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遅刻の免罪符



 校舎への通路を急いで駆ける。

 まだ食べたばかりの朝食が胃で揺れた。吐きそうになりながら教室を目指す。最初の授業は、あのティアーノ・フルゼスト――エノクを懐疑的に見る教師である。

 ここでの遅刻は命取りに近い。

 授業の単位取得にまで響けば死刑に繋がる。

 全力で足を前に運ぶ。


「間に合ええええ!!」

「ま、待ていエノク!」

「げっ、アレイト!?」

「僕を置き去りにするとは何事だ!!」

「いや何で!?」


 背後から追走する足音を聞いて振り返る。

 肩越しに見た通路でアレイトが自分を猛追していた。憤怒相で迫る彼に、エノクは青褪めてさらに加速する。

 思わぬ追走者による緊張感が、エノクの出力限界を突破させた速度を生み出す。

 肩の上でレイナルが欠伸をした。

 体力には自信のあるエノクは、ぐんぐんと距離を伸ばしていく。遠くなるアレイトに憐憫を禁じ得なかったが、教室まであと少しとあって手を緩めない。

 必死に足を進めていると。


「おい見ろよ、エルフだ」

「いいな、お前ちょっと来いよ」

「放してよ!」


 朗々と悲鳴が通路に響き渡る。

 その瞬間、エノクは急停止をかけた。

 追いついたアレイトが肩で息をする。


「ど、どうした」

「いま悲鳴が聞こえなかった?」

「うん?…………ああ、本当だ」


 何かを争っている声だった。

 男数名が、強引に誰かを誘っている。抵抗する声も気に留めていない様子だった。

 そして、彼らの言葉の中に頻りに登場する単語がある。


「エルフ、って言ってる」

「……そういえば、僕らの教室にいたな」

「えっと……アナ・マテリオート?」


 アレイトが頷いた。

 授業は始まるが、同級生の不祥事やもしれないと感じて二人は声のする方へ歩いた。校舎の入口から逸れて、薔薇の生け垣で作られた迷路が広がっている。

 その中を進んでいく内に、声もまた大きく、より正確に聞こえた。

 男の声は三人。

 そして、抵抗する声は――やはり、昨日の講堂で聞いた声だった。


「良いだろ。最初の授業なんて評定関連の説明だけなんだからよ」

「嫌だ、私はこの学園に魔法を学ぶために……」

「今日くらい大丈夫だって」

「ほらほら、行こうぜ?」


 二人は物陰から様子を窺った。

 やはり。

 短い金髪に、特徴となる鋭角を作る耳介。紛れもなく同じ教室に所属するアナ・マテリオートだった。

 彼女の細腕を引くのは、同じローブ姿の少年たちである。背丈や声から、およそ一つか二つ年上だと推察した。

 二人で顔を見合う。


「あれは……嫌がらせか」

「エルフは珍しいからな」

「そうなんだ?」

「知らないのか、全くこれだから平民は」

「あはは………」

「要は好奇の的になる。あれは……普通魔法学科の男子生徒どもだな」

「あれ、俺たちと違うな」

「僕らは特別な進魔法学科だが、凡夫どもが集まる下級の普通魔法学科というのがある」

「凡夫て」


 エノクは再び前を見る。

 もう授業開始時間はとうに過ぎていた。

 今から行けばティアーノに嫌な顔をされるのは目に見えている。

 せめて少しでも急いで謝罪すべきだが……。


「見捨ててはいけないな」

「勝手にしろ」

「え、アレイトは?」

「僕には授業がある」

「……アレイト、よく聞いてくれ」


 エノクは真剣な顔を作った。


「そのまま行っても怒られてお終いだ」

「僕が説教を?は、まさか」

「あのフルゼスト先生ならあり得る」

「…………」


 アレイトが納得して唇を尖らせる。

 昨日もお咎めを受けていた。

 階級などの身分差など意に介さないティアーノならば、規則に則って粛然と二人を罰する。


「だから何だ?」

「言い訳を作ろう」

「言い訳」

「マテリオートさんが上級生に絡まれていたところを助けていたら、遅刻してしまった……と」

「……平民、下衆な考えだな」


 エノクはうっ、と呻く。

 何故なら死刑が懸かっている、形振り構っていられないのだ。

 それに、エノク一人では上級生を退ける未来図が描けなかった、あの相手な言動から鑑みるに、エノクが丁寧に物を説いても耳を傾けない。

 それならば、多少は強引に前に出るアレイトのような人材が状況を打破する好適となる。


「お願いだよ、アレイト」

「…………」

「君の力が必要なんだ」


 しばらく黙って――アレイトはため息をつく。


「仕方がない」

「おお」

「その代わり、エノクは明日から僕の手下だ」

「ま、まあ何でもいいや」


 交渉は成立した。

 エノクは肩の上を見やる。


「行くよ、レイナ――……え?」

『ぐるぁッ!』

「うわぁっ!?」

「ま、魔獣が何でここに!?」


 肩の上にレイナルはいなかった。

 そして、アナのいる方向から悲鳴が聞こえる。二人でそちらをばっ、と振り返れば、怯える上級生に躙り寄る虎並みの大きさに戻ったレイナルがいた。

 物陰で二人は固まる。


「……エノク」

「はい」

「貴様の犬が吠えてるぞ」

「あー、うん」


 エノクは目を瞑った。

 ……………これ――積み(・・)じゃね?





次。

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