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仕切り直し



 エノクの意識が闇に落ちていく。

 もう抵抗もできない。


 敗北、する。

 だが、まだ死ぬわけではない。

 死ぬわけでは――そこまで考えて、だがこの襲撃者に誘拐された後に生かされていても、メリーたちに会うことはできない。

 力の正体を解明して、汚名を返上しなければ一生メリーたちは罪人の家族として蔑まれる。

 何としても抗わなければならない。


 なのに、逃げられない。


 助けて欲しい。


「だれ、か………たす、け」

「――大丈夫」


 ふと暗い闇の中で囁くような声がした。


「君は独りじゃない――私が助けるから」


 視界の闇を銀の閃光が劈いて走る。

 伸ばした手を、何かが包み込んでいた。




「――は?」


 呼吸と共に色と光を取り戻していくエノクの視界に白銀の少女が立っている。

 揺れる白銀の髪の下、磨かれたような鋼色の瞳はエノクを見ていない。

 虚しく伸ばした手を包んでいたのは、少女の手だった。


「ホタ、ル?」

「それ以外の何に見えるの」


 振り向いたホタルの姿に、先刻とは別の寒気が背筋をなで上げた。


 まるで――一振りの剣のようである。


 一房だけ混じっていた赤い頭髪は、色を元は瞳に宿っていた瑠璃色に反転していた。

 全身は銀の微光を纏いながら、服や体には朱い線で描かれた模様が走る。


 外観の変化はともかく、彼女の帯びた空気が鋭い。

 触れる者をすべて切るような鋭利さと、その華奢で美しい体が放つ銀光が名剣という言葉を想起させた。


「君は、一体…………」

「これが私の才能。 特別なのはあなただけでもないし、呪いでもない」


 ぎゅ、と手が強く握り込まれる。

 その暖かさに、エノクは自然と安堵――しかし、すぐにはっとして後ろへ振り返った。

 首を絞めていた襲撃者がいない!

 一陣の風を伴って現れたホタルと入れ代わるように消えている。


「や、ヤツは何処に!?」

「あそこ」

「えっ」


 ホタルが短杖で指差す。

 それは、その方角にいるレイナル――のさらに向こう側の、遠い大広間の壁を指し示していた。

 壁面に埋もれ、血を噴く上半身だけの無惨な襲撃者の姿がある。


「な、何をしたんだ」

「あなたを引き寄せて、あれだけを蹴り飛ばした」

「あいや、人間をあんなに飛ばせるって…………」

「だから言ったでしょう、特別なのはあなただけではないと。 つくづく人の話を聞いていない、だから油断して死にかける」


 ホタルが嘆息混じりに批判する。

 その会話を遮るように、遠くから哄笑する声が響いた。


「あははははは!! そう、貴女あの家系だったのね!」

「……………」

「ああ、この世で最も貴い魔力を感じるわ!」

「なに、あの人」


 流血で壁を濡らし、それどころか伝った血で壁際の床に池を作るほどの重傷で歓喜している女性にエノクは顔を引き攣らせた。

 どこまで破壊すれば――死ぬのか。

 背中を突き破って臓物がこぼれ、上下半身を噛み砕いて分けられ、胸に風穴を空けられ、壁にめり込むほどに叩きつけられても生きている。


 だが、もう彼女では勝てない。


「こっちにはティアーノ先生と魔法使い四人、あとレイナルにホタルがいる」

「いえ、訂正するわ」

「はい?」

「私とエノク君、レイナルだけ」

「何で!?」


 ホタルの銀の瞳が細められた。


「周囲の魔法使いの中にまだ敵がいる可能性があるから」

「いや、でも」

「ティアーノ先生で一人が仕留められたこと、続いてレイナルで一斉に職員に扮した仲間が仕留められたこと、そして最後の闖入者で状況が複雑化したこと」

「…………」

「以上のことで、まだ手を出せておらず正体が露見していない。 怯えて手が出ていないだけで敵でないとは限らない」

「…………」

「ティアーノ先生は、彼らを抑えつつあの素早い襲撃者にも警戒する必要がある。 何よりエノク君めがけて来るあれを魔法で狙えば、あなたごと攻撃してしまう危険を無視できないの」

「だから、俺と君…………か」


 エノクはその解説を否定できず閉口する。

 魔法使いは窮地にあってもエノクを助けなかった。

 どこか誘拐されることを期待すらしていた。

 如何にレイナルに怯えていようとも、ホタルが捕縛されたときなどにも全く救助しなかったのは不自然である。


「大丈夫」

「え?」

「ともかく、前を見て」


 ホタルは襲撃者から一切視線を外さない。


 めきめきと、音を立てて女性の下半身が生えていく。凄惨な傷口が、時間を逆行したかのように塞がった。

 垂れ流した血はそのままに、まるで無傷を謳う素振りで襲撃者は優雅に床に降り立つ。身を包む黒衣の状態を見なくては、そも戦闘が無かったかと見紛うほど快癒している。


「嘘だろ…………どうやって倒す?」

「私が仕留める」

「できるの!?」

「でも時間が要る、だから援護を」


 ちら、とホタルの瞳がエノクを見る。


「仕事よ、行きなさい」

「…………そうでした、犬ですもんね」


 エノクは肩を落として前に進み出る。


 でも、不思議と不快ではない。

 誰もいない、独りきりの闇に落ちていくところだったのを救ってくれた光があった。

 今は自然と、肩が軽い。


「また頼む、レイナル」

『ぐるるるる』


 レイナルと並んで、襲撃者と相対した。

 悠揚と歩んでくる足取りには、全く気後れしている様子は無い。どんな傷を受けても止まらない、化け物としての自負を抱えて迫っている。


「エノクくん、さあ行きましょう」

「悪いけど俺には帰る家もあるし、俺を飼ってる主人…………がいるらしいから、そっちに行く用は無い!」


 毅然として襲撃者に向かって叫んで答える。

 その声に――彼女から笑顔が消えた。


「じゃあ、今度はお遊び無しで――行きましょう」

「やってみろ」


 殺気に躍動する襲撃者の影に向かって、戦慄を隠すようにエノクは大胆不敵に笑って構えた。






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