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難儀な性格



 門前のカスミに沈黙する。

 立腹した顔はやや赤く、エノクへと批難の眼差しを注いでいた。時折、ホタルをそれ以上に鋭い眼光で射抜く。

 対するホタルは至って平静だった。

 今後の作戦についての己の立ち回りを考えているのか、目を閉じて我関せずの風を装いつつ思考している。

 無防備なのはエノクだけだ。

 二人の間で混乱するしかない。


「こんにちは、カスミ」

「うん」

「えーと、もしかして見舞に来てくれた?」

「そうだ」


 依然として声は低く怒気を孕んでいる。

 エノクとしては緊張――はしていない。怒ったメリーの壮絶さは、カスミの比ではないからだ。

 陰湿な報復と、数日間の無視が続く。

 両親もこの態度になる都度エノクに対して何事だったかを訊ね、その前提がエノクの無礼であると決定した口振りである。

 メリーとの喧嘩で勝てた例はない。

 重ねた敗北の戦歴がエノクを強くしていた。

 無論、これは相手を怒らせないよう努めるべき人間には極めて控えて欲しいことではあるが。


「エノク」

「はい」

「ホタル殿と何をしていた」

「どんな関係、と言われてもなぁ」

「む、それは疚し――」

「これから一年、同じ教室で学ぶ仲間として挨拶していました」


 静観していたホタルが口を開く。

 瞳は閉じたまま、穏やかな声で告げる。


「ホタル殿が?」

「はい」

「うむ、しかし白いローブというのは我々と少し異なる装束だ」


 カスミの指摘は、エノクの抱える小さな疑問の一つでもあった。

 今思い返せば、進魔法学科の生徒のローブは黒を基調として統一された衣装である。余計な装飾を排したこれは、魔法使いの象徴たるローブに防火性やその他諸々の機能があるとベルソートからの説明を受けている。

 だが、ホタルのローブは白かった。


「所属の違う証だと見受けたが」

「このローブは卒業過程修了を待たず独自研究の許可が下りた者が身にする物です。 学園では珍しくもありませんよ」

「そうであったか」

「ただ、エノク君の事情が特殊且つ私の研究分野に関わるとあって、先刻ティアーノ先生に共同研究を提案されたので、これからは度々彼が研究のために授業を抜け出すこともあるかと」

「そ、そうなのか」


 先刻までの怒りが霧散してカスミは頷く。

 ただその横ではエノクが唖然としていた。


 キョードーケンキュー…………――共同研究!?


 その名目を使われたら、これからは授業時間であろうと容赦なく呼び出しを受けることになる。その場凌ぎの嘘としては、何故か真実味を帯びていてエノクは不穏な予感を覚えた。

 まだ一寸先の魔獣被害への対応があるが、それを乗り越えた後の未来への恐怖もじわじわと湧き上がる。

 いや、それよりも驚くべきは表情を一切動かさず淡々と述べたホタルの肝の太さである。


 普段からは表情が動かない。

 言動を注視していても、いつか欺かれているかもしれない。


「エノク」

「あ、はい」


 再びカスミの鋭い眼差しがエノクへ向けられる。

 闊歩して至近距離まで詰めると、耳に顔を寄せた。


「本当なのか?」

「まあ、概ねその通りだよ」

「アレイトが警戒するよう注意していた…………私の目からも悪意は感じないが」

「うん、悪い人ではないよ」


 カスミを安心させるようにエノクは微笑んだ。


「少し気難しいだけだから」

「むぅ」

「だから大丈夫」

「…………昨日のようなことがあってはならない。 何かあれば私に必ず伝えてくれ」

「こ、心強い」


 カスミの光の無い瞳に圧されて、エノクはただ頷いた。


「うむ。 では取り込み中と見えたので、次はアレイトたちのところへ参る!」


 カスミが颯爽と退室していく。

 扉が閉められ、足音が遠ざかるとホタルが細くため息をついた。


「気難しい、ね」

「き、聞こえた?」

「私ではなく、あの娘にこそ言うべきでしょう」

「ううん、直情型だから…………気難しいというのかな」

「あなたも大概失礼ね」


 ホタルが白杖を袖の中へと戻す。

 また襲撃を予想していたのか、いつの間にか手にされていた武器にエノクは顔を引き攣らせる。気配も無く病室の前にいたカスミ共々、自身の周囲にいる者たちこそ異常ではないかと問いたくなる思いを伏せた。

 問えば、また呆れられる。

 この短時間でも彼女の性格は大体分かっていた。


 カスミは直情型である。

 エノクを案じ、不安があれば大小構わず即対処する。

 昨日の件もさることながら、エノクの身に次々と降りかかる不幸があって、やや過剰に反応しているのだ。

 それは性格の難ではなく、単にエノクの方にこそ非がある。


 ホタルは思慮深く、狡猾だ。

 大局を見て行動する性格で、エノクもまた布石の一つと見做している節がある。

 だから心の距離を詰めようとなれば、まず己をホタルの計画を遂行する部品ではなく、同じく対等な人間と認識させる他ない。


 誰に対しても分け隔てないカスミ。

 それに比べれば、難儀であることは言わずとも分かる。 


「…………」

「ホタル?」

「私は、そんなに気難しいかしら」

「…………まあ、うん」


 ぴくり、とホタルの眦が微かに動く。


「それは、困ったわね」

「ええ?」

「これからの計画で、やはり理詰めで人を支配下に置いても、やはり叛逆の可能性を積むには心から服従かせるしかないの」

「あー、なるほど」

「お人好しのエノク君にしてそう言わしめるとなると、今後対人における姿勢の改善も念頭に置かないと」

「うん、そういうところだよ」

「…………?」


 ホタルが小首を傾げる。

 その仕草は、いつもの無表情でどこか人離れした神秘のような美しさと違い、人間らしい愛嬌があってエノクの頬が緩む。


「自分の素で話してみようよ」

「…………」

「打算とかじゃなく、一人の人間として見る」

「それで解決するの?」

「たしかに、言われて素面を出すのって厳しいけど、先生やカスミと話しているときより親しげな感じがあると思う」

「…………」

「因みに、今は君の素かな?」


 ホタルはしばらく黙り込んで、こくりと頷く。


「うん、なら良い」

「でも」

「その方が俺も好ましいと思う」

「…………そう」


 思案顔と思しき薄い無表情で、ホタルが未だ納得できないように短い声を返す。

 エノクもその反応に苦笑した。


「それでも、あの娘も面倒だと思う」

「たしかに、びっくりしたね」

「慕われるのは良いことだけれど、上手く操作しないと持て余すことになる」

「持て余すって?」

「…………いえ、後で痛い目を見れば良いわ」

「不吉なこと言わないでくれよ」


 ホタルが首を横に振る。


「ところで」

「ん?」

「あの娘の名は、何て言うの?」

「知らなかったの!?」

「昨日まであなたの名も知らなかったのだけれど」

「…………それでよく俺を勧誘したね」

「我ながら大胆な判断だったわ」

「次の作戦、本当に確実性を考えてティアーノ先生に言ったんだよね…………?」


 恐るおそるエノクが尋ねる。

 ホタルはただ、小さく肯いた。


「ええ、計算は完璧…………あとはあなたの働き次第ね」


 責任重大だと言外に聞こえるそれに、エノクはうっすら涙を目尻に滲ませて疲れたように笑った。





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