。


「レイナル、『全力のお手』!!」

『ゴァァァァァア!!』


 二人の頭上に影が差す。

 獣性を解き放ったレイナルが、獲物へ向かって容赦なく腕を振り下ろした。

 ぐしゃり、と床とレイナルの手の間で血飛沫が水柱のごとく上がる。


「仲が良いほどの連携ね、妬けちゃう」

「…………」


 天井から破片とともに襲撃者が落ちてくる。

 レイナルの手の下にあった肉片は動く様子は無い。

 まるで、二つ作った体で自在に意識の交換を行っているかのようにだった。


「どうなってるんだ、アンタの絡繰(からだ)

「ふふ、子供にはまだ早い大人の」

「下らない」


 着地より早く、レイナルが爪を振るう。

 襲撃者が吹き飛び、すぐに遠くの床で優雅に着地を決める。

 間髪入れずに肉薄する彼女に呆れながら、エノクもまた前へと駆け出した。

 ――と。


「ッ………あ?」


 視界の隅で魔法使い四人が杖先に炎を滾らせる。

 杖先はエノクへ向いていた。

 やはり――静観していた四人すら敵。

 だがそんな納得と、危険を察知しながらもエノクの足は止まらない。


 何故なら、そちらには相応の対策が既に取られていりからだ。


「ふん、品のない魔法だこと」


 ティアーノの嘲笑の色を含む声。

 四人の魔法使いの頭上から雷が落ちた。全員が敵だと認知できた瞬間の、容赦ない魔法攻撃である。

 黒煙を上げて、物言わぬ肉片となった魔法使いたちが床に倒れ伏せる。

 エノクへの波状攻撃は阻止された。


 これで憂いは無い。


「エノク君、さあ来なさい!」

「嫌だよ!」


 襲撃者の片腕が骨を折るような音を立てて変形する。蟷螂さながらの湾曲した硬質で鋭利な形となった。

 エノクは止まらず、相手の得物を認識して拳を掲げる。


 互いを間合いに収めた瞬間、双方の拳と刃が激しく交わった。


 エノクは冷静にいなし、回避し、反撃の打擲を加える。

 襲撃者はひたすらエノクを削るように異形の刃を振り回した。

 だが、この格闘戦において――互いの優劣が明確に露呈する。


 もはや度重なる戦闘と激しい再生による消耗で、襲撃者の動きは精細を欠いていた。

 対するエノクは、血が止まらず貧血で動けなくなる寸前――風前の灯さながらの状態でありつつも、その体に宿った練度の高い技を発揮している。


 少しずつ、エノクの拳だけが当たるような状況が完成しつつあった。


「ひど、び! 私、ぉ゛んなの子゛なのぎッ!」

「今更だ。 悪いけど、アンタにはもう油断しない」

『ゴルルルッ』


 背後でレイナルが鳴いた。

 その意図を察して、エノクは襲撃者を蹴り飛ばしながら退避する。


「あ、ら? どうじて退くの?」

「準備が完了したからだよ」


 エノクは道を開けるように。

 襲撃者と――ホタルを結ぶ直線上から撤退した。

 エノクで隠れていた物が露わになり、その光景に襲撃者の目が見開かれる。


 ホタルは直立したまま目を閉じていた。

 全身を包む銀色が輝きを増していき、片手の短杖の先へと剣を模した形で光が収束した。


 束ねられた神聖な魔力。

 ホタルを中心に大気は歓喜しているかのように震え、捻れた風が辺りへと吹き荒ぶ。

 その姿に。

 後ろを顧みたエノクも、襲撃者すらもが目を見開く。

 戦場には相応しくない、芸術めいた力の躍動を目の当たりにして現状を忘れる。


「ああ、凄い」


 襲撃者がぽつり、と言葉をこぼす。


「散りなさい、外道」


 ホタルが銀の瞳を開いた。

 軽く杖――否、『剣』を振って低く上体を前に傾ける。

 襲撃者が攻撃を察知して防御姿勢に入った。

 その瞬間。

 ホタルの姿が霞のように消えた。

 ちり、と微かに赤い火花が散る。



 音よりも速く。

 銀色の稲妻が襲撃者へと駆けた。


「がはッ!?」

「――エヴァレス流剣術『神無突(かんなづき)』」


 襲撃者が吐血する。

 その腹部が蒸発したかのように消えて、再び上下半身が弾けるように分断された。

 姿が無くなっていたはずのホタルが、いつしかそこに短杖ならぬ『剣』を振り抜いた体勢で静止している。


 遅れて、雷鳴が轟いた。


 患者を吹き飛ばしかねない強風が吹き荒れ、杖先を向けた方向にあった遠い大広間の壁に大きな穴が穿たれる。

 ホタルの髪が、毛先まで銀の燐光を帯びて風に戦ぐ。

 足下は爆発したかのように割れていた。


 この大惨事に、エノクは既視感があった。

 昨日、見たばかりの光景と重なる。


「庭園壊した俺とレイナルの帳消しって言ったけど」

『くぅぅうん』

「うん、俺らと一緒だよな…………あの娘も」


 聞かれていたら、きっと怒られる。

 そんな予感もあって、心の中にあった感想をそれ以上は口にしないようエノクは自重した。





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