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 ティアーノを伴ってエノクの病室へ戻った。

 拷問の末に失神した状態のまま捕縛された男を見て、ティアーノは頭痛を堪えるようか苦い顔で額を押さえる。

 その心労など構わず、ホタルはこれまでの経緯について一切合切を話した。最初から用意していたように、所持していた情報と出来事を照らし合わせて説明していく。

 そこに矛盾点は無かった。

 不明な点は明示した。

 けれど、疑念などを招かない程度の露骨にならないように内容は端的にまとめる。


 一通り聞き終えてティアーノが黙考する。

 ホタルは彼女の反応を待った。

 その後ろでエノクは事の次第を見守る。


 概ね情報は開示しており、ホタルの説明に含まれた部分以上のことは隠していない。

 ただ、ホタルの考えが分からない以上は余計なことを話してティアーノを混乱させる場合を避けるためにもエノクは黙った。


「この男が魔獣『エヴェリンダ』を招いたと」

「はい。 同時期に庭園を結界で隔離し、生徒を襲撃した人物とは無関与の勢力から遣わされた刺客だと本人が証言しました」

「…………それで」

「彼の雇い主は、リューデンベルク王国の伯爵家ですが…………言い方からして、おそらくそれは正体を紛れさせるための身代わりであり、真犯人はその奥にいるかと」

「…………」


 事件の真相は複雑ではなかった。


 今回の標的『エノク』を速やかに処分するために、北海で捕獲したエヴェリンダをリューデンベルクの何者かがレギュームまで厳重に保管した状態で移送し、放った。


 そして、意外な事実として眼前の医師の男は関係者だが、まだ他にも複数名いる。

 その内の二人が、エノクの近くにいる人物――キュゼとリードに化けており、寮内でエノクの存在を確かめてから作戦を敢行した。

 結果として、寮内と校舎内でそれぞれがエヴェリンダを解き放つ。


 そこで誤算が起きた。

 感染が始まる頃、エノクは外にいた。

 別の事件にかかずらって、感染の脅威を免れていたのである。

 結果として、想定以上の犠牲者が出た。

 本来は学校を混乱させて、エノクの死そのものを数ある犠牲の一つとして有耶無耶にする魂胆だったのだ。

 予定とは異なるものの、エノクを感染させたがこれを撃退したことで、仕方なく直接手を下す方針へと転換した。


 それが、今回の意識不明者続出の事態の真相である。


「エヴェリンダを移送、ですか」

「道中は適当な感染者が増えないよう、魔法を用いた隔離用の箱か何かで捕えていたのでしょう」

「ふむ、有り得なくは無い」

「真犯人の目星ですが、エノク君が国の法定で目にした男かと」

「名は…………分かりませんか」

「ただ、最も強く異を唱えていたというらしいので、特定は容易かと」


 二人で淡々と推し進められる会話。

 エノクは、片方が自身と同じ年齢であることを疑った。

 醸し出す雰囲気やその怜悧さは、大人顔負けの冴えを宿している。


「しかし………」

「先生」

「独断で尋問を行った判断については追々聞くとして貴方がたは何を企んでいるのです?」

「話が早くて助かります」


 ホタルがエノクに目配せした。

 何事かは分からない。

 エノクは小首を傾げながら前に進み出る。


「現在の意識不明者はエヴェリンダが原因です」

「ええ、正に」

「まだ死者は出ていないと聞きますので、今ならばまだ間に合います。

 彼の力で解決しましょう」

「…………彼の力で?」


 ティアーノがエノクを見やる。


「感染者を一所に集中させます」

「…………」

「潜入したエヴェリンダは、内部でしか殺傷できない問題も、彼の『声』で外部に引きずり出すことで解決します」

「――そうか、魔獣の使役能力!」


 ティアーノがはっとする。

 エノクもここで合点がいった。


 つまり、名誉挽回とは――感染者全員を救うことで庭園を帳消しにし、且つ新興派閥であるホタル勢力の足がかりとして手柄にする。

 この少女は…………否、この魔女はそこまで考えていたのだ。

 エノクの能力に関する情報を何処で掴んだかは知らない。

 ただし、おそらくホタルはその情報を得た時点でここまでの策を考案したのだろう。


 この作戦ならば、なるほど人を救える。

 厄介な魔獣も一網打尽だ。


「しかし、ですね」


 ところが。

 ティアーノは渋るような様子を見せた。


「エノクは大事な生徒の一人。 そう安々と危険な目には遭わせられません」

「え…………」


 漏れた戸惑いの声は、はたしてどちらの物だだたか。

 ホタルも一瞬亡我したような様子だった。

 エノクも自分の耳を疑う。


「ですが、これが効率的な策です」

「エノク」

「は、はい」

「貴方は良いのですか」

「え?」


 ティアーノが腰を追って顔を寄せる。

 至近距離で、瞳を覗き込むように。


「もう既に貴方は五回も死線を潜っています」

「五回?」

「ケティルノースとベル翁の対決、国家の最高裁、入学試験、昨日の襲撃者と魔獣」

「…………」

「あれだけの恐怖に襲われて、戦える意思はありますか」


 ティアーノの瞳は、今までの鋭さはない。

 心底からの心配が滲み出していた。

 対するエノクは、始終驚いている。

 よもや、入学試験がエノクにとっても命に係わる難関であったとティアーノにも認識されていたことが青天の霹靂である。

 陰ながら、見守っていたのか。


 たしかに、尻込みするほどの恐怖を味わった。

 心が折れかけ、自分を曲げようとした。

 今回の作戦実行中も、敵が阻止のために凶行を働く可能性も否めない。

 それで命を落とすことも充分に考えられた。


 エノクは過去を顧みる。

 すべてが命の瀬戸際だった。

 だが――その都度に奇跡は起きている。


「大丈夫です」

「…………」

「確かに怖いし、先生の言った視線は…………全部、俺の力じゃ解決できてない。 俺はまだ誰かの助けがないと弱いままです」

「…………」

「無知で人を呆れさせることも多い」


 エノクはちら、とホタルを一瞥する。

 彼女は目を閉じていた。

 眠っているように、だが耳を傾けて事の成り行きを静観している。


「今回も、俺だけじゃ駄目なんです」

「ええ」

「だから、ホタルや先生の力を貸して下さい。 まだ一人じゃ何もできない未熟な俺を、どうか助けて下さい」

『がうっ』

「あはは、もちろんレイナルも頼むぞ」


 肩の上で吠えた相棒の鼻を撫でる。

 エノクは笑って、すり寄る毛玉に自身も顔を寄せた。

 その様子に、ティアーノが閉口する。

 静かに身を引いて嘆息した。


「退く気は無い、と」

「はい」

「なら、仕方ありません」


 ティアーノが二人に背を向けた。


「二人とも準備なさい」

「ッ、はい!」

「他にも潜伏している者を炙り出せます。 エノク君の身柄は全力で守りますが、如何に教師といえど老体ですのであまり期待には添えませんよ」

「ご謙遜を。 かのフルゼストが何を仰いますか」

「ホタルも身辺に気をつけなさい」

「はい」


 ホタルが深く一礼する。

 謝意と使命感を兼ねたそれを見てティアーノが頷いた。


「事情は隠し、校内全体に魔獣については報せます。 無論、これから治療棟で行う作戦についても」

「はい」

「敵ならば、ここを攻めて来る…………半時したら、治療棟一階の大広間まで来なさい」

「……………」

「そこで決着です」


 ティアーノが失神した男を連れて退室した。

 その後、エノクは胸を撫で下ろす。


「ホタル」

「なに?」


 先刻までの丁寧な態度は消えていた。

 振り向いたホタルの無表情に、エノクはなぜか笑みをこぼす。


「どうしてティアーノ先生は信じたの?」

「あの人は毛色が違うから」

「えっ」

「外界の思惑などではなく、生徒の安全と育成だけに専心している。 平等を謳う校風そのものを尊重する人が、リューデンベルクに与するとは考え難い」

「へえ」

「何より、約九世紀前か教職を務めるあの人が今更レギュームと手を組む理由も無いもの」

「九世紀…………九百年!?」


 エノクは唖然としつつも、頼もしい味方を得た現実に改めて身を引き締める。


「ホタル、改めてよろしく」

「あなたを取り込んだことが失敗だったと後悔させないで」

「あはは、善処するよ」

『ぐるるる』

「安心なさい。 レイナルの待遇は、少なくともエノク君より手厚くするわ」

「ええ!?」


 ホタルの冗談に、エノクは喫驚する。

 魔獣を厭うて、立場上から『(エノク)の犬』と揶揄するかと思われたが、立場としては逆のようにさえ思えた。


 不意に、病室の扉が開く。

 エノクとホタルがそちらへ振り向くと。


「親友を差し置いて、ずいぶん仲が良いのだな」


 何故か、ご立腹のカスミが昂然と突っ立っていた。






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