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伏せ

登校まで、あと一話。



 一呼吸を置く間の静寂。

 衝撃と突風の応酬(パレード)だった平原には、轟音が緒を引いた余響だけが微かに耳朶(じだ)を打つ。

 エノクも緊張からの解放に喜んだ。

 ベルソートが止めたレイナルから軽やかに一歩二歩と後退した。

 緊迫した状況が嘘のような立ち居振舞いである。


「さて……む!?」

「え!?」


 突然ベルソートが右肩を押さえて倒れた。

 エノクが駆け寄ると、光量を増した極光が壁のように立ち塞がる。

 思わず立ち止まって、入り口がないか探る。

 しかし、少しずつ光は強くなっていた。

 ベルソートの衰弱と反比例する現象に、本能的に奇妙な因果関係を察する。

 揺蕩(たゆた)う虹の壁が大きく成長した。

 その奥からベルソートの嗄れた声が聞こえる。


「ワシの魔素(まそ)を吸収しとるのか……」


 エノクはその声から瀕死を悟った。

 マソ――が何であるかは理解しかねるが、彼の様子からそれが生体機能にとって大事だと判る。

 右腕を損失する重傷、少なくない出血。

 人としては充分に致命的である。

 深呼吸で心を落ち着かせた。

 先を阻む虹の壁は有害か否か。振り返れば、メリーは気絶していた。極光の範囲外に位置している。

 遠くから見た顔色に毒の気配はない。


「動けるのは……俺だけかよ」


 改めて、エノクは前を見る。

 救助しなければベルソートの命が危うい。


「やるしかない……おりゃああああ――!!」


 エノクは地面を蹴る。

 (まなじり)を決して、波打つ虹の壁に向かって突進を敢行した。

 触れて有害ならば共倒れだが、一刻を争う事態なので躊躇えない。

 自棄(ヤケ)になって霧を払うように腕を振り回しながら猛進する。普段ならば後で思い出して顔が熱くなる無様だった。

 エノクは必至に走って、何かにつまずく。

 転倒して地面に顔を強打するも、即座に立ち上がって足元にある物をあらためた。

 倒れているベルソートだった。


「ベル爺、大丈夫か!?」

「ヌシには無効、となると対象を限定した特殊な力場(フィールド)か!スゴい!」

「感心してる場合かよ!」


 エノクは礼儀も忘れて叫んだ。

 ベルソートが極光の毒性に感嘆している。

 まだ光はまぶしさを増し続けた。

 さしもの無知なエノクも、人の力を吸って成長しているのだと得心する。

 それも、ベルソートに限定していた。

 そんな毒に冒されてなお、ベルソートは顔色は悪いにも関わらず命に拘泥(こうでい)せずに熱狂する。


「せんでどうする!?」

「後回しにしろ!」

「あー、あと魔法使いの説明が不充分じゃった。えとな、魔法使いは――」

「そろそろ命考えろクソ爺!」


 エノクの荒んだ口調にベルソートが固まる。

 窪んだ眼窩(がんか)の奥で目が妖しく光った。


「ワシ、偉大なんじゃぞ!クソ言うな!」

「じゃあ尚更死なせられないだろ!」

「む。たしかに」


 エノクは自分の服の裾を引きちぎる。

 布切れでベルソートの右肩を縛り上げる。

 圧迫して止血するが、これほどの重傷に処置した経験はなく心許(こころもと)無かった。

 慌てふためくエノクの肩を白い手が(つか)む。

 ベルソートが未だ笑みを湛えている。


「このままでは死ぬ」

「そんな……!」

「光が消滅しなければな。じゃが、魔法では消せん」


 初めて険相になったベルソート。

 それだけで、エノクは息を飲む。

 日頃から人を安心させる笑顔を絶やさない老人であるのは、この短い間に知った。更には偉大と嘯くほどの大魔法使い然とした余裕があってこそ。

 それゆえに、その相貌から笑みを消すなど容易くはないのだとエノクには判る。


「魔法みたいな物じゃないのか?」

「似て非なる、ケティルノースの生命器官みたいなモンじゃ。これらが一帯から力を吸い上げ、本体に供給する。じゃから魔法も無力じゃよ」


 つまり――魔法は無意味。

 幾ら掻き消さんとしても、魔法の力そのものを吸い取ってしまうため、どうあっても効力を失って徒労にしかなり得ないのだ。

 そもそも、瀕死寸前のベルソートには先ず光を消滅させられるほどの大技は繰り出せない。

 エノクは自らの無力を嘆いて唇を噛む。


「じゃあ、どうやって……」

「そりゃ、あれしかないわい」

「あ、あれ?」


 血濡れの隻腕がある方向を指差した。

 エノクが視線で追うと、停止したレイナルが目に留まる。

 突進の姿勢のまま宙に滞空した美麗な獣に、現状を忘れて見惚れそうになる。

 エノクは頭を振ってベルソートを見た。

 魔法では光の毒は取り除けない。

 その方法とは何か。その解がエノクにも薄々と分かり始めた。


「今ヤツは魔法で停止させとる」

「て、停止?」

「そうじゃ。血流、筋肉、時間も……()()()()()


 エノクの鼻面に指を突き付けられる。

 ベルソートが挑発気味に指で(なじ)った。

 時間を止めるなど有り得ない。――が、その原理が魔法だと解する。

 あの戦闘を見た後では、言葉も不要なのだ。

 ――それにしても。

 エノクは指を跳ね返して睨む。


「レイナルがどうした!?」

「ヤツに光を消してもらう」

「…………」

「いや、正気疑う顔をやめんか」


 嫌気満面のエノクの顰めっ面だった。

 ベルソートが口を尖らせる。

 すべてが停止した相手に、声など通じるのか。それはエノクでなくとも疑問に掲げることだった。

 何よりも。

 解除すればレイナルは再攻撃の(きょ)に出る。

 現在の疲弊したベルソートで対抗しうるかなど、容易にエノクですら推し量れた。

 今度こそ、間違いなく絶命する。


「安心せい、ヤツの弱点を知っとる」

「そ、そうなのか?」


 満足げに頷くベルソート。

 優雅に虚空を切った指先で、エノクの顔を再び指し示す。


「それは――ヌシじゃ」

「……(おとり)?」

「違うわい。考えてみよ、ヤツが攻撃してきた理由を」


 エノクは経緯から思索した。

 レイナルが襲ったのは説明の最中だった。

 そのとき、無意識に撫でたり或いは踏んだりしてはいないので起こしたり、それも人を襲うほど憤慨させる行為はしていない。

 なら、言動か。

 レイナルは、人の言葉を理解するほどの知性があるかと疑える場面が幾度かあった。

 猟でも注意を促せば従うし、指示には獣にしては忠実に過ぎる。

 エノクは、説明内容が動機だと仮定した。

 では、レイナルが襲撃する直前の内容とは――。


「俺や、家族の処刑……?」

「厳密にいえば、ヌシのみが重要じゃ」


 ベルソートが補足した。

 エノクは全身から血の気が引いていく感覚を味わう。


「ワシが光の槍を用意したときも、ヌシを突き飛ばして被害が及ばぬ遠くに走って行った。首筋に抱き着いて止めても、振りほどいたりしなかったしな」

「まさか」

「そう、ヌシの言葉が鍵じゃ」


 レイナルを止められる。

 その特許が自分にあると知り、今まで以上の重圧がエノクの肩に乗しかかった。

 あの暴力的な力がエノクの一存で如何様にも働く。――世界だって滅ぼせる。

 そう自覚したからこそ、ベルソートの右腕の深刻さがより罪悪感を掻き立てた。


「悔いるのは後じゃ。ヌシは悪くない」

「……はい」

「まあ後悔とか後回しにしてくれ、そろそろワシ死んじゃう」

「台無しだよ!?」


 ベルソートが顔色の悪い笑顔を作る。


「では、魔法を解くから後は頼むぞい」

「解除したレイナルを止める」

「がんばれ小僧」


 ベルソートに背中を押された。

 エノクは前に進み出た。

 それから振り返って、ベルソートに視線を送った。

 失敗すればベルソートは間違いなく死ぬ。偉大な魔法使いの殺害も加えたら、国のお尋ね者になるのは必定である。

 エノクは拳で胸を三回叩いて掌を打ち合わせた。

 船乗りが漁の成功と安全を祈願するものである。

 自分は船乗り、断じて犯罪者ではないと自己暗示した。

 心の準備が整った。


「よし、来い!」


 ベルソートもうなずいた。

 血に濡れた指が、縦一文字に切られる。

 すると、レイナルの総身が光を放つ。――直後に、停止していた体が発進を再始動した。

 自らが風となって突き抜ける。

 しかし進行方向に標的いなくなり、地面に爪を突き立てて急停止した。

 取り戻した慣性に引っ張られる中、視界の端にベルソートを捉えて、素早く体の向きを転換する。

 レイナルが身を低くして唸り声を上げた。

 普段からは想像だにしない剣呑な声色である。


 エノクは両者の間に割って入る。

 両腕を広げて立ちふさがった。

 だが、その程度ではレイナルが止まらない。

 聡いレイナルならば、ベルソートは日常を侵す存在と認識しているので、エノクを飛び越えて襲撃する。

 何か――レイナルを止める、言い訳がなくてはならない。


 必死に思考を巡らせる。

 飼い猫もとい愛犬を納得させる、何かを!

 レイナルが跳躍の姿勢に入った。低く屈み込んで力を溜めている。

 もはや猶予もない。

 ベルソートの命、世界最悪の魔獣、ケティルノースは危険、レイナルは無害、家族まで罪を被る、処刑、ベルソートの命、世界最悪の魔獣、ケティルノースは……

 脳内を埋め尽くし錯綜する。

 理屈など絞り出せない。

 もう、自棄だった。――思考停止だった。


「レイナル――――伏せ!!」


 エノクは反射的に叫んだ。

 何の思惑もない、ただの命令だった。

 これには、ベルソートも絶句してしまう。

 普通ならば敵ではないと説けば、頭の良いレイナルは疑りつつも渋々と攻撃を止めたはず。

 ところが、途轍(とてつ)もない重圧で正常な判断力が失われていた。切迫した状況下では最も危険な状態である。

 そんな命令だけで、レイナルが止まるものか!

 ベルソートが身構えた。



 そのとき。

 ベルソートは彼の声から力を感じた。

 透き通って、平原全体にまで伝播する大きくも小波のごとく波紋となって広がる。

 聴覚に作用する空気振動の大きさ云々の物理現象ではない。

 特殊な力の作用だった。


「魔力を感じる。……まさか、あの小僧」


 がうっ。

 レイナルがその場に伏せた。

 意図も何もない命令に、ただ従った。


 ベルソートは唖然とするしかなかった。

 そして。

 次の瞬間に大爆笑した。


「ぶわっはっはっはっ……やべ、喉が死ぬ」


 エノクはその大笑を背に受けながら進む。

 レイナルの傍に屈み込んで、その頭を優しく撫でる。

 するとレイナルも猫のように喉を鳴らして身を委ねた。心地良さそうに身を擦り寄せる。

 エノクは抱き締めてやった。


「大丈夫だ。だから光を消してくれ」

 ――がう。


 (うけが)った鳴き声。

 それを合図にして極光が消えていった。七色に照らされていた平原が、昼下がりの陽気を取り戻していく。

 光のベールに包まれていた景色の全貌が明らかになった。

 平原は窪地がいくつも作られ、土砂の山ができた荒れ地へと変わっている。

 エノクは全景を見渡して、だが安心して深いふかいため息を吐いた。

 その隣にベルソートが寄ってくる。

 肩口の傷が淡い光をまとっていた。


「ようやく魔法で回復できるわい」

「そっか、よかった」

「腕は生えんけどな」

「そ、そうなのか……すみません」

「脚ならば生えるが」

「その差は何なんだよ」


 飄々としたベルソートに、急場は凌いだという実感が湧く。

 エノクはそれを噛み締めて、はっとしてメリーの方へと駆けた。それをレイナルも追う。

 土に汚れた下の肌は健康的な色だった。外傷もなく、穏やかな呼吸が続いている。


「気絶しとるだけじゃよ。魔素も損失しとらん」


 胸を撫で下ろしたエノク。

 負傷者は出たが、他に被害は無さそうだった。

 その事実に力が抜けて座り込んだ。

 後ろからベルソートがエノクの肩を強く摑む。怪我人、否、老人とは思えない握力だった。


「さて、話の続きじゃが」

「いま魔法使いはどうでもいいです」


 いくらか余裕を取り戻して口調が直った。

 だからこそ、距離感を感じるエノクの冷たい否定に、ベルソートが狼狽えた。


「な、なんじゃと?いや、その話じゃないわい」


 ベルソートは首を横に振る。

 エノクは小首を傾げた。

 話の続きとなれば、魔法使いの説明をする前で立ち止まっていたと記憶している。

 詳細な記憶を脳内で手繰るが、それで違いない。


「何の話です?」

「ヌシとレイナルが助かる方法じゃ」

「あるんですか!?」

「ああ。確実とは言えんが――」


 ベルソートが山の方へと視線を向ける。

 その眼差しを追ったエノクは、渓流を渡って来る集団の影を見咎めた。長い槍を手に、整然とした行列を作って進行している。

 まるで騎士のような……。

 そう考えて思い至った。

 危険な魔獣の調査および討伐の為に、王都から討伐隊が派遣されたとメリーが話していた。

 それが到着したのだろう。


 (ぼう)と見ていたエノクの肩が小突かれる。

 見上げると、ベルソートの邪悪な笑顔があった。


「任せい」


 背筋を悪寒が走る。

 エノクは嫌な予感がして、体を強張らせた。

 よからぬ企みがあると判る。

 止めようと立ち上がろうとして――。


「おーい!ここに魔獣を使って村を潰さんとしとるヤツがいるぞ――――!!」


 ベルソートがエノクを指差し、騎士のいる方角に向かって叫び出した。

 エノクはもう、開いた口が塞がらなかった。


「え……?」


 その後、エノクは有無を言わさず縛られた。



次。

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