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取り戻した現実



 エノクは寝台の上で目を覚ました。

 白い天井に驚き、跳ね起きる。


「戻ったッ」

「エノク!!」

「え、カスミ?」


 寝台の傍ではカスミが涙目で刀を抜いていた。

 切っ先を己の腹部に向けた状態で固まっている。

 人の枕元で何をしているのか問い質したくなる感情を抑えて、次にその隣で啜り泣く少年へと視線を移した。

 赤い髪の下で、目元を腫らしたアレイトはエノクに対して文字通り斜に体を向けている。


 何故、カスミが混乱に陥っておるのか。

 何故、アレイトが泣いていたのか。


 その疑問を探そうと視線を巡らせて、寝台を染める赤い血にぎょっとする。自分が寝ていた箇所を中心にして斑に広がるそれらは寝目覚めには心臓の悪い光景だった。

 だが、すぐ理由には思い至ったので悲鳴や飛び退く一歩手前で踏み留まる。


「二人とも、心配させてごめん」

「ま、まったく心配したんだぞ」

「僕は別に」

「それで、俺は一体どうなったんだ」


 エノクが問うと、混乱冷めきらぬままながらも二人は経緯を説明する。

 寮部屋を出た廊下で意識を失ったエノクを発見したティアーノが治療棟へと運び、偶然目覚めたアナとアレイトの見舞で居合わせたカスミがエノクの状態を観察していた。

 途中から血咳や不可解な骨折と出血が相次いで起こったが、今は完治している。


 それが、これまでの経過観察の報告だった。


「アナは?」

「今は医師を呼びに行っている。 もう安静だということを伝えに、遅れて…………アイツが出ていった」

「アイツって…………ホタルさんか」

「なぜ知っている!?」

「まあ、助けてもらって」

「だが、貴様が出血したときも隣で眠りこけていた。 愚鈍という範疇を逸しているぞ、人間じゃない」

「あはは…………カスミ?」


 隣でカスミが唸り声を上げる。

 その威圧感にエノクとアレイトは口を閉じた。


「エノクは、あの女子とも知り合いか」

「まあ、色々とあって」

「……………む」


 カスミが病室の扉へと視線を移す。

 同時に、開かれた扉から慌ててアナが飛び出すや寝台へと駆け寄った。その半歩遅れて、白衣を来た男性と――ホタルが現れる。

 互いの視線が交わって、ホタルがうなずいた。


「おかえりなさい」

「あ、うん」


 ホタルはそれだけ告げると、颯爽と退室した。

 一度だけ扉の前で立ち止まると、振り返って口だけを動かす。


『秘密、また明日』


 無言の伝達にエノクは頷きだけを返す。

 それに満足して、彼女は早々にこの場を後にした。

 夢の中で話したこと、会ったことが秘密なのか。

 あるいは夢の中て魔獣と戦っていたことを黙秘しろと言っているのか、このときのエノクにはまだ分からなかった。

 ただ、聴取は明日ともあって今日は医師の判断で安静と適切な処置が施されるだけで、ホタルとの約束に抵触することはなかった。


 去っていく三人に手を振る。

 アナとアレイトも事情は異なれど病人ではあるので、彼らもまた自分の病室へと戻らなくてはならない。

 エノクの精密検査は明日になる。

 だが、明日になればホタルと出会う。

 そこで秘密に関することにも尋ねられるだろう。

 果たして…………『下心』が何を要求しているかは、わからないが。


「ただいま、レイナル」


 ただ枕元のレイナルを撫でて、現実に帰って来たことの実感を噛みしめることにした。





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