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燭台の下



 常春の気候はときに毒となる。

 花さえも微睡んで蕾を開かせない暖かさ。

 それはレギューム魔法学園に通う生徒たちを、たとえ狭い寮部屋であっても最高の寝床へと変貌させてしまうのだ。

 強い自律精神。

 それがなければ部屋も出られない。

 室内もまたほどよく涼しい。


「……温かいな」


 寝床でエノクはそうつぶやいた。

 寝癖のついた髪のまま寝床を下りる。二段となっている寝台の上は、だがしかし誰も寝ていない。同室者は諸事情があって不在、そんな説明を受けた。

 実質的に一人部屋。

 最低限の調度品だけ備えた内装に不満は無い。

 エノクは体を伸ばして欠伸を一つする。

 まだ窓の外は暗い。ただ極寒の地で昼夜逆転した生活な上に、長ければ数月も船上にいる生活を送っていたエノクには、寝坊という概念がほとんど無い。

 授業が始まるのは日が出て二刻。

 それまでは自由時間である。


「ちょっと勉強するか」


 机の上の蝋燭に火を点けた。

 ぱっ、と部屋に光が灯る。

 積まれた参考書と、持参した筆記用具と自分の前腕ほどの長さがある短杖が光を浴びた。椅子に腰を下ろして、一冊ずつ内容を検める。

 うん、わからない。

 文字も計算も覚えて、まだ半年弱。

 魔法について理論的に説明した文字の羅列は、なるほど赤子に古代文字を読み解けという理不尽に似ている。

 エノクは、まさにそれを感じ取っていた。

 おまけに。

 参考書が読めずに落第となれば死刑。


「きっついなあ」

『がうっ』

「ん、おはよう。――レイナル」


 寝台の上で獣が一声上げた。

 毛先だけが虹色の銀毛がざわざわと立ち、魔力の微光を帯びる。そのまま軽快に跳ねて机の上に乗った。

 今は猫ほどの大きさになっているレイナル。

 ただ、その神々しさは少しも劣る気配は無い。

 参考書とエノクの間に割り込んだ。

 顔をこすりつけて、ごろごろと喉を鳴らす。


「勉強させてくれよ」

『ぐるるる』

「この、可愛い奴めっ」


 豊かな銀毛を掻き回す。

 レイナルが身動ぎして抵抗した。最初は不安しかなかった魔法学園も、家族の存在が傍らにあって挫けずには済んだ。

 少し癖はあるが、カスミという友人もいる。

 運には恵まれていないが、魔法学園の生活に一抹の希望を見出せるほどには楽しんでいる自分がいた。


「しかし、本当に入学しちゃったんだなあ」

『がうっ』

「そういえば、あの翼のあるトカゲさんには悪いことしたな。こんど礼を言いに行かなきゃ」


 エノクは再び参考書に目を落とす。

 ふと、燭台の下に紙切れが敷かれていることに気づいた。名残り惜しくも参考書を閉じて、その紙片を摘み取る。

 折れ目が歪んでいるほど乱雑に畳まれていた。よほど急いでいたのか、燭台の下敷きだった部分はかなり皺だらけである。

 昨日の夜にはなかったはず…………怪訝に面前でそれを見つめ、丁寧に広げて中身を調べる。

 ただ一行、文章が記されている。


『気をつけろ。耳無しには近づくな!』


 エノクは小首を傾げた。

 耳無し?――何事か見当もつかなかった。ただ警告であることは文面から察せられる。

 空室を狙った悪戯なのかもしれない。額面通りに受け取れば、『耳の無い人間』には気をつけろ、という意味合いである。

 一体、誰のことか。


「とりあえず勉強しよ」


 思索するのはやめて勉強を再開する。

 それから二刻、レイナルの妨害に苦慮しながらも、すべて記憶できる程度に今日の予習を済ませた。




次。

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