蠢く悪意
エノクが去った村を見下ろす山々。
その麓の木立で、渓流付近の岩場に腰を下ろす集団がいた。
村の方角を見て、それぞれ顎に唾液を滴らせていた。
先頭に立つのは女性である。
腰の辺りに猛禽の翼を有し、その妖艶な体つきを惜し気もなく風に晒していた。体の前面の殆どと背中を露出したドレスの裾を捌く。
紅を差した唇に舌なめずりする。
「やられたわぁ。探し当てた矢先に連れてかれるなんて」
女性は自分の顔を両手で挟んで体をくねらせる。
まるで嘆いているようで、しかし声は喜色に塗れていた。異性を魅了する色香を漂わせなざら、村の端々を見回す。
「結界……結界ね。さすが大魔法使い、これは骨が折れそうね」
女性は後方に控える集団に向かって振り返る。
それと同時に、全員が跪いた。
「半数はこのまま襲撃よ、決戦前の腹拵えね。残りは……」
彼女が言いかけて。
空から一羽の鷹が急降下してきた。そのまま女性が胸前に掲げた前腕部に取りつき、羽を畳む。
鷹の足には筒が付けられており、蓋をひねって開くと筒状に収容された紙片があった。
女性はそれだけ取ると、鷹を地面に叩き落とす。
足元に血溜まりができた。
「連絡手段を改めて欲しいわ。あたし鳥って嫌いなのよね」
紙片を広げて、中身をあらためる。
内容を把握し、凄然とした笑みを浮かべた。
「半数は村の襲撃、メリーって娘は捕らえなさい。残るは――レギューム魔法学園よ」
女性が命令すると、集団が二手に分かれた。
一方は村へと川を下り、もう一方は山へと向かっていく。
取り残された女性は、片手に鉈を携えて村を目指す。
「さあ、坊や。迎えに行くわね」
獰猛な悪意の花が咲いていた。
次。