閉ざした出口
上級生二名は走り去っていった。
その背中を追いかけんとするレイナルを、半泣きでエノクは引き留める。
もはや呆れて絶句したアレイトの視線に堪えた。
「昨日から思っていたが」
「はい」
「なぜ魔獣がここにいる」
「…………俺が飼育してるんだ」
「飼育?魔獣を、か」
「はい」
縮小したレイナルが肩の上に乗った。
顎下の首にすり寄ってくる。
エノクはその鼻を掻いてやった。
戯れる姿を、アレイトとアナが怪訝に見つめる。その反応から、エノクはやはり自身がいかに異端かを察した。
そして。
魔獣がいかに人と相容れないか。
悲しいほどに読み取れた。
ベルソートが語っている。
『根幹から人敵の生命体じゃ』
分かり合えるはずがない。
その認識が根底に根付いた言葉だった。
アナとアレイト。
二人はこれから長く過ごす仲間である。
一定の敵意や疑念は向けられているが、それはこれからの行動で変えていくしかない。昨日のカスミを見て学んだことであった。
正面から当たっていく。
アレイトと和解してみせた。
エノク自身が見習うべき一つの在り方である。
「俺はなぜか魔獣と対話ができて」
「そ、そんなことができるのか!?」
「やったことは…………レイナルと、試験のときしかないけど」
「…………」
アレイトが信じがたいと顔を顰める。
すると、黙っていたアナが前に出た。
「二人とも助けてくれてありがとう」
「そんな、お礼なんていいよ」
「ふん、僕の部下の、犬だ。僕に感謝しろ」
「えぇ…………」
手柄を吸収するアレイトにアナは苦笑する。
それから自身の長耳を撫でた。
「迷惑をかけちゃった」
「いや、迷惑だなんてそんな。むしろ助けられた方――」
「え?」
「…………いや、何でもない」
「そっか」
エノクは吐露しかけた口を手で覆う。
訝ったアナに真実を誤魔化して、彼女の耳を見た。
「それにしても、エルフ……だっけ」
「エノク君は知らない?」
「ごめん、かなりの田舎出身で!」
エノクは顔を赤くして苦笑した。
自身の無知が明るみになるほど羞恥を味わう。
教師ティアーノのあの嘲笑が脳裏に浮かんで、さらに胸が苦しくなった。
「大陸の秘境に住む種族でね。あまり俗世と関わりは無いし、本来は一生をそこで過ごすんだ」
「え、じゃあ何で魔法学園?」
「特殊な体質で、ある魔法使いに勧められて調べるためにも学園に行くことに」
「へえ」
「エノク君もそんな感じ?」
「うん」
「あ、それが魔獣と会話する能力かな」
「そうなんだよね」
アナがくすり、と笑う。
隣でアレイトが舌打ちした。
二人で彼を見る。
まるで忌々しげに険しくさせられた顔にエノクは憮然とする。
「ど、どうしたのさ」
「いや、納得しただけだ」
「何が」
「貴様らが進魔法学科に選ばれたのは、そういうことだろう」
「え?」
「…………アレイト君、どういうこと」
「すぐに分かるだろう」
アレイトは校舎を見上げた。
それ以降、彼は口を開かなかった。
その様子に戸惑いながら、エノクは本来の目的――遅刻の理由としてアナを救出する――を達成したことに安堵する。
一悶着を予感したが、最も危うげに思われたレイナルによる撃退が大した騒ぎになりそうにならないようだった。
レイナルが人を襲った。
その外聞だけで死刑執行に繋がりかねない。
あの上級生の口止めを行えなかったのが一抹の不安を覚えるが、とりあえず無事を喜んだ。
「はあ、やれやれ」
「あ、そういえば授業が」
「初回だから別に良いだろう」
「でも、ティアーノ先生に怒られて、問題児として目をつけられそうだよね!」
「え、エノク君…………」
「エノク、貴様は後ろ向きなことしか言えないのか」
真っ暗なお先は見たくないからね!
エノクはそんな言葉をぐっと飲み込む。
「まあ、教室に行こうか」
「うむ」
「そうだね」
三人で教室を目指して歩き出す。
そのとき、背後から声がした。
「ここにいたんですよ!」
「本当ですね?」
「ええ、魔獣がいたんです!」
「ならば迅速に退治せねば」
後ろからのけたたましい声。
三人はぴたり、と動きを止めた。
さっ、と全員の顔色が青くなる。
「衛兵を呼ばれたぞ!」
「え、エノク君どうする?」
「平民、達者でな」
「ちょ、いきなり距離感のある呼び方で突き放して去ろうとしないで!?」
「と、取り敢えず早く逃げよう!」
三人で慌ててその場を離れる。
薔薇の生け垣の迷路を駆け巡った。
出口までの道順を記憶しているアレイトが先頭に立って導く。二人は後ろから今かいまかと追走の影が無いかと不安だった。
やがて、三人の前に出口が見える。
「このまま校舎まで突っ切るぞ!」
アレイトが後ろへと叱咤する。
二人は頷いた。
その足が迷路の外へと踏み出そうもした。
その瞬間。
ばちん、と乾いた音を立ててアレイトの体が迷路入口から弾かれた。後ろにいたエノクが受け止める。
アレイトは目を見開いて前を見た。
「は?」
「え、何が起きたの?」
アナが前に恐る恐る出た。
それから入口へゆっくり手を伸ばす。
指先が迷路を出ようとしたところで、一瞬の閃光とともに同様の音を立てて弾かれた。
凄まじい力に、アナもエノクの腕の中に倒れ込む。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう」
「エノク、貴様の体…………どうなってるんだ」
二人を受け止めてなお揺らがない体幹に驚くアレイトを他所に、エノクは入り口を睨む。
「何で出れない?」
「結界だよ」
「ケッカイ」
「魔法で生成した、要は閉じ込めたり外敵の攻撃を防ぐための箱や壁だ」
「へえ――――――――え、それが何で?」
アレイトが顎に手を当てる。
「なぜ迷路に結界が?」
「あれじゃないかな。エノク君の魔獣を閉じ込める為に展開したとか」
「いや、それは無いよ」
エノクは否定した。
二人が小首を傾げる。
「なぜだ」
「エノク、発言を許す」
「何それ…………まあ、ともかく。
さっき、衛兵に訴える上級生たちの声がしたよね。呼んだのだとしても、その結界?なんて物を張ったら、その上級生も閉じ込めてしまうだろう」
「まあ、たしかに」
「上等な魔法使いなら上級生だけが出れる結界を張れるのでは?」
「そんなことができるなら、魔獣に対象を限定するから、学生の僕らまで弾かれるかな?」
「それは使い手の技量によるだろう」
「ううん、それは確かに――」
『ぎゃあああああああ!!』
遠くから悲鳴が響く。
三人はばっ、と振り向いた。
「えっ」
「今のは…………?」
「…………」
エノクの顔が曇る。
結界に弾かれる音と悲鳴。
その裏で――エノクには、あの奇妙な潮騒が聞こえていた。
ただの結界ではない。
それだけが直感で理解できた。
「死刑案件、かな」
不穏な未来に、エノクは泣きそうになった。
一方、教室では。
ティアーノが講義室の教壇で腕を組んでいた。
ぐるりと講義室を見渡す。
広い空間に、自身を含めて二人しかいない。
目の前ではカスミが笑顔で座っている。
「五人とも欠席…………」
ティアーノが目を眇めた。
「あの老爺の警告の後だと、嫌な予感がしますね」
「先生?」
「何でしょう」
「あれは?」
カスミが窓の外を指差す。
校庭を眺められる講義室の窓を見て、ティアーノは瞠目した。
薔薇の生け垣の迷路。
それを、半球状の黒い膜が覆っていた。
次。




